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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 足早に、廊下を歩く。
 考えが、まとまらない。
 あれは結局、何であったのか。クリスティーは無事なのか。………自分は、どちらを選ぶべきなのか。
 一瞬、脳裏にエインレールの顔が浮かんだ。彼に、なんとか事情を―――話したところで、なんとする。王とツベルの地の警護を強化する。あるいは、それが有効な一手であるのかもしれない。しかし、それはつまりツベルの民を決定的に巻き込むという選択肢だ。その時果たして自分は、心からこの国を守るために、ここに立つことができるのか。
 もし故郷の者が怪我を負い、あまつ――そんな未来など想像したくもないが――死に至った時に、自分は、自分を巻き込んだこの国を、恨まずにいられるだろうか。
 たとえ、足を踏み入れると決めたのが、自分だとわかっていても。わかっていてもなお、理不尽にこの国を恨むのではないか。
 考えても、仕方のないことである。
 自分は既に関わってしまった。とても深いところで。心のどこかで、ツベルの地もその争いの渦に飲み込まれることもわかっていたのではないか。
 けれど、今のツベルは、既に魔獣騒動で混乱の最中(さなか)にいるのだ。ひとつそれに幸運の要素を付け加えるならば、それだけ普段からの警戒が強まっている点か。しかしそれにしたって、まさか魔獣ではなく人間が、明確な殺意を持って自分たちを付け狙っているとはまさか思うまい。
 そんな状況で、本当に死者一人出さない自信など、無いのだ。
 わかっている。飲むべきではない。飲まないことが、賢い選択だ。より多くを生かすために、最も有効だ。
 わかっているのに。
 危険な目に晒されると思うと、心がざわりと音を立てる。
 守ると決めたのだ。大婆様とも、約束した。守りたい。守らなくては。誰より、自分が―――。
 どうすればいいのだろう。
 再度男の顔がふわりと掠めた。
 彼に相談したい。すべて話してしまいたい。
 その願いを、アーシャは気付かないふりをして、ひたすら殺した。

 その日は、結局一睡もできなかった。

 案の定、身体が思い。睡眠不足の所為か、それとも精神的な疲労から来ているのか。
 次の日は、散々だった。いや、何かの意地で、一応見られる程度の動きはできていたのだ。だから、周りも単に彼女が今日は不調であるのかという意識しか持たなかった。
 だというのに。
「大丈夫か?」
「大丈夫、ですよ。ちょっと寝不足で、ふらふらしますけど…」
 あはは、と笑えば、他の者は「まったく」と呆れたような瞳を向けてきたのだが、――どうしてか彼はそれを許してくれなかった。
「どうした?」
 同じ意味の、問いかけ。
 反射的にエインレールの顔をうかがえば、その過剰反応にも気にした様子はなく、ただ真摯な視線を寄こす彼がそこに立っていた。
「何かあったのか? 何があった?」
 矢継ぎ早に同じことを訊ねる彼に、ただそれがあまりに今のアーシャに答えることができないものだから、何も言うことができず口を閉ざして俯けば、頭に人肌の温もり。
 ひどく優しく髪に触れる、その温もりが、言葉よりも強く想いを放ってくる。
 それも、今のアーシャには、辛い。
 ぐっと歯を食いしばった。顔を更に俯けたかったが、そうすると目の縁まで浮かんできた水玉が零れ落ちてしまいそうで、できなかった。
 ごめんなさい。
 本当は、ちゃんと真実を告げることが正しい選択なのだ。きっと。
 それなのに、自分はそれができないでいる。わかっているので、しないでいる。
 迷っているのだ。あの要求が絶対的なものでないことなど、理解しているのに、なお。
 ごめんなさい、エイン。
 心の中で何度も何度も謝る。頭の上に乗った手を振り払う動作の中に、涙をさらう動きも盛り込んだ。いつものように振り払われたら素直に引き下がる手に、また謝る。
 そうして、顔に精一杯の笑みを浮かべた。
「何もなかったですよ。強いて言うなら、昨日眠れなかったって…それだけです」
 それだけということに、しておいてください。
 そんな懇願を読み取ったのか、エインレールは少しした後に、そうか、と短く答えた。
 不安感を抱えたままの手合せは、案の定ぼろぼろで、途中で彼の止めが入るほどだった。無理もない、と思う。あのまま続けていれば、大怪我をしていてもおかしくなかった。
 彼はアーシャを気遣っているのか、多少無理に上げたテンションで、渡したいものがある、と自室に招いた。今の自分が果たしてここに入っていいものかと迷いが生まれたが、その迷いを見せてもいけないだろうとこれも押し殺し、――待っていたのは、ひどい現実だった。
 イオペガ、というらしい青い鳥。伝鳥。ツベルの民の声を届けた、鳥。
 相変わらずの声。それだけで、光景が浮かんでくる。
 ―――今も爺様とリュカが必死になって魔獣に対抗している。それとも、王都からの救援もあって、一息吐いたところだろうか。ああでもきっと爺様は冷静に周りを見つめ、リュカはただ熱く前に突き進んでいる、元がそういう性格なので、そこまで根を詰めてはいなくて、案外今も最前線で動いているのかもしれない。シャルリアはそんな中でも、いつものようにツベルの実第一に、実の成長を見に行っているだろう。それをきっとルークレットが心落ち着かない様子で、ツベルの地の居住区に連れ戻そうとしているに違いない。他の人もそんな状況でも馬鹿騒ぎして、あっけらかんと笑って過ごしているだろう。ニナがそれを心底鬱陶しいわという顔で眉を顰めているところも、想像に難くない。
 母であるルルアは、きっと、…きっと――――
『…怪我をしないようにね。無茶はしちゃ、だめよ。貴女本当に、母さんの心臓が止まるんじゃないかっていう無茶をするんだもの。―――お願いだから、気をつけて、ちゃんと無事に、帰ってきてちょうだいね』
「――――………」
 息が詰まった。
 ああ。ああ、そうか。心の奥底から溢れてくる。
 自分はこんなにも、この人たちが、好きなのか。
 声を聴いて、改めて想う。
 ごめんなさい、エインレール。
 今までこの国を、ユリティアを救うために、力を貸そうと、頑張っていたつもりだ。嘘じゃない。それは本当に。心から力になりたいと感じて、剣を鍛えていた。今だって、きっとその想いは変わらない。
 だけれども。
 初めから、私が守るべきものは、この人たち以外ありえなかった。
 だから。
「ありがとうございます、エイン」
 最初から、心はひとつだった。
 やることは、決まっていた。きっと関わり始めた時から、自分はそれしか望んでいなかった。
 真っ直ぐに、エインレールを見つめる。
 陛下に、お心遣いに感謝いたしますとお伝えください。笑って告げた自分の言葉に、白々しさを覚えた。


 闇の存在を確認してから、目をすうと開く。
「よオ、決まったか?」
 闇夜に溶けた声に、はい、とはっきり答える。
「私は、私の民を守ります」
 蠢く。それが、笑っているようにも感じられて、不快だ。それを表には出さず、微かに口元を持ち上げる。
「貴方の要求に従います」
 下品な笑い声が、賢明な判断だな、と言葉を作る。それを一切無視して、アーシャは闇を見つめた。

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