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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「どうかしましたか?」
 不思議そうな彼女の顔に、なんでもない、と慌てて繕う。
「他は? ユリティアは、どうしてる?」
「エインお兄様なら大丈夫ですよ、ってのほほんと笑ってた。…ある意味大物ですよね、ユリティアは」
「…あいつらしい」
 優雅に紅茶と菓子を頂く妹と、その傍らに立つ、妹に対して行き過ぎた忠誠心を抱いている彼女の侍女を思い浮かべた。後者が前者を言いくるめた可能性も、無きにしも非ず。
「あとは…式典は後日に繰り越し。リティアスへ出発する日付も、多少後にずれこむことは決定してます」
 それに対して首を縦に振ることで「わかった」と返す。
 途端に、無言が訪れた。もう他に喋ることは無いのだろう。話が聴けていない件はいくらかあったが、それは今この場で話すよりも王のいる場で話した方がいいと踏んだのだろう。それなら、エインレールから訊くこともなかった。
「………エイン」
 しばらく経った後(のち)の小さな呼び掛けに、なんだ、と応える。
「傷に障りますから、横になっていてください」
「構わない。大丈夫だ」
「あたしが心配ですから」
 さっきから、少し辛そうな顔してます。
 そう告げられ、動揺する。無意識に、顔が歪んでいたことはあったが、しかしそれはすぐに別の表情に塗り替えたつもりだった。
 まだまだということか。内心で息をひとつ吐くと、エインレールは「わかった」と言い、ベッドに横になる。アーシャもベッドの近くに備えてある椅子に腰掛けた。いつもと視点の高さが逆転していて、妙に落ち着かない。
 彼女はというと、何かを訊きたそうな顔で、こちらを見ている。
「…どうした」
 促すように言えば、彼女は先程の自分と同じように、動揺して見せた。それが可笑しくて、嬉しい。
「あの、」
 言い辛そうに視線を泳がす彼女を、じっと見つめていれば、やがて腹を括ったようで、少しばかり吊り上った目でエインレールを見返した。
「あの時…どうしてあたしを助けたんですか」
 一番初め、起きた時にもあった話だ。けれどそれとは、少し毛色が違う。
「どうして、あたしを斬らなかったんですか」
「それは…」
 それはたぶん、自分自身が一番よくわかっていなくて、それでいてどこかで認めていて、それ故に彼女自身に話しにくいことだった。
 王族としての自分よりも、ただの「エインレール・ヴェイン・シャイン」というひとつの人間としての自分が、打ち勝ってしまったできごとだから。それをいいとも悪いとも、今の自分には言えないから。
「どうして、あたしを疑わなかったんですか」
 だからこそ、その質問は、痛くて堪らなくて。
「……………」
「………答え辛いこと訊いてるって、わかってます」
 答えられないなら仕方がないって納得もできますから、大丈夫です。そう続けてから、ゆるりと笑った彼女の顔には、確かに不満は見られない。けれど隠しきれない寂しさが見えて、―――だから思わず、言ってしまったのだ。
「疑っていないわけじゃ、ない」
 はっきり傷ついた顔をしたアーシャに、それでも必死にそれを隠そうとする彼女に、自嘲を浮かべた顔を向ける。
「俺は、お前を監視する命令を受けている」
「…命令」
 それが誰からのものであるかは、言うまでもなかった。
「なぜそれをあたしに話すんですか」
 なぜだろう。自分のため、かもしれない。自分が楽になりたいがために、我慢の心も持てず、口走ってしまっただけ。
 でもそれならそれで、最後までしっかり伝えなければ。
 問い掛けには答えずに、話を続ける。
「お前を疑えという命令だ。俺はそれに従うべきだ。だからお前の行動に関しては、俺は上に報告する。怪しいと思えば、それも告げる」
「なら、どうして」
「さあ、どうしてだろう」
 本当は、その答えをどこかでわかっていた。それでも今は、敢えてはぐらかす。
「でも、俺はいつも、お前を安心して疑ってる」
「安心…?」
 その話において不釣り合いな発言に、アーシャが戸惑っていることが見てうかがえた。
「お前は、裏切ったりはしない。…いや、違うな。――たとえば“俺たち”がお前やお前の大切な者を明らかに傷つけようとすれば、お前は絶対に、“俺たち”に刃を向ける。そうだと信じてる」
「それは…いいことなんですか」
「ああ。わかりやすいだろ。そうしなければ、お前は俺を裏切らないってことだ」
 自信満々に言い切る。本当は、彼女が離れていくんじゃないかと怯えているくせに。自分はなんとも嘘吐きだ。
 それでもそれはアーシャには効果があったらしい。きょとんとしたかと思えば、次には「なんですかそれ!」と叫んだ。
「要するに、あたしが単純って言いたいんですか! 言いたいんですね!?」
「そんなことはない。ちゃんと褒めてる」
「褒められてるようには感じません!」
 そうか、それは悪かった、と切り返し、くつくつと笑う。
 ぷくりと頬を膨らませたアーシャの茜色の瞳を、見つめた。
「でもお前は―――お前は、相手が信じている限り、そいつを裏切れないだろう?」
 言いながら、自分はきっとそれを利用しているのだと思った。そうやって期待を口にすれば、彼女はきっと自分を裏切らない。裏切らないように砕身の努力をしてくれる。
「俺がお前を信じている限り、お前は俺を裏切ったりしないだろう?」
 アーシャはエインレールの言葉を噛み砕いていったのか、徐々に顔に血が上っていく。
「………う、裏切る理由が、ありませんから」
 上擦った声に、逸らされた視線。茹蛸のように真っ赤な顔。
 吹き出しそうになったのを、なんとか堪えた。しかし肩が震えているのも、顔が笑っているのも、彼女の視線からだと丸分かりだ。結局ばれた。
「笑わないでくださいよ!」
 うがーっと怒る彼女に、苦笑を返していると、一拍置いた後、手を温もりが包む。起きた時と同じ温もりが。それより少し熱いくらいの、温もりが。
「―――信じてくれたこと、嬉しかったです」
 そうっと、語った。
「でも、もしツベルの人に危機が迫ったら、あたしはもしかしたら、エインを裏切るかもしれません」
「………そうだな」
 否定はできなかった。そうかもしれないと、思う。彼女なら、確固たる信念を持って、そう行動しそうな、気がした。
 それでも、それなら仕方ないと言えないのは、きっと元来の諦めの悪さが起因している。
「もしそうなったら、裏切るよりももっといい方法を、探し出す」
「…それにはまず、あたしはエインに裏切る可能性があることも含めて、洗いざらい話す必要が出てくるんですけど」
「話せばいい」
 無茶苦茶ですよ。とアーシャは困り顔だ。エインレール自身、無茶なことを言っている自覚はある。
「一人で悩むよりかはいいと思わないか?」
「だからって裏切るかもしれないなんて、話せません。………話せませんでしたよ」
 だんだん沈んだ声になっていることに、気付く。きっと彼女が話しているのは未来のことではない。過去のことだ。
「話さなかったことで、お前の負担は減ったのか?」
「それは…」
「お前の様子が変わったのなんて、見ていればすぐにわかる。お前、隠し事苦手だろう」
 どうせ何かに悩んでいることは勘付かれるのだから、いっそ全部喋ってしまった方が楽になるぞ。わざとからかい口調で告げれば、再びぷくりと膨れる頬。
「一人で抱え込むな。せめて俺にも、背負わせるくらいのことはさせろ」
 手を彼女の頭に伸ばすが、情けないことに届きそうもない。代わりに長く伸びた緋色の髪の一房を手に取り、そっと口づけた。
「な、っ…!」
 途端に真っ赤な顔になった彼女を、あえて気にしないでいたら、手から髪を奪われた。素早い行動に、くつりと笑う。
「なななな、なん、なんっ…で、笑ってるんですかー! あれですね、またからかったんですね!」
「俺はいたって真面目に、親愛の証を示しただけだが?」
「嘘吐きっ! その顔は絶対おもしろがってます!」
 おもしろがっていることは事実だが、親愛の証を示したことも事実だ。決して嘘ではない。…ああ、ただ、その“親愛”はともすれば、“恋慕”と表した方が正しかったかもしれないが。
「疑うなら、疑え。ただ、背負わせろ、って言ったことだけは、憶えておけ。―――俺はもう、お前に俺の分を背負わせてしまっているんだ。これでお前から何も奪えなかったら、不公平だろう」
 この国のこと。ユリティアのこと。―――なにより、彼女を疑う任を自分が受けている事実を、彼女自身に話して、縛り付けてしまったこと。
「アーシャが話せなくても、苦しんでると思ったら、奪ってでも、背負う。覚悟しとけ」
「………………………」
 アーシャは、黙り込んで、眉尻を下げた。
「エインは、ずるいです」
 その言葉を、否定できないと思った。

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