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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 手の先が、覚えのないものに触れ、一瞬止まる。
「……………」
 意外と、慣れないものだと思う。
 手に持った時には、妙に昔から自分の元にコレが在ったように感じたのだが、実際のところやはり身体に染みついたものではないらしく、腰に手が向かう度に、普段とは違うソレに、指先が固まる。
「ツォンの剣」
 国宝である―――否、それ以上の価値があるこの剣が、今自分の腰にひっそりと存在しているという事実は、改めて見ると不思議だった。かの王曰く、「不思議でもなんでもなく、これは当然のこと」らしいのだが、“当事者”の自分にとって、やはり未だに夜伽の域を出ない。
 密かに現実味を帯び始めたのは、彼女が現れてからのことだ。
 カチリ、カチリ…と、あるべきものが、あるべきところへ納まるように。自身の居場所へ還っていくように。日ごとに噛み合わさっていく真実の欠片が決定的な形を見せたのは、おそらく妹姫の王位継承権の返還式。その一回目、だ。
 夢物語は、完全に現実と取って代わった。
 ―――時はもう、すぐそこに迫っているんだよ、エイン。
 したり顔で告げた“先代”の言葉を思い出す。
 知ったことか、と思えるほど、自分は、この国も、民も、王族も、何も捨てられない性格のようだった。
 それでも。
 一番護りたいものが、その延長線上にあるのなら。
 踊ってやるしかないのだろう、この人形劇の舞台の上で。
 カタリ、と腰の剣が震えた。
 ひとつぽんと叩く。落ち着け。お前の出番はすぐだそうだが、今じゃない。
 全ては対の存在が現れ、白と黒が反転するその時に―――。


「エイン兄!」
 す、と目を開く。
 穏やかな日差しが、窓から差し込んでいる。
 エインレールは首を巡らせ、自分を呼び止めた声の主を視界に収める。弟の姿を認めたことで、ようやく自分が沈んだ思考からはい出たような気になった。
「ラード、どう、」
 そこで、そこが廊下であることを思い出す。視界の端には、弟以外の姿があった。寸でのところで頭を切り替えた。這い出た直後だったからか、どうも警戒が緩んでいる。この程度のことで、と言えるほどの余裕がまだないことは、自分がよく理解していた。
「どうしましたか、そんなに急いで」
「急がないと、エイン兄、いなくなってしまいそうだったから」
 そんな気がした、というのは彼の能力を知っている側からすれば、決定事項に近い。勘の鋭い――むしろ、予知能力と呼んで問題なさそうなほどの能力を持つランドリードは、そんなことはちっとも感じさせないほどに、にこりと笑った。
「何か用でも?」
「ん…特に無かったんだけど。強いて言うなら、見送り、かな」
「見送り? それはありがたいですが、城を出発するのは、まだ先のはずですよ」
「先って言っても、もう五日もないよ」
 それにしたって、やはり早い気がするが。
 訝しんだエインレールに対し、ランドリードは今度は困ったように笑みを作る。
「ん~…見送りに間に合うか、わからない、から」
 その言葉は、どこか意外なように響いた。彼の勘が働かない部分だったのだろうか。
 かといってそれ以上追及する気もさらさら無く、エインレールは再び足を動かし始める。ランドリードはその隣に、当然のように並んだ。
「…父様から、引き継いだの?」
 その言葉に、「どうでしょうね」と返す。何のことですか、と誤魔化すことはしなかった。
 実際、引き継ぎは終わっていた。しかし、未だに漠然としたままだ。本当に、自分はあの役目を引き継ぐことができたのか。
「エイン兄なら大丈夫だよ。…これは僕の勘じゃあないけど」
 少しばかり申し訳なさそうな弟の姿に、フッと笑みを零す。
「それなら、尚更安心ですね。ありがとうございます、ラード」
 きっと彼は、なんのことだかもわかっていない。勘は、あくまで勘でしかないからだ。今日は雨が降る気がする、と思うことはできても、雨が降る理由はわからない。それでも彼は、兄を案じて駆けてきたのだろう。
 ふう…、とゆっくり息を吐く。
 彼女が月姫であることはわかった。それが何を意味するかも受け入れた。その彼女が何故、あの立場にいるのかはわかっていないが、それを知ることは、後でも構わない。それよりもまず、やるべきことがある。そのために、引き継いだ。今このタイミングで。
 不安がないと言えば嘘になる。万事が上手くいく保証はどこにもない。それでも、上手くいかせなければ、意味がない。
「エイン兄は、変わったね」
「変わった?」
 何を急に、と彼の顔をうかがう。ふわりと柔らかく笑った顔は、本当に嬉しそうだった。
「エイン兄は、いっつも僕らを見守ってくれていたけれど、自分が一番に前に出ることってなかったから」
 確かに、これほどまで前に立って物事に挑むことはなかったように思う。立場上、そう大々的に動けるものでもなかったし、上も下もいる身で、目立つことは避けたい。そもそも、目立つこと自体があまり好きではない性格も関係していたのだろうが。
「僕らはそれですごく安心できたけど、…でもエイン兄は時々、淋しそうだったから」
 そんな風に映っていたのだろうか。自分では決してそう思ったことはない。腹の探り合いばかりのこの世界を鬱陶しくは思っていたが、淋しいと感じたことはなかった。なんだかんだで構ってくるやつもいたし、馬が合い話す者もいた。深入りした関係には、なかなかならなかったが。
 あるいは、“それ”だろうか。
 誰からもひとつ距離を置き、心を許す者にも腹の底までは晒さない。それを淋しいと思わないその様を、彼は淋しいと感じたのか。
 無論、今だってそれは同じである。全てを共有している者など、どこにもいない。
 ただ、そうなってもいいかもしれない、と思う存在ができただけだ。
 思わず緩んだ思考に、不穏な発言が飛び込んだ。
「だからこの際、世界をぶっ壊すくらいの勢いで暴れてくるといいよ」
 ぎょっとして弟を見やれば、彼はさらっと続けた。
「って、ベルが言ってた」
 ランドリードの言葉ではない。少し考えればわかることであった。腰に手を当てながら不敵に笑う彼女の姿は、いとも容易く想像できた。
 ベルとは、彼の双子の姉であるベルフラウのことである。生まれつきの夢見の能力――いわゆる予知能力のおかげで、思い切り政治的厄介ごとに巻き込まれる難儀な運命――向こうも、エインレールに言われたくはないだろうが――の妹姫だ。
 自国の貴族に降嫁し、少しは落ち着いたかと思ったのだが、元来の性格上、じっとしていることはできないらしく、こうしてたまに、まるで近くで見ていたのではないかと思うほど正確に状況を把握した一報を寄こしてくる。状況把握の一端には、彼女の予知能力による効果があるのかもしれないが、この乱暴な発言自体は、確実に彼女が面白がって言ったものとしか思えない。
 第一、世界を壊してどうする。本末転倒だ。この場合は、特に。
 おそらくわかって言っているのであろうから、尚更性質(たち)が悪い。
「ベルはベルで、エイン兄のことを心配しているんだと思うよ」
「心配、ですか」
「うん、心配。素直になれないだけだって」
 とてもそうとは思えない内容だが。
「次に会う時には、その時の暴れっぷりをたっぷり語ってね、だって」
「…ご所望とあらば」
 ため息をひとつ。しょうがない妹だ、と思う。
「その時は、ぜひエイン兄のパートナーも一緒に、とも言ってたかな」
「それは丁重にお断りを入れておいてください」
 散々からかわれるとわかっていてハイと素直に頷くほど馬鹿ではない。
 それに。
「………彼女は全てが終わったら、自分があるべき場所に帰るそうです。だから、会えるとも限りませんよ」
「そうだとしても、諦める気なんて少しも無いでしょ?」
 間を空けた自分と違い、間髪容れずに切り返してきた言葉に、詰まる。
「パートナーって言葉で、迷わず一瞬で思い浮かべるくらいだもんね」
 はたと動きを止める。
「ね?」
 にっこりと、あくまで無邪気に笑う弟に、過剰に反応する気も失せた。
「そうですね…確かに」
 思い浮かべる。その姿を。
「みすみす手放すなんて選択肢、初めから消してる」
 嫌われるかもしれないと思っただけで動揺し、笑った顔に心が熱くなる。小さなことに一喜一憂する不安定さを、けれど手放すなんてできないだろうと思う。
 迷惑だと罵られたとて、もう引き下がることはできない。自覚した直後ならまだなんとかできたかもしれないが、今は無理だ。…そこはまあ、素直に謝ろう。謝るが、やっぱり引けない。厄介なやつに目を付けられたと思って、諦めてもらおう。
 ご愁傷様、とまるで他人事のように手を合わせる。
「アーシャさんも大変だ」
 こちらの考えを読んだかのように、ランドリードが静かに笑った。嫌味がないため、その言葉どおりの意味で響く。
 まったくだ、と心の中で賛同した。
 だから。
 頼むから、面白がって余計なことまでしてくれるなよ、とエインレールは脳内で、今頃にやにやと笑っているのであろう人物の顔を思い浮かべた。
 …いや、“だからこそ”、彼は面白がるに違いない。
「…エイン兄も大変だ」
 まったくだ、と再度、心の中で深く賛同した。

 

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