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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 最近、マティアは練習場に顔を出さない。いや、全く出さない、ということは無いが、こちらに来ている時間が短くなった。
 どうも多忙そうで、聞いたところ今まさに自分の“武器”を製作中、らしい。
 内容を聴いたが、どうも納得できるようなできないような…いまいちピンとこない、というのが正直な気持ちである。完成して、実際に自分が使う段階で、初めて感覚として理解するのだろう、と思った。
 今あるのは、これはますます気が抜けないな、という想いだ。この件については明らかに当事者である自分が、ここで泣き言を言っている場合ではないだろう。
 剣先が、顔の横をすり抜けた。最近は目もこの速さに慣れてきたようで、幾分か動けるようになった。それは紛れも無くアーシャの成長であったし、喜ばしいことではある。あるが、もう一方の“成長”は、まだまだ、遠い。
 避けて避けて、少しずつ時間を稼ぎ、よし完成した、あとは発動だ、としたところでチェックメイト。
「…少し、休むか?」
 ぽんと頭に乗せられた手を、ぶんぶんと頭を回して振り落とす。子供扱いされているみたいで嫌だと言ったのに、彼はことあるごとにそうやって頭を撫でる。もしかしたら癖なのかもしれないが、やっぱり気に食わないものは気に食わない。
「もう一回…」
「そう言うな。マティアも用があるみたいだしな」
 ほら、と示した先に、今日はもう現れないだろうと思っていた彼女が、腕を組んで立っているのが見えた。
「マティアさん!?」
 思わず驚きの声を上げれば、きりがついたと踏んだ彼女が、近付いてくる。
「なかなか頑張ってみるみたいだな」
「マティアさんたちが解決策を見つける前に完璧に発動させて、エインに勝ってみせるのが、目下の目標です」
 この前は発動させたことに満足し、だというのに思い切り直撃したことに動揺し、その後の攻撃が続けられなかった。…彼自身の特異すぎる体質に驚愕して、という要因も、あるが。
 今度は知っている。だから驚かない。その後の攻撃の手を休めることも、しない。
 傍から聞いていたエインレールが困ったように眉を寄せたのが見えたが、あえてそちらに視線は投げない。
「それじゃ、私たちもうかうかしていられないってことか」
 不自然なほどに真面目な顔をして言ったマティアに、アーシャがくすくすと笑った。
「それはそれとして」
 マティアが話題を変えた。それが妙に真剣な――いや先程も真剣だったが、それとは違う、“本当の”真剣さがこもった顔だったので、アーシャもぐっと気を引き締める。
「ひとつ、試作品を用意した。使ってもらっていいか?」
 そう言って差し出されたのは、球体だ。直径三十センチ。
 興味ありげにエインレールも覗き込み、おお、と声を上げた。
「小さいな」
「実際の魔方陣と比べたらな。持ち運ぶにしては、まだ大きすぎる」
 まあな、と返す。確かに持ち運ぶには大きすぎる。ただ、たった数日でこの大きさにまで詰め込んだのは、魔法というものを実際に感じることなどはできないエインレールにも、すごいもんだ、と思わせる。自慢したって誰も文句を言えないだろう。
「ちょっとこれに、あの十字架のアクセサリーにするように、魔力を注ぎ込んでみてほしいんだが、…できるか?」
「あ、はい。やってみます」
 こくこくと頷いたアーシャは、じっと球体を見据えると、そうっと力を込めた。
 ―――刹那。
 ぐわり、と何かが自分の中に流れ込んでくる感覚。
「―――っ!?」
 いや、と反射的に手に持っていたものを投げ出した。目に見える形でも、――見えない部分でも。入り口を遮断し、出口からその原因を吐き出す。
 込み上げた吐き気。身体が自分でも不思議なほど、大きく震える。立っていられずに座り込んだ。
「アーシャ? おい、大丈夫か…!?」
 エインレールが慌ててアーシャの視線に合わせるようしゃがみこみ、肩に手を置く。声量が抑えられているのは、彼なりの気遣いだろう。
 さっと細い腕が伸び、彼女の額に優しく触れた。
 ぽう、と広がる光。強張っていた身体が、ゆるゆるとそれを弱めていく。
 光が治まった頃に、ふっとアーシャが息を吐いた。しかし先程まで自分の身に起こっていたものを思い出したのか、表情が不安げなものに変わる。
「すまない。嫌な思いをさせた」
 いえ、と硬い表情のままのアーシャは、自分が投げ捨てた球体を見やった。
 ぽすり、と頭に重みが加わって、それがいつもと同じ感触だったので、エインレールの手であることはすぐにわかった。しかし、今はわからないふりをしていたくて、そのままマティアの方を向く。
「…マティアさん、今の、…術式、ですか?」
「ああ。正確にはその一部を集めたもの、だ」
「まだ整頓がされてないんですね」
 そこまで言って自分に入ってきたものを思い出したアーシャは、眉を寄せた。
「口の中に食べ物を無理やり詰め込まれたような感じでした。たとえ好物でもあれはきついです」
「ああ、それはさっき私も思った」
「やったんですか!?」
 目を大きく見開けば、そりゃあ相手に見せる前に自分でも試しておくのは普通だろう、とマティアはあっけらかんと返す。
「これに関わっているやつには、経験させた」
「うわあ…」
 自分の身に振りかかったことを思い出し、きっとその光景は見られたものではないだろうな、と思い、なんともいえない表情をしたところで、マティアから訂正が入った。
「ただ一人は無理やり辞退させたが」
「え、どうしてですか」
「…その一人ってヒューガだろ」
 きょとりと目を瞬かせたアーシャの疑問を即座に解決したのは、エインレールだった。彼の言葉を聴いて、すぐに、ああなるほど、と納得する。確かに彼にこれを経験させるというのは、かなりの挑戦のように思われた。彼本人はおそらくやりたがるのだろうが、周りが気が気ではない。そのまま倒れて帰ってこないのではないかという危惧さえ生まれる。それを「そんな大袈裟な」と笑って受け流すには、彼の顔色の悪さはあまりにも尋常でなかった。
 あえて彼の言葉には何も返さず、マティアはアーシャに向き直る。
「これが、今の進行具合だ」
「…よくわかりました。ええ、本当によく」
 これを使いこなすって、今は、無理。
 というか、研究のためにこれを何度も何度も試さなくてはいけない彼女たちを、本当に尊敬する。感謝する。ちょっと申し訳ないとも思うが、それは言っても仕方が無いことであるし、なにより彼らを遠回しに侮辱する傲慢な発言のように思えて、やめた。
「気持ち悪かっただろ」
「それはもう、すごく」
 本気で吐くかと思った。あと一歩投げ飛ばすのが遅かったら、たぶんそうなっていた。
「何が原因だと思う?」
 ちろり、と問い掛けた本人の顔を窺った。期待をしている、という類(たぐい)のものではないことを確認し、要するに意見を聴きたいのだなと判断する。それなら、正直に答えるまでだ。
「…いろんなものが、一気に流れ込んできました。本当に突然、大量に」
 もっとずっと少ない量なら、まだなんとかなったとは思う。そう付け加えた。けれどその少ない量が継続的に送り込まれてもやっぱり量が多くなると気持ち悪くなる気がする、とも付け加えた。
「それと、」
 そこでふと、言葉を止める。
「それと?」
 訊き返すマティアと、彼女と同じく不思議そうなエインレールの顔を交互に見、――なんでもないです、と首を振った。
 マティアは何か言いたそうであったが、やがて諦めたように頭を振った。
 もう一方の彼といえば、感情の読み取れない、ひたすら真剣な目でアーシャを見つめるので、なんとも居心地が悪くなって、意識的にマティアに視線を固定させる。
「あ、でも、意識はこちら側にありました」
「ああ。取り込む作業は、主にこっちの媒介側の働きだからな。そこから魔法を発動させる時にどうなるのかは、また別問題」
「そうですか」
 元から理解していたが、なかなか前途多難そうだ。これだけでも、随分な進歩だとは思うが。
 不安の色が表に出ていたのだろうか、そう心配するな、とマティアが笑った。
「私は曲がりなりにも、ツォルヴェインに仕える魔法使いだからな。無理難題を吹っ掛けられることには、慣れてる」
 無理難題を吹っ掛けるのが誰か、なんて訊くまでもなく明らかだ。
「確かに…」
 何か嫌な思い出でもあったのか、エインレールが眉を寄せる。いつの間にやら、視線はアーシャから外れている。ホッとしたような、少し残念なような、変な感覚だ。
「とにかくどうでもよくて、そのくせ妙に実現が難しいことを軽く言ってのけるからな」
 それよりかは少なくともどうでもよくないって部分で勝ってる、とエインレールが真面目な顔で言うものだから、アーシャは思わず反論した。
「それ、勝ってるって言うんですか…?」
「勝ってるだろ。少なくとも、負けてる、よりはいい。だろ?」
 同意を求められ、反射的に頷き、まあたしかに負けてるよりかはいいのかも、と一瞬でも思ってしまった時点で、アーシャの負けだ。
 気付けば不安は薄れている。
 軽くなった胸に手を置いて、なんだかいいように操作されているような気がする、と少しの不満が生まれた。
 なんでこんなに、と。
 なんでこんなにできることに差があるんだろう、と。
 理由はわからないけれど、何か、無性に悔しかった。
 むむむ、と眉を寄せ、
「アーシャ?」
 不思議そうに自分の顔を覗きこむエインレールを、キッと睨む。
「あ、あたし、負けません、から」
「は…?」
「絶対負けませんから…!」
 話の流れには自分は組み込まれていなかったはずだが、彼女の視線を辿るとどうもいつの間にか自分も巻き込まれていて、しかも何度目かの宣戦布告を受けているらしいことに気付いたようだ。
 彼は「あ~…」となんともいえない表情で、頭に乗せていた手をぽんと動かした。そこでアーシャは頭の上の手に気付いて、振り落とす。
 その瞬間、エインレールの顔が、明らかに傷ついたものとなった。すぐに掻き消えてしまったところが、更に痛みを増させた。
 罪悪感が湧き上がる。が、まさか自分の意思で振り落とした手を拾い上げて自分の頭の上に乗せるなどということはできるはずがなくて、視線をうろうろと泳がせていたら、ふっと柔らかく笑う声が聴こえ、再度頭の上に温かな手。
「…おーい、だから、人前でいちゃつくな」
 ―――その言葉に反射的に、やっぱり振り落としてしまったけど。
 にやにやと笑うマティアからふいっと顔を逸らし、…逸らした先に、転がる球体。
 思い出されるのは、無数の情報が一挙に“自分”となっていく、その瞬間の、眩暈。
 それと、―――違和感。拒絶。拒否。否定。
 違う。
 違うこれじゃない。こんなものではない。自分ではないものを自分として判断させる、受け入れてもらう、その瞬間が、こんなにも冷たいものであってはならないのに。
 もっと、もっと、もっと、温かいものだ。それは、もっと、ずっと、あたたかいものなのだと、知っている。
 押し付けるものではなく、包み込み、包まれ、与え、与えられるものだと、知っている。
 それが、ふたつがひとつとなる瞬間であることを、自分は、知っていた。
 ―――でも、いったい、どこで?
 ぐいと腕を引かれた。何かから逃れるように、そちらを見て、…つい先程見た真剣な眼差しと、かち合う。
「どうした?」
 なんでもない、と容易く見破れるような嘘を吐いて、俯いた。なんでもないですよ、と繰り返す。
 そうか、と。返された声は予想外に優しかった。

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