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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 セィラン・リアンド。
 その名前を知らない人は、少なくともこの場にはいないだろう。何故ならそれは、現宰相の息子であり、次期宰相とも謳われる者の名だからである。
 つまり、どっかの誰かにとっては、媚を売っておいて損はない相手。その“相手”によっては、そもそもその行為自体が『損』なのだろうが、一体何故それに気付かないのだろうと、セィランは常々思っていた。
 纏わりつく視線は、嫌気しかもたらさない。更にその上、やれうちの娘はどうとかかんとか、そんな話を持ってくる。ええ、とか、そうなんですか、とか適当な相槌を打ちながらも、内容はほとんど頭に入ってこない。というか、入れない。どうせ全員同じようなものだ。
 うんざりとした気持ちになった時に、おや、とわざとらしく声を掛けられた。今度はなんだと思いつつ、振り返ると、自分より一回りは歳を取っていそうな男が立っていた。
 確か……
「スティ伯爵?」
「おぉ」
 ダッカルは驚いたように目を開いた。
「知っていらっしゃるとは」
 にこにこ笑う彼は、どうもこちらに取り入ろうとしているようには見えない。……それが真実なのかはわからないが。
 もしかすると、相手のソレが巧妙なだけかもしれないし、自分のソレが未熟なだけかもしれない。どちらかといえば、前者だろう。なにせ、この男は何を考えているのかがイマイチ掴めない人物として有名なのだから。後者もありえるのだが、何分幼い頃からそういったものを見極める目だけは培われるような環境にあったため、そこはそれなりであると自負している。尤も、十分だとは考えていないが。
 とりあえず、嫌な感じはしないが、それでも警戒は解かずに、「この前お会いしましたから」と笑いながら答えておいた。
「それでも、貴方はいろいろな人とお会いしていらっしゃるから、私のことなど忘れていてもおかしくないでしょう」
 そう言って一際笑い声を大きく(それでも場の雰囲気を壊さぬような、控えめで上品なものだった)させた。それからふと、気遣うような表情を作り、
「大丈夫ですか? なにか、少し調子が悪そうに見えましたが…」
 この男の真意が、未だ読めない…。そのことに憤りと不安を感じながらも、なんとか笑みを繕う。
「そうですか? そんなことは……。けれど、少し人込みに酔ってしまったのかもしれませんね」
「なら、少し休憩なさったほうがいい。―――あそこの壁際、見えますか?」
「はい?」
「あそこです。ほら。可愛い女の子、いるでしょ?」
 …………。
 少し、げんなりした。なんとなく、その先が予想できて。
「えぇと、青いドレスの? ご息女で?」
「ええ。彼女のところに行くと良いですよ。そうすると、あまり人は寄ってきませんから」
「………はい?」
 その物言いに違和感を覚え、眉を寄せた。何が言いたいのだろう。
「いやー、なんというかね、まあ話すとわかると思うんですけど」
 いつもと同じパターン。のはずなのだが、何か違う気がして、戸惑う。
 そんなセィランに人好きのする笑みを浮かべて、それじゃあ、と男は去っていった。一体なんだったのか。しかしまあ、少しこの空気から逃れたいのは確かだ。どうしようか迷って、結局彼女に足を向けていた。

 綺麗な子ではあった。顔に微かに笑みを浮かべ、踊りに魅入っている。それは一個人に向けられるものであるようだ。その人物を追うように視線が動く。好きな男へ向けているのかと思ったが、どうも女性のようだ。顔立ちが似ている。姉妹なのだろうか。
 しばらく立ち尽くしていたが、とりあえず声を掛けることにした。どうしてそうしようと思ったのかはわからなかったが。掛ける言葉を探し、結局良いものが見つからず、適当な言葉で話し掛ける。
「すみません」
 彼女の目が、セィランを見た。なんですか、と言っているようにも見えた。その奥底に、こちらを警戒する色が見え隠れしている。それに少したじろいで、どうしようかと視線を泳がせた先に、曲に合わせて踊る者たちの姿があって、
「よろしければ、一曲」
 手を差し出した後に、何をしているんだろう自分は、と思った。けれど、自分よりも数倍、彼女の方が戸惑っていたのだろう。うーん、と思いっきり悩んでいる表情をして、しばらくそのまま固まって、―――それからふっと、表情が緩んだ。手が重ねられる。にっこり、と笑ったその顔は、どこか小さな子供を連想させた。
 踊りながら、彼女の上手さに驚かされる。とても踊りやすい。疲れていたはずなのだが、それを忘れてしまうほど楽しかった。…相手がどうかは知らないが、おそらく踊りは好きなのだろうと、その楽しげな顔を見ながら思う。
 約束の一曲が終わった。ぱっと彼女が離れる。そのまま壁際に向かう彼女を見、周りがなにやら「次は自分と」というような視線をこちらに向けていたので、何食わぬ表情で彼女の後ろに続いた。冗談じゃない、と思う。あれらに付き合っていたらきりがない。休憩どころじゃなくなる。彼女はついてくる自分の姿に驚いたようだったけれど、それで特に離れることもせず、そのまま歩いていく。助かった。こんなところで走って逃げられたら、いろいろと困る。
 そのまま彼女の隣に並んだ。かといって、何か積もる話があるわけでもなく、そのままそうしていると、彼女が不意にこちらを見上げた。じいっと、なにやら食い入るような目を向け、それから天上を見上げ、またこちらを見て、引き攣り顔のまま口を開いた。
「ねえ、貴方ってもしかして、セィラン・リアンドさん?」
 ………気付いてなかったのか。 
 少し脱力した。それから少しだけ、嬉しくなった。
 差し出された手を握ってくれた理由が、『自分』だからだと思ったら、なんとなく。

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岩月クロ
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