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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 彼が彼女に付き合う形で手合わせを開始した日から、数日後のことである。
 金色の長い髪をぎゅっと縛り直したマティアは、個々人の研究室とは別に用意されている魔法使い専用の会議室に集めた、自分の部下たちの顔を見渡す。研究室よりかは幾分か広い作りで、かつ各個人の部屋のように物が溢れかえっているわけではない会議室だが、それでも定員ギリギリの人数が集まれば、普段の自室よりも狭く感じた。
 はて、呼んだ人数からしてこんな風になるはずはないのだが。マティアは内心小首を傾げる。
 と、そこでふと、部屋の中にぽつりぽつりと呼んだ憶えが無い者も紛れていることに気付く。なるほど、計画自体に参加はしなくとも、内容は気になるらしい。その辺りは、魔法使いの性(さが)なのか。
 いて困る、というものではない。むしろアイデアを提供してくれるならば、それならそれで構わないか、と今から取り上げようとしている議題を思い浮かべて、そんな考えすら出てくる。
「さて、それではこれより―――」
 ごとん、とやけに鈍い音が鳴った。思わず言葉を止める。
 何事か、と他の面々もそちらを見て、ああまたか、と瞬時に納得した。
 ヒューガナイトの――いったい今度は何が原因か。とりあえず身体が彼についてこられなくなったことは確かだが――その疲労困憊の上半身が、机の上に崩れ落ちている。
 寝息すら聞こえてこないので、心配した仲間の一人がまず呼吸を確認した。妙な緊張感に、静まり返る会議室。
「…生きてるみたいですよ」
「そうでなくては困る」
 言いながら、しかし突き放したようなその言葉とは対照的に、マティアはホッと息を吐いた。
 この心配は決して冗談でやっているのではない。…非常に残念なことに、それが事実だ。彼のあの幽霊と見間違われるほどの顔色の悪さが、それを如実に物語っている。…これまた残念なことに、だ。
 ただまあ、能力が高いこともまた紛れもない事実である。特に今回主力メンバーとして挙げられている彼には、是非とも会議にしっかり参加してもらわねばならないのだ。
「…ヒュー」
「大丈夫ですよぉ。ちゃんと聴いてますので、どうぞ続けてください」
 本当か。
 思わず疑惑のこもった目でヒューガナイトを見つめたマティアであったが、やがて諦めたように頭(かぶり)を振った。とりあえず、返事をするだけの気力はあるらしい。元々、身体の不調と思考能力がそれぞれ完全に分かれている彼のことだから、その辺りは大丈夫だろうと当たりを付ける。
「それじゃ、改めて」
 やや崩れかかっていた厳粛な空気を取り直そうと、そこで一旦言葉を切る。
「これより、会議を始める。議題は、魔法と剣の同時使用について、だ。これまで誰も為し得なかった難しい問題だが、必ず方法は見つけ出す」
 あんな小娘に負けるわけにはいかないだろう、とにやりと口元を上げれば、そーだなあ、と笑いがそこらで起こる。ただし目が笑っていない。
 彼女が生半可な気持ちで臨んでいるわけでないことは、普段から第三王子を相手に必死に攻防を繰り広げている姿を見ていれば、明白である。
 自分よりずっと年下の相手が、そこまで頑張っているのだ。負けてなるものか、と思うのはある種当然だった。負けず嫌いの気がある自分たちならば、尚更に。
 ―――しかし、そうそう簡単に解決法が出るものではないことも、また確かなことなのである。
「うーん、やっぱ見つけるとしたら、発動時間の短縮、ってことになるのかな?」
「短縮ったって、初級ならまだなんとかなるかもしれないけどな、上級ともなると…」
「でも、まずは初級をクリアしてから、っていう方法をとったほうが良いんじゃない?」
「それじゃユリティア様の式典には間に合わねえだろうが」
「あ、そうか」
「それに、初級クリアも言うほど楽にさせてもらえるわけでもなさそうだからなー」
 みなが口々に意見を述べていくが、有効な案は出てこない。
「そもそもの問題は、詠唱中に意識がこちらにないということだな」
 マティアが髪を掻きあげ、ため息混じりに言えば、あー、と一同からなんとも言えない声が漏れた。先程までの気合はどこへやら、目が遠くを見ている。
「…ん? でも逆に言えばそこをどうにかしちゃえば、後は意外といけるんじゃない?」
「どうにかって…」
「え、と、…魔法の詠唱時に集中しない、とか!」
 だからそれができたら苦労はしねえよ、そもそもその方法を訊いているのになんだその答えは、と白々とした目が発言者に集まる。うむむ、と言葉に詰まった彼を尻目に、マティアが口を開いた。
「仮に、集中せずに魔法を発動できたとしよう」
 え、と目を瞬かせた面々の困惑を無視して、言を進める。
「その場合の問題点はなんだ?」
 問われ、一人が反射的にか、発言する。
「集中しないで発動した魔法なんて、どういうもんになるのか今は想像できねえが…普通に考えりゃ、その分精度が落ちるんじゃね?」
「いや、精度の低下は少しなら許容範囲内だと思う」
 すかさず別の一人が反論する。集中せずに魔法が発動できることを前提とした考え方に、頭を切り替えたらしい。
「多少? 多少で済むか?」
「…や、ま、そこはやってみないとなんとも」
「まあそうだな。相手からすれば、剣と魔法が同時に来ることがまず脅威なんだから」
 うーん、と唸る面々の表情を見ながら、マティアはぱんと手を打った。
「じゃあ、それ以外には何がある?」
「…………はて」
 顔を見合わせる。他に、何がある? 何か、ある?
「特にない」
「…ような気がする」
 集中せずに魔法が発動できる、なんていうそれこそ夢のような前提ありきの話ではあるが。
「でもなあ、その前提の実現方法が問題なんだよなあ。全っ然想像つかねえ」
 がしがしと頭を掻いた一人の様子に、確かになあ、と頭を捻る。
 言霊ならば、魔方陣よりかは集中力が要らない。少なくとも世界を乖離させる必要は無くなる。ただそれは完全に集中せずに、という状態とはほど遠い。同じ現実に在るといっても、基本的には術式を組み立てる側に意識がある。他はなんとなく意識に入ってくる、という程度のものだ。
 魔法は集中なくして発動できるものでなし。それが基本条件だったのだ。いきなり根底を覆す方法を考えろと言われても、あまりに非現実すぎて、頭が働かない。
「想像できないって…目の前にちゃんと例があるじゃないですか~」
 のほほんとした声が響いた。見ると、頭を右へ左へ揺らしながら――いや、あれは自分の身体を支える力すら残っていないために揺れてしまっているのか――、ヒューガナイトがへらりと笑っている。
 ほら、それ。と示した指の先は、マティアだ。
「は?」
 わけがわからず眉を寄せたマティアは、しかし次の瞬間ハッと目を見開いた。慌ててアーシャから預かった、あの不思議な“家宝”。
 確かに、これに魔力を注ぎ込んだ時に、アーシャの意識はこちら側にあったように思う。
「だけどこれは、高度な術式を駆使したものだろう?」
「問題は術式の精密さではなく、意識がこちらにあったことだと思いますよ~」
 なるほどな、と頷く。
「で、その原理は?」
「…さあ? 僕は担当ではないので、その興味深い十字架も、まだ実物をちょっと見たくらいなんですよ~」
 がくん、とヒューガナイトが首を傾げる。折れているような錯覚を受けるのは、もはや仕方のないことである。
「…術式の再利用」
 マティアが目を細めた。
「魔力を流し込むだけなら、時間は掛からない」
 そもそも言霊ではなく魔方陣が好まれる理由が、そこにある。一度作った魔方陣は、それを意識して破棄するか、術者が戦闘不能にならない限り、何度でも利用が可能である。そしてその際、もちろんある程度の集中力は必要とするものの、普通に比べればほんの一瞬。ごく簡単な魔法ならば、傍から見ている者からは、意識できない程度だ。
「でも、たとえ術式を先にどこかに組み込んだとしても、それだと一つの媒介に一つの魔法しか発動できませんよ。そんなに多くの媒介を持ち歩くのは、逆に不便では? いつも身に付けておかなくちゃいけないことにもなる」
「それ以前に、媒介の大きさは? 全てを小さくするとしたら、かなり難易度が高い」
 ちろり、と十字架を見ながら言う。
 魔方陣は意識下で描くものだが、実際にどこかに描いても発動はできる。ただその大きさは、それなりのものだ。今目の前にあるこの十字架は、その点から見てもあまりに規格外。普通なら、それと同等の大きさの術式がいる。それを持ち運ぶというのは、現実的な意見ではない。
 うーん、と再び悩む。
「全てをフォローする必要は、ないんじゃない?」
 一人が言葉を慎重に選びながら、言う。顎に手を当て、視線を斜め上へと逃がしながら、ゆっくりとした口調で続けた。
「つまり、基盤の術式を媒介として…個々の魔法は、それらの組み合わせや、場合によっては足りない部分は術者が補って、使う」
「組み合わせに時間が掛かりそうだな」
 元々、術式は“ひとつ”になっているのが普通である。ばらばらにしたものを再度組み立てるというのは、あまり聞かない。故に、そうなった場合どの程度時間が掛かるのかも問題だ。
「組み合わせ…?」
 マティアがその言葉を拾い、小さく声を上げた。眉を寄せる。それに反応したのは、がくりと首を傾いだままのヒューガナイトのみだ。
「仮にそっちが解決したとしても、媒介の数が多くなりそうな気がする。補う時には、また意識を飛ばす必要があるし」
 それじゃ本末転倒だ、と眉を寄せると、別の一人が、それに対して意見する。
「そんなとこまで追及してたら、進まねえよ。その辺はもう術者の技量だろ。いかに練習して、詠唱時間を短縮するか」
「術者次第ってことか? そりゃあんまりだ」
「でも剣士にしたって私たち魔法使いにしたって、なんらかの制約はあるでしょ。その両方を組み合わせて全く制約が無いようにすることが、まず無理があるって」
 ばんっ、と大きく机を叩く音が響いた。続いて聞こえた、ごんっ、という音はおそらくヒューガナイトあたりがバランスを崩して机と激突したのだろうと思われるが、全員それは無視した。
 一つ目の音源、マティアに視線が集中する。
「………そういう、ことか?」
 話し合いを打ち切った彼女は、ぽつりと一言零すと、しっかりとした口調で告げた。
「媒介を、作ろう。しかしその話を詳しくする前に、聴いてもらいたいことがある」
 ちゃりん、と全ての鍵となるソレを、顔の前で振った。
「コレには、本来の術とは別に、魔力に対しての拒絶反応を弱める陣が施してある。正確には、“この術式が生み出す魔力”に対するもの、だ」
 ありえない。この小ささに、正確に二つの陣を描くなど、想像もできないことだ。難易度も相当上がる。それなのに、何故そうしたのか。何故、そうしなくてはならなかったのか。
 なんの確証も無い。これが正確に、どういう風に描かれているのかは、未知だ。だからこれは、ただの憶測。
 もし、どうしてもそうする必要があったならば、それは―――
「…術式ごと、取り込んでる?」
 ボソッと言ったのは、マティアではなかった。強打した額を庇うことすらせず、視線だけをマティアに寄こしたヒューガナイトの目は、どことなく輝いているように見える。根っからの馬鹿だ。研究馬鹿。
「取り込む、って」
 これは魔力を注いで魔法を発動させる、という仕組みだったはずだ。
 一斉にマティアの方を見る。この中で一番よくコレに精通しているのは、マティアだからだ。
「確かに、魔力を注いでいる。…正確には、これごと“自分の身体”として認識させている」
 魔力は、血液のようなものだ。本当は、魔法を全く使えない人の身体にも、流れている。術式に魔力を注ぐのは、ある意味血を捧げているのと、同じことだ。
 けれど実は、この“媒介”は“違う”のかもしれない。
 血を捧げているのではなく、この媒介を取り込むことで、結果、魔力が“自分の身体”に流れ込んでいるだけ、なのかもしれない。
「―――この仮説が正しいとしても、それがどうしてこちら側に意識を持てることに繋がっているのかまでは、まだわからないけどな」
 ふっと表情を緩めたマティアは、そのあたりを解明するのが私たちの役目だ、と言って笑った。
「最終的にどういう方法を採るかは別として、―――まずは、動くぞ」
 マティアの口元には、挑戦的な笑みが浮かんでいる。何か特別いい案があるわけでもないが、そうでもしなければ気が滅入る。
「最初からなんでもできる完璧なものを作るつもりはない。でもそれは手を抜くってことじゃない。全力で取り組む」
 異論があるやつは今言え、と視線を送る。どうやら、積極的に反対を述べようとする者はいないようだった。
「それじゃあ、一度休憩を挟む。詳細は後で。―――呼ばれてないのに参加した者に関しては、自分の仕事に戻ってもいいが…」
「そ、そりゃないですよお」
 ここまできたら、何をどうするかまで付き合わないと、自分の仕事に集中できないに決まっている。
 情けない顔を晒した複数名に、マティアは苦笑して、よしお前らも参加しろ、と改めてメンバーとして呼びつけたのだった。

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