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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「馬鹿ーーーーーーーーッッ!!」
「ごめんなさーーーーいっっ!!」
 舞踏会があった次の日、スティ家は、その件(くだん)の舞踏会の直前よりもずっと騒がしかった。
「な・ん・で、薔薇を失くしちゃうのーっ!」
 拾ってきたならまだ手の尽くしようがあったのにーっ、と嘆くのは、彼女の姉であるポティシだ。
「だ…だって、気付いたら無かったの……」
 しゅんと項垂れながら、ミウラナはいじけたようにそう言った。ミウラナがバレッタに付いていたはずの青い薔薇がなくなっていることに気付いたのは、ドレスから寝間着に着替えようとした時だった。とりあえず、黙ってこっそり元の場所に戻しておいたのだが、今朝その努力空しく、姉に見つかった。
 それからはずっとこんな感じだ。
「あーもう、昨日ならいざ知らず、舞踏会が終わってしまった今じゃ、探しにもいけないわ…」
 舞踏会がまだやっていたら探しにいっていたのだろうか。それはそれで難しい気もするが、とミウラナは思ったが、口には出さなかった。何しろ、失くしたのは自分なのである。ここで下手な口を利こうものなら、まず間違いなく怒られる。元を正せば失くしたのはお前だろう、と。まさしく事実なので、反論できない。
 あのバレッタは、結構高価な物だったらしい。そうでなくても姉のお気に入りだったのである。ただし使うのはミウラナだ。というのも、ほとんどの場合―――つまりミウラナがそういう集まりの場を忘れていた(意図的なものも含む)場合、彼女を急いで飾り付けるのは姉の役目なのである。そのため、彼女の装飾の類は、本人よりも姉の方が知っているという始末。
 そんなわけで、この騒ぎだ。
 がみがみといつになく怒った様子の姉を、まあまあと諫めて、父はにこにこ顔(気のせいか、昨日からやけに機嫌が良い。もしかすると、新しい玩具を発見したのかもしれない。相手は可哀相だ)で、ウインクをしてみせる。
「もしかしたら、王子様が届けに来てくれるかもよ」
 わけがわからない。
 そう思ったのは、ミウラナだけではなかったらしい。ポティシも、眉を寄せている。それを遠巻きに見ていた母のランターだけが、少しだけ理解している様子で、苦笑している。
「王子様って…何それ。ていうか、“王子様”がわざわざバレッタ…から落ちた装飾を、届けに来るわけがないでしょう」
 ――――というか、王子様じゃなくても届けないだろう。
「あといい歳してウインクとか止めろ」
 ――――違和感が無いのが逆に怖い。
 と、言いたいことを言ってひとまず満足したらしいミウラナの耳に、来客が来たことを知らせるベルが聞こえた。今現在、召使いたちは掃除に勤しんでいるころだろう(普段ならミウラナがやるのだが、彼女は今日、バレッタの件で姉の不興を買い、説教を喰らっていた)。それを知っているミウラナが、召使いの代わりにぱたぱたと玄関へ駆けていく。いつもなら誰かかしらがそれを止めるのだが、今日ばかりは違った。
 ダッカルとランターが顔を見合わせ、笑い合う。もっともその質は、前者は含み笑いで、後者は苦笑、と全く異なるものだったが。
 そんな両親の様子を横目に見ながら、けれどポティシはそれについて何か思考を巡らす余裕もなく、ただため息混じりに呟く。
「王子様でもそうじゃなくても…とりあえずアレを持ってきてくれるなら誰でも大歓迎よ」

 誰かしら、とミウラナは首を傾げた。
 誰だとしても、良いタイミングで来てくれたものだ。あのままあそこにいたら、絶対に姉の説教がまた始まっていた。あの姉は普段温厚だが、その分怒るととても怖い。
 ドアの向こうに誰がいるかは知らない。もしかしたら、不審人物かもしれないと、そんなことすら考えて、それでもそのまま開ける。もしこれで本当に不審人物だったりしたら大変だ。なのに、そのまま開ける。別に王子様がとかなんとか言っていた父の言葉は断じて関係ない。ただ、そんな気分だった。それだけだ。…たぶん。
「はい。どちらさ―――え? あら、セィラン様?」
 驚いて、目を丸くさせると、相手は丁寧に「こんにちは」と挨拶の言葉を口にする。それに同じ言葉で返して、それでもどうしてここにいるのかが全く理解できずにいると、相手は困ったように、照れたように笑って、
「これ。もしかしたら、と思いまして。…もし人違いだったり、不要なものだったりしたら、その、申し訳ないのですが」
 そう言って差し出されたソレは、まさしく姉を怒らした原因(は、正確には自分なのだが)。
 それに対して、あ、と言葉を漏らした彼女に浮かんだ感情は、驚きでも喜びでも、なんでもなく、

『もしかしたら、王子様が届けに来てくれるかもよ』

(王子様…ではないとはいえ。でも、あまりにも状況が……。一体全体、どこからそういう情報を仕入れてきてるのよ、あの人)
 ――――実の父に対する呆れに似たものだった。

 ともかく、それが『シンデレラ』と『王子』の出会い。

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岩月クロ
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