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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「随分と、余裕ですね」
 闇はゆっくりと、同じ闇を見やった。
「逃げずに残っているとは」
「……………」
 闇に、一切動揺は見られない。この状況を、少しも危機だと感じていない様子だ。
 ただその態度は、そこで迎え撃ってやろうという好戦的なものではないらしい。タンッ、と軽く地面を蹴ったかのように見えたその身体は、瞬時にそこから消えた。
 間髪入れずに、もう片方の闇であるアーフェストは、その後を追う。
 足取りに焦りは見られない。感情を全く見せない相手に、自分と同じ匂いを嗅ぎ取る。
 しばらくの逃亡劇の末、影は中庭に飛び出した。
 彼はそこで立ち止まった。いったん体勢を立て直そうということだろうか。
 身体全体を覆う黒いフードは、明らかに動きの邪魔をしそうに見受けられるが、こと彼に関しては、それは大した障害とはなりえないらしかった。それよりも優先すべきは、その容貌を隠すことにあるのかもしれない。
「どうも、はじめまして。私はアーフェストと申します。貴方は?」
「……………お前は、ただの駒の名まで気になるのか?」
 低音の、静かな静かな声。それはひどく彼の雰囲気に合っている。
 自分をなんの感情も表さずに駒と表した部分に、無意味に共感を覚えつつ、ぜひ教えてください、と影の薄い笑みを浮かべる。
「……………。飛廉」
「ヒレン…素敵な名ですね。表舞台に上がった彼とは仲間ですか?」
「ああ」
 一切迷うことなく答える彼は、けれど嘘を吐いているようには決して見えない。
「…お答えいただき、感謝いたします。ヒレンさん」
「別に。知られて困ることでも、ない」
 知られて困ることではないから、わざわざ嘘を吐く必要もない。そう言いたいのだろう。
「そんなことはありませんよ。そこから貴方がたの素性を洗うこともできますから」
「そうか。それはすごいな。…しかしそれもまた、我々にとって、知られて困ることではない」
 無感情で「すごい」などと言われても、普通の人間ならば、反応に困るところだろう。
「目的は何ですか? よければ、教えていただきたいのですが」
「………………」
 返事はない。これは「知られて困ること」に分類されるのか。しかし、それを否定するように、彼が遅れて口を開いた。
「我々の目的について話すことは、我が主から許可されていない。より正確に言うならば、それについて、我が主からは何の命も出されていない。故に、我は我の判断により、返答することを許可しない」
「…我が主、とは?」
「我が忠誠を誓う者だ。お前にとっての、この国の王と同格の存在。―――であれば、我がその問いの真について答えを出さぬこと、言わずとも知れることであろう」
 なるほど。アーフェストは、そうですね、と笑った。彼は、自分と“同じ”だ。
「それならば、貴方もわかるでしょう。―――私はあの方の命でここに立っている」
 言葉が終わらないうちに、素早くナイフを投げる。向こうもそれは予測済みだったのだろう、大した動揺も見せずに、軽く避ける。
 続けざまに、二本、四本。これもまた、全て避けられる。しかしアーフェストは一切怯まない。相手もまた、それで調子に乗った様子はない。
 それはとても静かな、静かすぎる攻防戦であった。
 散る火花は、とても激しいものだというのに。
 アーフェストは流れるような軽いステップで、ぐんと距離を詰めた。相手も、まるで重みを感じさせない動きで、前に出る。
 両者間の距離は、ゼロ。
 一撃目、二撃目と、手にも止まらぬ速さでの斬り合いが続く。やがてそれが二桁になってしばらく経った頃、初めて両者の剣が、相手に届いた。
 瞬間的に再び距離を取る。
 アーフェストの右腕に斜めに入ったソレは、しかし肌までは斬られていない。
 それは相手も同じだ。
 だが。
 アーフェストは、彼にしては珍しく、少しばかりの驚きを表した。とはいえ、目を細めるだけのその行為を、“驚き”という感情に結び付けられる者は、生憎とこの場には存在しなかったが。
 飛廉と名乗った闇が被るフードは、今やその役割を果たせていなかった。アーフェストの剣がそこに触れたこと、それから彼自身が目にも止まらぬ速さで動いたこともあり、飛廉の顔は、完全に光の下に在った。
 とはいえ、それとて彼にとっては特に「知られて困ること」ではなかったのだろう。その表情は想像したとおりの無感情なものだ。
 深い緑の髪に、鋭い金色の瞳。それらは、褐色の肌によく映えていた。それ以上に目を引くのが、その“耳”だ。黒い羽に覆われた、耳。異形のソレだ。
「…魔族か」
 闇は何も返さなかった。特に答えを求めて呟いたわけでもない。それは、その容姿からは、間違えようのない事実だ。
 しばらく無言で対峙していたが、不意に飛廉の耳が、ふわりと戦(そよ)いだ。それに彼が反応する。気こそ抜いていないが、意識はここではないどこかにも向けられている。
「――――――――頃合い、か」
 飛廉がぽつりと呟いた。
「まだお開きには早いですよ」
「生憎、長居をするつもりはない」
 何の感情も映さぬ瞳を、アーフェストのいる方向へ動かす。
「…加えて言えば、お前も我を相手にしている暇もなくなる」
「どういうことでしょう」
「娘の場所を教えてやろう。今から走れば、お前なら、間に合うだろう」
 闇が言うことは端的だった。助かろうが助からなかろうが、知ったことではない。どうでもいいのだ。そう言わんばかりの口調だった。普段と変わらないことこそが、それをより強く示す。
 彼は素早くその場所を述べる。そうしてじっとアーフェストを見た。どうする、と目が無造作に問い掛けている。
「ふむ」
 見た目に寄らず、なかなか小細工な手を使うものだ。いや、彼にしてみれば、どうでもいいことなのかもしれない。真正面から突破できる自信も実力も、備わっている。今回あえてそうする必要があるとしたら、それは広場にいた仲間と、それから彼自身が、確実に生きて逃げる時間稼ぎのためだ。
 考えたのは、おそらく下から逃げた者の言う“あの方”、目の前の闇が“我が主”と表した者だ。
 そこまで考え、アーフェストは闇に一礼し、踵を返した。
 あちらは、少なくともこの場で激しく争うつもりはないらしい。それならば、彼のできれば護りたいと考える者を救い出すことの方が先決であると判断した。
 あれらの対処は、ひとまず後回しだ。
 ふ、と後ろで闇が蠢く気配がし、次の瞬間には霧散した。


 闇の奥底に、その場所はひっそりと存在した。
「おかえり、飛廉。きみが無事に戻ってきてくれて、とても嬉しいよ」
 彼の主は、その場所の中央に置かれた、この闇にすら不釣り合いな真っ黒い椅子に腰かけたまま、屈託なく笑った。
 嬉しい、と思っているのはおそらく本当のことだ。けれど彼は、それと同じくらい、そのことについてどうとも思ってはいないのだろう。
 しかしそれは、彼の関知することではない。
 彼が自分の主である。重要なのは、その一点に限る。
「ワイも、怪我は負ったようだけど、死んではいないからね」
 ワイ――そういえば、あの男はそのような名だったか。飛廉はふとそんなことを考えたが、その思考はすぐに掻き消えた。いずれにせよ、どうでもいいことだ。助かったのならば、それはそれで。助からなかったのならば、それもそれで。
 よかったよ本当に、と主は笑う。銀糸のようなさらさらの髪が、それに合わせて揺れる。その様は、まるで天使のようにあどけない。長く生きてきた自分よりもよっぽど短いとはいえ、それでも人間でいえば“働き盛り”である歳に差し掛かろうという彼は、それでもまだなおどこかに歪な幼さを残している。
「ああ、よかった。ねえ、マリア。きみはどう思う?」
「よかったと、思います。貴方様が、よかったと、思われるならば」
 傍らに立つ女が、消え入りそうな声で呟く。それでもその声は、いつもよりかは爛々としているくらいだ。それも、主が話しかけているからこそ。そうでなければ、本当に死んでいるのではないかという覇気の無さなのである。とはいえ、そもそも彼がいないところでこの女が話すことなど、滅多にないわけではあるが。
 その生気の無い声とは裏腹に、彼女の容姿は、非常に瑞々しく、美しい。主と同色の銀色の髪は、腰まで掛かろうかというほどに、長い。静かな水面を彷彿させる蒼い瞳。その瞳を縁取る長い睫。ふっくらとした唇。すうと通った鼻立ち。本当に何をとっても美しいのである。ただそれは、整いすぎている分、本当に作られた人形のようだ。なまじっかその瞳が、よくよく見れば奥底まで昏いばかりなのが、その印象を強める。
 それ故、恐れすら覚える者が絶えないのであるが、主は彼女をたいそう気に入っているらしく、いつも傍らに彼女を控えさせている。あるいは、それもどうでもいいだけなのかもしれないが。
 加えるならば、それは主以上に、飛廉にとって、興味の無いことである。
 彼は淡々と、自分がそれまで城内で見てきたことについて語った。
 ふんふんと面白げに聴いていた彼が、より一層関心を示したのが、最後に緋色の髪を持った少女が使った魔法であった。
「そうか。光か」
 彼はひどく満足そうだった。
「闇を照らす、光。―――そうか、その娘が………か」
 さらりと放たれた言葉の中に、聞き慣れぬ単語を捉えた気がして、飛廉は顔を上げた。彼の主はくすくすと笑いながら、それについて、知っていることを全て語った。それを飛廉はただ無感情に、知識として頭に放り込む。傍らの女が、時折その瞳に何より愛おしいという感情を込めて、主を見る。彼女が生きているのは、おそらくその刹那だけなのだろう。聴きながら、同時にそのようなことも考える。
 やがて全てを語り終えた主が、ふわりと笑った。
「だからね、飛廉。ぼくは思うんだ。――――その光は、きっととても綺麗なんだろうな、って」
 ぼくも早く、それを見たい。
 気付けば主の瞳に、渇望と期待が見え隠れしていた。それば主の望みであるなら、飛廉はそれを叶えるのみだ。
 …否。それは、飛廉自身の望みでもあるのだ。そのために今、彼はここにいる。
「世界が崩壊する時は、ほどなく訪れる」
 物騒な言葉を、柔らかな口調で、なんの躊躇いもなく口にする。
 そうして、本当に嬉しそうに、笑い声を立てた。

「その時こそ、ぼくはきっと、きみたちに会える。それが今から楽しみでならないよ、暁の王。それに、―――月姫」

 あはははは、と。
 決して闇とは溶け込まぬ、笑い声が、響く。

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