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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「昨日、“収穫があった”とアーシャから聞きましたが、どういった内容ですか」
「昨日…ああそうだ、昨日は二人とも、すごく“仲がよかった”みたいだね。エイン君の私室だから、他の誰かが部屋に入るなんて野暮もないだろうし」
「そんなに締められたいのか…?」
 余所行きの笑顔のまま、相手の胸倉を掴む。
「じょ、冗談! ジョーダンだよエイン君。だから、ね? そんなに怒らないでよー。眉間にしわが寄ってるよ?」
「誰の所為だっ!」
「うーん、僕かなあ」
「あんた以外の誰がいると!?」
 えへ、と歳には似合わないが彼がやると不自然ではない茶目っ気のある笑顔を浮かべた父を前に、がっくりと肩を落とす。ふと気になってアーシャを見れば、少しばかり頬が蒸気している。それを見ていると、何故だか自分まで気恥ずかしくなってくる。再度視線を逸らせば、にやにやと自分を見つめる父の姿が映った。
「っ、…収穫、とは?」
 胸倉を掴んでいた手を離し、一歩下がってから訊ねる。思わず出かける素の口調を、押し殺した。
 クレイスラティは「仕方がないから話を進めてあげよう」という余裕のにじみ出た表情を浮かべて――そこでますます腹が立ったのは言うまでもないが、再び同じことを繰り返さなかったのは、これ以上相手にからかいのネタを与えたくなかったからに他ならない――から、口を開いた。
「先の件での敵方の“駒”、片方は魔族だった」
「魔族って…ほ、本当にいるんですね」
 驚いたように目を見開いたアーシャを、エインレールが一瞥する。
「確かに魔獣に比べると、人の前に現れることはずっと少ないです。しかし、魔族の存在は歴史の節目節目に在るため、国が保有する歴史書には、彼らの存在は決して異例ではありません。…今が、その歴史の節目であるのかどうかは、私には判断しかねますが」
 そうなんだ…、とアーシャは驚きを隠せないまま、続ける。
「じゃあ、一般でいうところの魔族と、専門分野での魔族って、少しニュアンスが違うんですね。あたしにとって魔族はあくまで、お伽話レベルの存在でした」
「歴史の節目なんてそうそう滅多にあるものではありませんし――むしろ、そんな頻繁に起こるようでは困りますから、その解釈でも問題ないと思いますよ」
 それに、魔法を知らない者と、専門的に習っている者で認識が違うのは、当然のことだ。魔法に限らず。
「んー。じゃあ、専門的には、魔族ってどんな存在なんですか?」
 不思議そうなアーシャに、クレイスラティがおかしそうに答える。
「曖昧な質問だね。善悪を問うているのなら、それに解はない、と答えざるを得ないな。彼らは善でも悪でもない。いや、善でもあり悪でもある、がより正確かな。―――なにもそれは、魔族に限ったことではないと思うけど。あくまで、彼らがより顕著にそれを表す、というだけであって」
「魔族の認識、という意味でしたら、魔学の教本では、『明確な意思・知性を持つもの』となっていますね。それ以外の説ですと、『人型をとっているもの』というものがあります」
「魔学…」
「魔学は、魔法に関する学科のことです。筆記、実技双方含んでいるので、内容は幅広いですけれど」
 あの教本の分厚さなんて、半端ない。あれで人が撲殺できるのではないかと、子供の頃は本気で思った。―――いや、今も正直、そう思う。
「…あれ、じゃあ竜はどちらに分類されるんですか」
 アーシャが眉を寄せる。そういう質問をするということは、竜が知性のある生き物であることも知っているのだろう。おそらくマティアあたりに聴いたのだろうなと見当をつけながら、答える。
「その人の解釈によりますね。私自身は、竜は魔族であると考えますが」
「うん? アーシャさんは、竜に興味があるのかな?」
 クレイスラティの問い掛けに、こくりと頷く。
「一生出会えない可能性の方が高いですけど、もし出会えるのなら」
 ぜひとも。アーシャは続けた。その言葉に、エインレールは内心で苦笑する。なんとも彼女らしい考えだ。彼女ならば、半ば伝説と化した存在である存在でも、いつか本当に会えるのではないかという気もする。
「彼らは人前にはあまり出てこないからね。………ああでも、会う可能性が高くなる方法は知っているよ」
「え!?」
 パッと目を輝かせたアーシャとは対照的に、エインレールは顔を顰めた。一瞬、こちらを見てニヤリと笑ったのが見えたからだ。
 教えてくださいと言うアーシャに、それはね、とさんざんもったいつけてから、王は口を開いた。
「エインレールと結婚することだ」
「だから、なんでそうなるんですか。根も葉もないことを言わないでください!」
 瞬間的に、エインレールが怒鳴る。さっきから、隙あらばそういう方向に話を持っていこうとするのは、頼むからやめてくれないかと、かなり本気で思った。
 アーシャは、そんなエインレールを見て、どうしたらいいのかわからない顔をしている。
「…ええと、虚言、ですか? それとも、本当にエインにはそういった能力が?」
「酷いなあ。虚言だって。嘘だって。仮にも王様だよ、僕」
「酷いも何も、本当のことでしょう。アーシャ、嘘ですから信じないでください。大体、どうして多少でも信じかけているんですか、貴女は」
 呆れた眼差しを向ければ、彼女はむっとした様子だ。そのためか、いつもよりも拗ねた声を出す。
「だって…エイン、魔法も効かないですし。そんなの聴いたことがなかったから…もしかしたらそういう特殊能力も備わっているんじゃないかって、つい」
 …確かに。不思議な能力をひとつ持っている者に、実はもうひとつ特殊なものを持っているんだ、と言われたら、信じてしまうかもしれない。
 だとしても、そうそう簡単に、人の――特にこの人の話を鵜呑みにしないでほしかった。というか、もし本当にエインレールにそんな能力があったのだったら、―――あるの、だったら、彼女は、いったいどうするつもりだったのか。
 いやいや、彼女は純粋に自分にそういった特異な能力があるのか知りたかっただけに違いない。エインレールは頭を軽く振った。
「と、まあ、落ち着くところに落ち着いたところで、話を進めようか」
「落ち着くところに落ち着いた…? どういう意味ですか」
「え、もちろん二人の仲、」
「話を進めましょう。片割れの“影”が魔族とのことでしたが、“収穫”はそれだけですか」
 余計なことを訊ねたアーシャの頭を軽く小突く。こんなところで玩具にされるのはごめんだ。勘弁してくれ。
 アーシャにもその意図は伝わったのだろう、顔を赤くし、怒りに目を吊り上げながらも、口はきゅっと引き結んでいる。
 クレイスラティは肩を竦めて、どこかつまらなそうだ。ざまあみろ、と心の中で舌を出しつつ、顔には平然と笑みを浮かべる。
「…いいや、“収穫”は他にも数点ある。残念ながら、大物ではないがね」
 まず先程の魔族関連。クレイスラティが話を進める。
「アレは高確率で、“誰か”と誓約を交わしている。おそらく敵側のリーダー格だろう」
「高確率、その根拠は?」
「あーくんの前で真名らしき音をした名を名乗ったそうだからね」
 絶対とは言い切れないが、と続けた王を前に、なるほどと頷いていると、くい、と服の裾を引かれる。
「…エイン」
 またしてもアーシャは不思議そうだ。
「真名は、魔族にとってとても大切なものなんです。真名は、魔族を縛る力がある。その名で命じられれば、彼らは逆らえません」
「でも、名乗った…かもしれないんですよね」
 そんなに大事なもの、早々簡単には口にしまい。言った後で、アーシャはうんと悩んで、エインレールが答えを言う前に口を開いた。
「あ。先程言っていた“誓約”を交わせば、たとえ真名を知られても、縛られることはない―――ということでしょうか」
「正解です」
 にこり、とエインレールは笑った。癖で彼女の頭をぽんと叩いたが、特に誰も、何も言わない。
「誓約を交わした魔族は、特別な力を手にします。それまでの二倍とまでは言いませんが、誓約前よりもずっと強大な力を」
 それだけなら、魔族にとても優位な内容に聞こえるだろう。
「ただし、誓約を交わした主の命には、絶対に背けない。また、主に牙を剥くことも、叶わない。主が死ねば、自分も共に死ぬことになる」
「………なんだか、主が絶対、という内容ですね」
 自由を奪われるような内容だ。それでも誓約者が大事だと思えば、なんのその、と言ってのける者もいるのだろうが。
「元々魔族は人を好きません。誰かに命令されることも厭う。だから、たとえ力を手に入れられると言っても、誓約までする魔族は稀です」
 ―――その特性があるのでは、確かに稀にもなろう。
 納得した様子のアーシャは、ふんふんと頷きながら、小声で「あたしもその条件はちょっと嫌だなあ」と呟いた。確かに彼女の気質はどこか魔族寄りだ。エインレールは苦笑した。
「ただ、それにしても被害が少ない。もし本当に誓約を交わした魔族なら、明らかに手を抜いていたとしか思えないんだよね」
 それは、そうだ。誓約を交わした魔族が全力を出し切ったなら、あの程度で済むわけがない。こちらだって、そうそう簡単にやられる面子ではないし、負けてやる気もない。しかし甚大な被害が出るのは道理だ。
 だから、それゆえに不可解だった。
「彼女を唆した手口にしたって、やけに生温い。…前回同様、からかわれている気がするね」
 すう、とその顔を一瞬にして無に変えた王が、視線を窓の外にやり、ぽつりとつぶやく。
「――――――――不愉快だ」
 ゾクリ、と背筋を冷たいものが通った。
 こういう時、実の父が敵でなくてよかったと、本気で思うのだ。王は不愉快であるからと、すぐに腰を上げるわけではない。だけれど、だからこそ、殺す気で動いた時に、一切の容赦がない。
「…ま、今わかっていることで、君たちに伝えられるのはこのくらいかな。アーシャ、君の話も聴けたからね。ありがとう」
 何も映さない表情を穏やかな笑みに塗り替え、クレイスラティは、エインレールとアーシャを交互に見た。
「どうぞ、末永くお幸せ、」
「話が以上でしたら、退室させていただきます。早々に」
 キッパリと告げて、アーシャを連れ立ち部屋を出る。あの人の玩具にされるのは、本当に勘弁願いたい。
 それにしても。
 “わかっていることで、伝えられること”という言葉が、やけに引っ掛かる。“わかっているが、伝えられないこと”もあるのだろう。それはこれまでも同じだ。意識して気にしないようにしてきた。―――だが、今回ばかりは。
 ついとアーシャを見れば、彼女も同様に自分を見ていた。彼が自分たちの知らない情報を得て黙っていることは、おそらく彼女も感付いている。感付くような言い回しを、あえて使ったのだろう。
 おそらく、それが自分絡みであるということも、彼女はきっと、心の奥底で気付いているのだ。
 だからエインレールを見ている。彼女は、自分よりもエインレールがより真実に近いことを知っている。
 エインレールは、ふっと視線を逸らした。今は、言えない。少なくとも、自分の中で区切りがついたら。確証があることではないのだ、というのが、ただの言い訳であることは、既にわかっている。
(気付かないフリをしている俺の方が、性質が悪いか…)
 ふ、と自嘲した。
 しかし、それにしても。
 先程の自分と父のやり取りを思い起こす。追及を逃れるための手にああいった流れを使用された時点で、既に十分愉しい玩具となっているのかもしれない。
「………………」
 途端に苦虫を噛み潰したような顔をしたエインレールに、アーシャが「ど、どうしたんですか?」と慌てた様子で訊ねた。
「いや、…気にするな」
「気にするなって、気にしないのが無理な顔で言わないでください」
「お前…それすごく失礼だろ。そんなに酷いか、顔」
「はい」
「即答か!」
 少しばかり腹が立ったので、ぱすんと頭を叩く。いたい、とアーシャが非難の声を上げた。それから、ぼそりと言う。
「…さっきは優しかったのに」
 その言葉を頭の中で反芻し、かろうじてそれが、先程王の前でしたことだと思い出し、頬を盛大に引き攣らせた。
「っ、……な、おっ、ま……」
「エイン、顔赤いですよ? どうしたんですか?」
「それはっ………お前、絶対俺より性質悪い」
 不思議そうに目を瞬かせたのは、知らないフリなどではない。彼女の本来の気質だ。
 そう結論付けたエインレールは、眉を寄せて断言した。突然何を言っているんですか、と不満げなアーシャは完全に黙殺する。
 それでも、一連のやり取りで心がすうっと軽くなったのを感じて、これもあのことは一切関係なく、ただ自分がそう感じているだけなのだと、決めた。

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