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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 遅れてすみません、という声に反応し、伏せていた瞼を、ゆっくり上げる。
 声と状況から誰が来たのかは明白であったが、エインレールは視線をそちらに投げかけた。
 いつの間にか後ろに立つことが当たり前となったいつもの侍女を連れて、アーシャが少し急いた顔で立っていた。
 前代未聞の試みの、その最終段階に近いところに来ているというのに、その顔に気負いはない。それだけマティアたちを信頼しているのだろう、と思う。よしんば失敗したとしても、彼女がそう易々と諦めるとは思えないが。
 アーシャは傍にいたキントゥに小さく何か伝える。彼女が一礼して下がっていったのを見る限り、おそらくこの場から離れさせたのだろう。
「よし、これで全員揃ったな」
 ぐるりとマティアが周りを見渡す。
 今集まっているのは、アーシャに、今回“媒介”の製作に携わった魔法使い――マティアにヒューガナイトを筆頭とするメンバー、それから交戦相手としてエインレールが呼ばれている。
 こういうことをやるから見たいやつは見にこい、などと言えば、確実にもっと大勢の人間がこの場に集まったのだろうが、今回は逆にそれらを規制して、この顔ぶれのみで行うことになる。
「アーシャ」
 呼ばれてアーシャが前に出る。その首に、マティアが持っていたネックレスが装着された。丸いわっかが幾重にも通ったものだ。これが今回の“試作品”だった。
 彼女はその場に軽く跳んでみせ、それが無意味に飛び上がってこないかを確認すると、マティアと顔を見合わせ、静かに目を閉じた。
「大丈夫そうです」
「そうか。一度“切れ”」
「はい」
 返事をすると、目を開いた。どうやら初回時に起こった、情報が一気に入り込む、という難所はクリアしたらしい。
「気分は?」
「頭の中をぐるぐると術式が渦巻いていますから、いいとは言い切れませんが…支障はないです」
「戦闘中にすぐに繋げそうか?」
「一気に全部は無理ですけど、一部なら」
 その辺は状況に応じてどうにかするしかない。
 おそらくその“どうにか”を、彼女はやってのける気でいるのだろう。その顔には、決意が見受けられた。
「元々一度に全部取り込むとぐらつく危険がありますから、ちょうどいいくらいです」
 負け惜しみではなく、本気でそう考えているとわかる表情で、アーシャは笑ってみせた。
 それにしても、とエインレールは腕を組みながら考える。エインレールは、直接魔法と関わることができない身だ。どれだけそれについての知識を身に付けようとも、やはりマティアやアーシャとは感覚が違ってしまう。故に、正直こうして見ているだけでは、何が起こっているのかが想像しにくい。
 仕方のないことだ、という自覚は当の昔に済んでいる。だが自分一人だけが何かがズレている、という場に置かれると、多少の寂しさが胸を襲った。―――おそらく、その内の一人がアーシャだからというのが、理由の大半なのだろうが。
 組んでいた腕をそっと外し、腰にある自身の剣に触れた。少し、落ち着く。
 ちゅどん、と小さな地響き。見れば、少し離れた場所に、光の槍が落ちていた。どうやら魔法の発動も上々のようだ。
 と思いきや、メンバーの表情はどこか思い悩む類のものだった。
「組み立てに掛かる時間は、ひとまず及第点」
「ただやっぱり術式の組み立てと発動の間の意識は、こっち側には持ってこれないか…」
「う~ん、いったいあの術式と何が違うやら…」
 マティアも目を細め、ふむ、と唸っている。ヒューガナイトは相変わらずの顔色でへらへらと笑っているが。
 もう一人、他の者とは違う真剣な顔で、じっと自分の手を見つめている者がいた。アーシャだ。彼女は数秒そうした後、エインレールの名を呼んだ。
「お相手、お願いできますか?」
「…ああ。わかった」
 他の言葉を告げようとしたが、結局それしか出てこなかった。彼女とて、望んでいたのはその言葉のみだったのだろう。
 それに対し、エインレールはなんの不満もなかった。彼女の表情は、先程と変わらず、強い決意を秘めたものだった。だから、たぶん、大丈夫だ。
 もしものことも考え、両者、自分の剣ではなく、木剣を構える。
 初動はほぼ同時。正面からぶつかる。両者後ろに跳んだ。距離はアーシャの方がずっと多い。力の差だろう。身体の軽さのため、とも言える。彼女が軽やかに着地した頃には、エインレールは既に距離を縮めていた。鋭い突きを、アーシャは着地の反動で躱す。
(なんだ?)
 更なる追撃をしながら、目を細める。違和感。本当に僅かなもので、彼女自身の動作にはほとんど関係していないが、一瞬、確かに止まる。まるで、近くにいるのに、遠く離れた場所にいるような錯覚。ここではない場所に、意識があるような、“一瞬”だ。おそらく何度も彼女に対峙した自分でなければ、気付くことさえできないほどの、停止。
 と、そこで、今回の“試作品”と、先程の会話を思い出した。
 それから、今までの彼女との対戦も。
(そういうことか…!)
 しかし“それ”がわかったからと言って、この時のエインレールにはそれにどう対処すればいいのか、判断が付かなかった。その原因はやはり、彼自身が魔法の本質を理解しきれないことにあるのだろう。もちろん、これまで“こういう相手”と対峙したことがなく、経験からの判断が利かないというのもあるが。
 そして、予測したその時が訪れた。ある意味予想どおりのタイミングで。
 剣が交わる、そのタイミングで。
 目の前に広がったのは、白。いや、どうだろう。とにかく明るいもの、と認識したため、世界が一瞬、白く見えたのかもしれない。
 見覚えのあるものだ。一度喰らったことがある。
 しかし、その時とは違う衝撃。どうやら投げ飛ばされたようだ。痛みなどは感じないし、魔法によるダメージは受けないが、これはこれで厄介。着地と同時に後ろに跳び下がる。ひゅん、と寸前のところを剣先が掠める。
 容赦の全く無い攻撃だ。それでいい、とも思う。まだ違和感の残る目で、剣が向かって来た方向を素早く見、その姿を視認すると、そこを終着点として、弧を描くように走る。走り抜けたその場所を、光の塊が直撃していく。
 発動と発動の間に、差があまり無い。おそらくそれまで掛かっていた時間は、主に術式の組み立てに対してなのだろう。
 別段それに捕えられたところでダメージは無いのだが、あの目眩ましはできれば食らいたくない。
 かといって、このまま避け続けるというわけにもいかないだろう。
 頭の中で対魔法使いの作戦を立て、彼女の方へ方向転換し、自分があまりに当然のことを失念していたことに気付いた。
 キインッ、と、音が鳴る。反応できたのは、完全に反射的なもので、そうでなければ全く予想していなかった攻撃に、今頃伏していただろう。
 ―――そうだ。彼女は“魔法使い”ではない。
 こちらの押し返す力を利用し、浅く下がると、彼女本来の持ち味である素早さで、一気に距離が詰まる。右に転がって避け、身体を起こしたところで魔法による攻撃。避けるのは無理と判断し、剣によって弾く。追加で向かってきた光の玉を薙ぎ、踏み込む。
 “魔法使い”ならば、苦手なのは接近戦。あまり距離を詰められると、前線の動きに慣れていない彼らの身体では、いくら強力な魔法を放てても、こちらの攻撃を防ぎきれない。彼女は“魔法使い”ではないとはいえ、そもそも接近戦は不向き。ならばそれを狙うしかないだろう。
 迫り来る光の玉を避けながら進む。何度目かの魔法を避けた先に、木剣。なるほどこういうことも起こり得るわけだな、と妙に冷静に考えながら、体勢をわざと崩した。視界の、ほんの目の前を通り過ぎるそれを見やりながら、剣を上に大きく放る。空いた両手で自分の身体を同じ方向に跳ばすと、空中で剣を掴み、そのまま振り下ろした。
 避けられる、が多少無理に身体を捻った上での横跳びだったため、立て直すのに、普段より時間が掛かっている。その隙を逃さず追撃。
 エインレールの剣の先が、アーシャの首の近くで止まる。
「…エインの勝ちですね」
「それ、本気では言ってないだろ」
 にこり、と笑ったアーシャを、エインレールは半眼で睨んだ。確かに何の構えもしておらず、見た目的にはエインレールの勝ちであるが、彼女が既に己の魔法をいつでも放てる状態にしていることは、なんとなく、わかった。
 おそらくこれが本番で、もしもエインレールとアーシャが本気で相手を倒そうとしていたのだとしたら、アーシャの首にはエインレールの剣が突き刺さり、エインレールは魔法による攻撃を受けていた。彼だから魔法は決定的ダメージにならないとはいえ、普通の者であれば、かなりの大打撃だ。
 とはいえ初級魔法、死には至らないだろうから、やはり一応は“エインレールの勝ち”ということになるのか。
 だとしても、この力を磨かれたら、いずれは自分も危うくなろうだろう、とは思う。もちろんその時にはエインレールだって、彼女のような剣と魔法を両方使ってくる者との戦い方を身に付けているだろうが。
「戦闘が終わったばかりでお疲れのところ悪いが…アーシャ、お前今何やってた?」
「術式の組み立てを、“分離”してみました」
 詠唱と、その中断の繰り返し。本当に短い間隔で行われるそれ。おそらく、これまでのエインレールとの応戦で徐々に身に付けていた技なのだろう。その頻度と集中時間の短さは、今までとは比にならないほどであったが。いったいいつ練習したのやら、とエインレールは肩を竦めた。
 淡々とした口調で、そう返した彼女は、次の瞬間にはえっへんと胸を張った。
「あたしだって、待っている間なんにも考えていなかったわけではありませんから! あの剣を作り出す時のように、意識をこちらに保ったままというのは、できませんけど…」
 それにまだ組み立てが小さい初級魔法くらいしか使えないんですけど、とそれまでの威勢はどこへやら、眉尻を下げて困ったようにはにかむアーシャの頭を、こつんとマティアが小突いた。
「上等だよ」
 その顔には、部下の成功を心の底から喜び誇るような、それでいてどことなく悔しげな色が浮かんでいた。
「これでどうにか、入り口に立つぐらいまでは行ったな」
「いや~長かった!」
「ほんと長かった。嫌味かと思うほど長かった!」
「でもここからが本当の勝負だから。この先も長いんだから!」
 くうっ、と泣き真似をする部下たちの姿を、若干鬱陶しげにマティアが眺める。
「感動的な場面に水をさすようで悪いんだが」
 エインレールが苦笑する。
「一応コレの名目、…大元は、ユリティアを賊から護るため、だからな?」
 しん、と静まり返り、その後、突然魔法使いたちがげらげらと笑い始めた。
「い、いやだなあエイン様。そんなわかりきってることをわざわざ!」
「そ、そうですよ。まさかすごく面白そうな研究対象のことで頭がいっぱいになって、その辺りへの配慮が手薄になってるなんてこと、あるわけないじゃないですか!」
「ボクたちの集中力をあまりなめないでくださいね!」
 最後のは明らかに自分の罪を認めているだけのように見えたが、果たして。
 まあ、彼女が強くなることは必然的にユリティアの警護がより強固になるということである。それを除いても、今のところエインレールに一切不満はない。
 ふとアーシャの方を見れば、ぽかんと大口を開けている。
 少し、嫌な予感がした。
「…お前、まさか」
「け、決して忘れてたわけじゃないんです。ちゃんと憶えていましたし、考えてもいたんです! たださっきので、ちょっと頭から跳んでしまっていたというか、なんというか…!」
 言うほど、楽観的な雰囲気になれるほど、軽い問題でもないというのに。
 逆に結構深刻だというのに。
 がくりと肩を落としたエインレールは、けれど思わずふっと噴き出して、笑ってしまった。
「エイン、あたし本当に、ユリティアのこと助けないとか本気でないとか、そういうのではないんです。本当に本当に大切で、だからその時が来たら、絶対護り通しますから!」
 ぐっと両手を握って、ここに現れた時と同じ決意の色を込めて放たれた言葉を受け止める。エインレールは笑顔のまま、返した。
「知ってるよ」
 アーシャだったら、そうするだろうと、思った。
 そうして、彼女が故郷であるツベルの地以外で護ると明言したものが、自分の護る対象と重なる事実に、密かに喜びを噛み締めたのである。

 ともあれそれが、後(のち)に「魔剣士」と呼ばれることになる存在が、不完全ながらも初めて誕生した瞬間だった。

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