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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「マティアさん、アーシャです。入りますよ」
 一言声を掛けてから、ドアに手を掛ける。返事を待っていたらいつまで経ってもドアが開かないことは、既に経験として、アーシャの中にある。
 開けた瞬間、目前にぬっと人の顔。
「ひゃっ…」
 思わず小さく悲鳴を上げると、目の前に迫っていた顔が、スッと引いた。
「ああ、アーシャさんではないですか~」
「ひゅ、ヒューガ…さん」
 いつもどおり青白い、不健康そうな顔をしたヒューガナイトが、いつものように、ガクンと首を傾ける。彼曰くの、“首を傾げる”動作である。そのまま、へらりと笑う。
「どうしたんですかぁ。僕に何か、御用でも~?」
「ヒューガさんとも、久しぶりにお話したいですけど、ここにはマティアさんに呼ばれてきたんです」
「あぁ、そうでしたかぁ」
 へらへら。笑顔を崩すことないまま言うヒューガナイトに、アーシャは、部屋の隅に置かれた長椅子を指差した。物が乗っているが、他のところと比べると、使えないことはない。
「ヒューガさんは、とりあえず、休んでおいてください」
「ええぇ」
 不満げなヒューガナイトに、アーシャはふっと笑い掛ける。
「本当は、休憩室に行ってほしいくらいですけど、…ヒューガさん、これは最大の譲歩、ですよ?」
「でもですねえ、僕まだやることが、」
「あらかた終わらせたろう、いい加減休め、ヒュー」
 奥から、すらっとした金髪美人が現れる。間違いない、マティアその人だ。長い金髪は、無造作にひとつに束ねてある。それを片手で解くと、彼女はフウと一息吐いた。
 片手で自身の髪を掻き上げると、ぎろりとヒューガナイトを睨む。
「それとも、今さっきのことすら忘れたか」
「そんなことはないですけどぉ」
「ならとっとと寝ろ。そこでいい」
 “そこ”と、顎で、先程アーシャが示した長椅子を、指し示す。「なんだったら強制的に眠らせるけど、それでもいいのか」と凄んだマティアに、キントゥが怯えたように身を竦める。しかし当の本人は全く意に介した様子はなく、それでも圧力に負けてか、渋々長椅子に身を沈めた。次の瞬間には、静かな寝息が聞こえる。
「…寝付き、早いんですね」
「ああ、ついでに大抵の物音じゃ、目を覚まさない。次に目を覚ますのは、いったいいつになるやら」
 極端なんだ、とマティアは渋面を作っている。
 確かに、前に倒れるまで寝ずに研究をし続けた、という話を聞いた。それと合わせると、“極端”というのはぴったりだ。規則正しく、一日の間に起きて寝てを繰り返せばいいのに。
 マティアは近くから手早く毛布を発掘すると、それをヒューガナイトに掛けた。顔を隠さないように、けれども肩や首は隠すように。とても丁寧に。―――おそらくそこまで細心の注意を払わなければ、彼なら窒息死しかねないのだろう。ヒューガナイトという人は、自分に向ける愛情が決定的に足りていない気がする。
「さて、すまないが、椅子はこの通り占拠されてしまったから、奥で話そう」
 マティアは苦笑を浮かべながら言うと、部屋の奥を示す。物が散乱しているそこに、本当に大丈夫なのかと視線を送ると、「一応人が三人入れる空間はある」と返答があった。大丈夫なのか、大丈夫ではないのか、微妙なところだ。
「なに、そう長く話をするつもりはない。珈琲と茶、どっちがいい」
「お構いなく」
 今しがたまでユリティアのところにいたおかげで、喉の渇きはない。むしろ、紅茶を嗜んでいたおかげで、お腹に水分が有り余っているのを感じられるほどだ。
「あんたは?」
「あ、わ、わわわ私も! お気遣いだけ、ありがたく頂きます」
 ぴしんっ、と背筋を伸ばしたキントゥに、マティアはフッと笑みを零すと、自分の分の珈琲だけ注(つ)ぐ。
 大きな欠伸を手で覆いながら、物が折り重なった机に備え付けられている椅子に腰を下ろす。奇跡的に、それは無事のようだ。
「えーと、…椅子を持ってきますね。――いえ、自分で持ってきます」
 確か長椅子の近くに、数個転がっていたはずだ。記憶を引っ張り出して、そこに向かう。腰を上げようとしたマティアを止めたのは、単に彼女がひどく気怠けだったからだ。その前の会話から察するに、相当溜まっていた仕事を片付けていたことがうかがえる。ヒューガナイトに休めと言ったが、彼女自身もそろそろ休むべきである。
 結局ついてきたキントゥと、二人分の椅子を運び、座る。キントゥが必死に辞退しようとしていたのを宥めたことは、もはや日常茶飯事のことなので、割愛。それにしても、座り心地はなかなかのものだ。
「それで、話というのは…」
「えらく急(せ)いて訊いてくれるな」
 早速話し始めたアーシャを諌めるように、マティアが笑う。いささか性急が過ぎたか。反省の色を見せたアーシャに、マティアは「まあ、無駄に話をするために呼んだわけじゃないからな」と一言。
「その流れに乗って、進めてしまうか。お前を今日呼んだのは、これを返すためだ」
 言うなり、アーシャに“それ”を投げて寄こす。チャリン、と小気味のいい金属音を立ててアーシャの手に乗ったのは、十字型のペンダント。―――アーシャの家の、家宝である、それだ。
 研究のために、マティアに預けたままとなっていた代物だ。
 アーシャは、マティアの顔をうかがう。
「もう、研究はいいんですか」
「正直まだわからないこともある。研究材料としては逸品だ。手放すのは惜しいよ」
 からからと笑いながら、あっけらかんと未練を口にする。
「だがソレの最大の価値は、お前が手にしていてこそ、だからな。ユリティア様の出立も近い。最悪、それを使う事態も起こるかもしれない。それまでに、その剣にも慣れておくべきだろう」
 アーシャ以外の手では決して剣の形を成さなかった、強情なそれを見やってから、マティアは「だから、今回お前を呼んだ最大の理由は、それを返すことだ」と続けた。
「…わかりました。残りは、こちらの剣を使っての実戦も組み込みます」
「また鼠に入り込まれていることは無いと思うが、油断はするなよ」
 奥の手は、奥の手としてあってこそ、意味を成すものである。そのため、なるべく人に知られるのは避けたい。アーシャはその言葉に首肯でもって応えた。
「…本当は、もっと早くに返して、時間を取ることができればよかったんだが」
「大丈夫です」
 はっきり言って、笑う。
「―――小さい頃から、ずっと一緒だったから」
 不思議な光を携えた言葉に、マティアは思わず押し黙った。やがて、そうか、と一言だけ零す。
「…後は、護衛の簡単の流れについて………は、また今度でいいか。私から聴くより、マーフィン殿から聴いた方が正確だろうしな」
 マーフィン。穏やかな笑みを浮かべながら、その実、その顔で人を脅すことのできる、器用な人物であり、また今回ユリティアの警護を勤める第二騎士隊の隊長である。確かに彼から直接話を聞いた方が、確実であろう。
 それに、マティアはやはり、疲れている。顔からうかがえる、疲労の色が非常に濃いのは、決して見間違えではない。
―――あのクセのある笑みは、正直アーシャの苦手とするところであるが。そこは我慢するべきところだ。
「話は以上ですか。なら、あたしはこれで失礼します。―――ヒューガさんもそうですけど、マティアさんも、お身体は大切にしてください」
「違いないな。部下にあれだけ言っておいて、自分が倒れたんじゃ、様はない」
 肩を竦めたマティアは、「ありがたくお言葉に甘えることにするよ」と言いながら、残りの珈琲を呷った。
「それじゃ、…その時になって言えなかったら嫌なので、先にお伝えしておきます。―――いろいろ、お世話になりました。魔法が技術がここまで形になったのも、マティアさんのおかげです」
「なんだ、改まって。それじゃまるで、今生の別れみたいだぞ」
「似たようなものでしょう」
 さらりと告げた言葉に、マティアはきょとりと目を瞬かせる。
「………。ああ、先にこれだけは言っておくがな。当日、途中までは同行することになるだろう」
「………そうなんですか」
 早まったか。まあでも、その時にドタバタして言えない可能性もある。それなら、それで。
 それにしても、途中まで、とはどういうことか。怪訝そうな視線を寄こしたアーシャに、マティアは手をひらひら振った。
「それも含めて、マーフィン殿から話があるだろう。安心しろ、お前にとって悪い話ではない。…いい話でもないかもしれないが」
 意味深なことをサラッと言ってのける。彼女が言うと、興味が無さそうに言う分、余計にいいのか悪いのか、分からない。
 それも彼が話してくれるというのなら、それでいいだろう。キントゥを遣いにやって、約束を取り付ける必要があるので、解決までに時間は空いてしまう可能性は多分に考えられるが。
「…失礼します」
 一礼してから、下がる。ソファーに横たわるヒューガナイトにも一声掛けるべきか悩んだが、どうせ掛けたところで、返事があるわけでもない。彼は眠りが深いそうだが、万一起こしてしまっては、大変だ――なにせ、彼にとっての睡眠は、ある意味他人にとって、とても貴重なものであるから――というわけで、静かに目礼だけして、立ち去ることにした。



 パタン、と。
 部屋にいる人間に気を遣ってか、静かに閉まった扉を見つめながら、マティアはクスリと笑った。
 ―――似たようなものでしょう
 彼女はそう言った。言った理由は想像がつく。
 以前彼女から感じた威圧感を、我が王のソレと思ったことがある。確かに、あの二人には似た空気を感じる。それはなにも、自分に限ったことではないだろう。
 ―――けれど、彼女は“まだまだ”だ。
 無理からぬことである。彼女はまだ、齢十七だ。自分が一瞬でも臆したとはいえ、まだ子供だ。
 それに彼女は、自国の王について、まだ知らないことが多すぎる。
「まったく………我らが王が、そう簡単に貴重な人材を手放すわけがなかろうに」
 約束は約束。彼はおそらくなんらかの形で果たすはずだ。果たした上で、まだなお自身の駒として動かせる位置に彼女を置こうとするだろう。
 彼女の力は、強大である。それに彼女は―――でもある。


 彼女がその事実に気付いた時に、いったいどういった反応を示すか。
 その姿に、自分は何を感じるか。


 今はまだ、想像できないでいた。
 けれど。
 答えはもう、すぐそこに。近寄ってきているのだ、こうしている間にも。それは確実に、訪れる。
 自分の中で答えが出ないとしても、どの道それを知る日はそう遠くない。


 すう、と目を閉じる。
 疲れた身体を、柔らかな椅子に静めると、睡魔はすぐに襲ってきた。

 

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