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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 そんなミウラナの憂鬱とは別に、時は刻一刻と進む。遅くもなく、早くもなく、ただ一定に、ただひたすらに。
 カレンダーに打ったばつのマークが、とうとうパーティーと書き込まれたその前日に迫ったことにはたと気付いたミウラナは、次に我が身を襲うであろう事態にもほぼ同時に気付き、―――「失礼します!」と言うなり返事を待たずにドアを開けた本当に失礼な召使い三人が、どたばたと慌しく自分が今日着ていく(と思われる)服を持って来たことで、その予想が外れていなかったことを知ったのだった。
「まるでパーティーに行くみたいね」
「まるで、じゃなくて、本当に行くんですよ!」
 マロンの言葉に、そうじゃなくて、と苦笑する。
 そうじゃなくて、この服装が。向こうに着いてからまた着替えるはずの、この服装がまるでパーティーに行くようだ、と言いたいのだ。
 少なくとも、普通のパーティーに着ていってもおかしくない程ではあるのだ。
 明日のドレスが落ち着いた色であるからか、今日のそれは白を基調とした清楚なそれである。髪も軽く結って、完成。…した時には、若干の疲れを感じていた。これでまた向こうに到着したら着替えるのだと思うと、堪らない。どこを出歩くわけでもない。結局、移動だけで一日が終わるようなものだというのに。
 この三人は、それはもう嬉々として手伝ってくれるのだろうが、と身の回りの世話をするためについてくるらしい三人の嬉しそうな顔を窺い、ああそうだ、とぽんと手を打った。
「忘れるところだったわ」
 棚から、お目当ての箱を取り出すと、振り返り、笑う。
「さ、次は貴女たちの番よ?」
 散々私で遊んでくれたのだから、報復があることくらいもちろん想定済みよね。と付け足す。へ、と間の抜けた顔をした三人の前で、箱の中身を披露した。
「え、え?」
 未だわけのわかっていない彼女たちに、
「貴女たちの分」
 新調した服を手渡す。
「さ、着替えてらっしゃい。なんなら手伝うわよ」
 笑うミウラナは、なななな、と目を丸くさせる三人の娘の姿に、どうやら自分の思惑が成功したらしいと確信した。
「で、でもお金」
「黙って買ったのに給料から引くなんて非道な真似はしないから安心なさいな」
「パーティー出ないのに、」
「パーティー以外のところの服装もしっかりしなくちゃ、とは我が親愛なる姉の言葉」
「あたしたちは召使い、ですし…」
「召使いの身なりも主人のステータスと見る人たちもいるみたいね~」
 おろおろと視線を泳がす三人に、ミウラナは止めの一言を放った。
「私のためだと思って…ね?」
 そう言えば、大抵のことにはやる気を示す愛らしい娘たちである。とはいえこんなことを自分の口から言ったのは、おそらく初めてであったように思うが。

 着替えた後に、うわうわとお互いの姿や姿見に映った自分の姿に狼狽していた召使いたちは、けれど次第に頬を紅潮させ、きゃあきゃあと騒ぎ出し始める。
 その微笑ましい光景に、ミウラナはくすっと笑うと、けれど次にはしっかり顔を引き締めた。
「さっ、持っていく物の最終確認をするわよ!」
 そこにはもれなく、彼女たちの着替えの分だけ、荷物の追加があるのだが。
 時計を確かめると、まだ馬車が来るまでには時間がある。この分なら余裕もできそうである。
 部屋の窓を開け放ち、街並みに視線を走らせる。自分たちはこれだけばたばたしているというのに、街の日常は変わりなく、今日も穏やかであるようだ。ふっと口元を緩めると、今度は空に目を向けた。
 快晴。
 遠出するには、いい日和である。
 この天気が向こうの空にも続いているといいのだが。
 そんなことを願いながら再び視線を下界に落とせば、なにやらそこに異分子が混じっていた。
 ―――馬車だ。
 それだけならば良かったのだが、それはスティ家の屋敷の前で止まったのである。
「嘘!」
 時間にはまだ余裕があるはずなのに、どうして。慌てて振り向けば、突然声を上げたミウラナに不思議そうな視線を送る三人の姿。
「それ、とても急いで、どのくらいで終わるかしら…?」
 恐る恐る訊ねれば、急いでですか、と小首を傾げたフィンが、
「確認だけなら、もう少しで。半刻も掛かりませんよ。…あとはわたしたちの着替えを詰めれば、終わります」
「そう。…悪いけど、なるべく急いでもらえる?」
 言いながら、視線を問題である窓の外に向ける。
 やはり。と言うべきか。降りてきた姿に、見覚えがある。ぱっと窓を閉めると、小走りで部屋の入り口に向かう。
 驚いて呼び止める声に振り返り、
「事情はわからないけれど、馬車がもう到着したみたい。私は今から話を聞いて来るから、フィンとマロンとメイは、そのまま支度をよろしくね」
 言うなり、ドアをぱたんと閉める。ええっ、という叫び声が背中にぶつかったが、気にしている暇はない。
 玄関に、目的の人物を発見する。
「セィラン様!」
 彼は驚いたようにその花紺青の瞳を瞬かせた。―――けれど本当に驚いているのはこちらの方だ。
「どうして、こんな早くに…? 聞いていた時間よりもずっと、」
 そこで言葉が止まったのには、わけがあった。彼の後ろから笑顔の青年が、ひょっこりと顔を出したからだ。
「あ、それは気にしないでいいよ、お姫様。こっちが勝手に早く来ちゃっただけだから。…もしかして慌てさせちゃったかな? 大丈夫だよ。出発時刻は変わらないから」
「そ、うですか…」
 矢継ぎ早に言われた内容に、頷いて返す。ともあれ、知りたい情報は、これでわかった。その場にいた母に視線を送れば、それに気付いた彼女は、その意味も理解してくれたようだ。
「それでは娘が参りましたようなので、私はこれで」
 軽く頭を下げると、静かな足取りでミウラナの自室の方に向かっていく。これでひとまずは安心だ。
 顔を戻すと、セィランと青年が睨み合う―――というよりセィランの側が一方的に彼を睨んでいる場面に遭遇してしまい、今度はなんだ、という気持ちになったが。
 それにしても、彼が感情を顕にするなんて、珍しい。いや、珍しい、と言えるほど自分は彼のことを知っているわけではないないのだが、それでもミウラナにとって、彼のその表情は初めて見るものであった。
「あの、セィラン様…」
「え? あ、ああ。失礼しました。ええと、こちらは私の仕事の同僚で、」
「ヨーゼア・セフっていうんだ。よろしくお姫様。パーティーには直接関係ないんだけど…ちょっとあなたの顔が見てみたくて。なにせ真面目で堅物なセィランの―――いてっ」
「すみません、ついてくるなと言ったんですが………その、いつの間にか馬車に紛れ込んでいて」
「そうだったんですか」
 それは、すごい。
 いったいどうやって紛れ込んだのか、非常に興味深い。…が、この場でそれを訊ねることは、なんとなくセィランを更に疲れさせることになりそうな予感がしたので、止めておいた。
 それよりも、だ。
「あの、ヨーゼア様? そのお姫様というのは、」
「あ~っ、ヨーゼアでいいよ! 様付けってなんか痒い! むず痒い!」
「…お姫様というのは、なんですか?」
 とりあえず、無視して話を進めてみた。
 こういうタイプは、相手の調子に合わせていたら延々と元の話に戻らないことを、知っていたから。
「ん? ミウラナ嬢の方が良かった? お姫様、って似合ってると思うんだけどな~」
「はあ…」
 なんと言えば良いのか。助けを求めるようにセィランの方を見る。
 彼はそこでハッと我に返ったようだ。
「ヨーゼア! 君はどうしてそう…大体、初対面でなんて口の利き方をしているんだ」
「話を聞いてるからなかなか初対面って気が…ていうかそれでいくと、セィランがどうして未だに敬語なのかが、不思議」
 思わぬ反撃を食らった、とばかりに目を見開く彼に、そういえば友人といってもまだまだ親しいとは呼べない関係だなとミウラナも考えた。少なくとも彼の友人であると思われるヨーゼアに対する時のような口調が自分に向けられたことは、今まで一度もない。
 まあ、突然敬語をなくした口調で話しかけられても、戸惑うだけだっただろうが。…ただこのまま仲良くなったとしても、なんらかのきっかけがなければ変わらないだろうなと思う。別にそこに不満は一切ないが。敬語の彼が偽者であるというわけでもないのだし。
「…そういや、セィランはミウラナ嬢のこと、なんて呼んでるんだ?」
 続けざまの疑問に、ミウラナの方も、再び「そういえば…」と考え出す。
「呼ばれたこと、なかった気も」
「はあ!?」
 突然の大声に、びくりと肩を震わせたのは、二人。ミウラナと、それからセィランだ。
「え、何それ。今の。空耳? 呼ばれたことない? 呼んだこと、ない?」
 ぽかーん、とした彼の様子に、そんなに変なことかしらね、と首を傾げる。彼のことだ、おそらくタイミングが掴めなかっただけのような…本当にただそれだけのような、気がする。
 しかしヨーゼアにしたら、それは信じられないことであったらしい。彼の肩に自身の手を回すとぐいと引っ張り、
「いいかセィラン。ソレ今回の宿題な。ソレが何かわからないとは言わせないから。モウラさんにも報告しとくからそのつもりで」
 こそこそ、と表すにはあまりにも大きな声でそう告げると、まるで役目は終わったとばかりに清々しい笑顔をミウラナに見せた。
「それじゃあミウラナ嬢。今日はこの辺で失礼するよ。また会って話す機会があるといいなぁ…あ、そうだ。今度うちに遊びにおいでよ。ぜひセィランも連れて! こいつなかなか遊びに来てくれないからさ~」
 別れの挨拶、にしては少々長くぺらぺらと喋ると、もう一度「それじゃあ」と言って、今度こそ屋敷の外に走り出していった。忙しない。とんでもなく落ち着きがない人だ。それを嫌味に見せないところが、すごいところである。あれはたぶん、自分の父であるダッカル・スティと似通うところがある。方向性は、違うだろうが。
 半ばほど置いていかれた形であった二人は、顔を見合すと苦笑した。
「すみません、いいやつ、なんですけど…」
 あ、敬語だ。そんなことを思いながらも、笑って頷く。
「それはわかります。ヨーゼア様、とても人当たりが良さそうですし…きっとご友人も多いのでしょうね」
 一瞬。
 その瞳が揺らめいたような気が、したが。
(…………?)
「そうですね。ああいう性格ですから誰からも好かれて…気付けば周りに人が集まっているような、そんなタイプの人間です」
 ははっと笑ったセィランからはそんな気は全くしなかったので、おそらく勘違いだったのだろう。
 ミウラナはそれに「さぞかし社交界では有名なのでしょうね」と返した。とはいえ、たとえそうなのだったとしても、社交界には特段興味の無いミウラナは、今日初めて彼の存在を知った身である。話もそこそこに、ミウラナの意識は既に部屋に残してきた三人の召使いに向けられていた。仕事はきっかりこなしてくれる三人ではあるが、なにせ彼女たちのドレスのこともある。あれはつい今しがたまで、本人たちには黙っていたものだ。さすがの彼女たちでも、どれが誰のものか、判断が付くまい。
 母と姉の姿を浮かべた。どちらかが部屋に行って指示を出してくれていればいいのだが。
 と、そこで傍に立っていたセィランが、なんとも表現できない表情で自分を見ていることに気付く。何かを言おうと、躊躇っているようにも見受けられた。
「どうかしましたか、セィラン様?」
「あ、え、…いえ…」
 歯切れの悪い返答に、何か言い辛いことなのだろうかと、ミウラナは小首を傾げた。髪に埃が付いているとか?…気にすることはない。どうせいつものことだ。今から大きな舞台に上がるとしたって、構うものか。ああいや、ただ今回ばかりはセィランの付き添いとして出席するのだから、彼の顔に泥を塗ることはするべきではないか。ミウラナはそう思い直した。
 しかし、そこは彼女が彼女たる所以である。
(どうせ髪に何かついていたとしたら、メイたちが気付いて取ってくれるわ。ここには鏡も無いのだし、気にしたってしょうがないもの)
 思い直してもなお、そういう思考しか働かなかった。基本的に無頓着なのである。
「あ、あのっ…」
「っ、はい?」
 切羽詰まった声に、思わず驚いて反射的に声を上げる。やけに真剣そうな顔をしたセィランが、口を開くが、
「ミウラナ様、用意ができましたあ」
 どたどたと階段を下りてくる召使いの方に、すぐに意識が切り替わった。四人分の荷物を、三人で持っているのだ。しかも重量感は結構なもの。ふうと息を吐く彼女たちに「ご苦労様。ありがとう」と声を掛ければ、「いいえ!」と直立不動で叫ぶように言う。どうやら彼女たちは、どこからか湧いてくる並々ならぬ使命感に燃えているようであった。
 これは行った先が大変そうだ、と無意識に息を吐いたミウラナは、そこでようやくセィランに向き直る。
「ごめんなさいセィラン様。…なんでしょう?」
「…いえ、すみません、なんでもないんです」
 なんでもないはずはない。そうでなければ、なぜ呼び掛けたのか。訝しげな顔を作ったミウラナに、セィランは慌てて取り繕う。
「用意もできたようですし。予定よりも少し早いですが、行きましょう!」
 ますますわけがわからない。
 ミウラナはそう思ったものの、あえて口には出さなかった。
 出せば、セィランが異様に困った顔をすることは、目に見えていたので。
 それはきっと、ミウラナの本意ではないはずであったから。

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