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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 何故そんな風に笑えるのだろう。
 セィランは不思議でならなかった。
 シンデレラ―――灰かぶりのことは噂で小耳に挟んでいる。
 曰く、掃除好きの変人。召使いの仕事まで奪って、家事をする。貴族のクセに、まるで平民のような振る舞いをし、外を出歩く時の格好はみずぼらしく、しかも身体に埃がついていることさえある。――――そんな落ちぶれた貴族。
 そう言われている。
 それはもちろん、本人の耳にも入っているはずだ。
 それなのに、何故そうもあっけらかんと、負の感情を見せずに笑っていられるのか。
「貴女は……どうして、笑えるんです?」
 わからなかった。
 彼女の立場は、ともすれば自分のものと重なる。
 例えば宰相の息子である自分が、些細な失敗をしたとしよう。そうすれば、それは瞬く間に広がりを見せ、しかも内容は殊更に誇張されているだろう。その時、自分は果たして笑えるだろうか? 答えは否だ。恥ずかしい、というわけではない。それでも―――悔しいのだ。嫌、だと思う。
 それはきっと、彼らの描く理想上の『宰相の息子』が、あまりにも高貴で、あまりにも美しくされているからだろう。
 自分はそんな風にはなれないのに。けれど、ならなくてはいけないと、思っている。思っているから、失敗をしないようにと、後ろ指を指されないようにと、いつも必死で。いつも怯えて。
 なのに何故、彼女はこうも笑っていられる?
『身分が違います。背負っているものが違うのです』
 いつだったか、誰かが―――もはや誰かは思い出せない。確か親族の誰かだったと思う―――言っていた言葉。それは決して自分と彼女を比べての言葉ではない。自分と『他の者』を比べての、言葉。
 でも、確かにそうだ。身分も違えば、背負っているものも違う。
 だけど――――
「だって自分がそれに自信を持っていますから。『シンデレラ』が多数の人にとって中傷の言葉だったとしても、私にとっては違いますから」
「…何故?」
 鋭い視線をものともせず、ミウラナはまるで歌うかのように高らかに言う。
「そう言ってる連中は、埃を被っている様子を汚いと思っているんでしょうね。でも私はそうじゃありませんから。私は――――そうまでして何かをする姿は、格好良いと思っています。出来ることなら私もそう在れるようになりたい。家事をするのは、少しでもその理想に近付きたいからです。ですから、自分のしていることが間違っているとは思ってません。…だから、それについて何を言われても平気です」
 それからちろっと舌を出して、笑って見せた。
「まあ、平気っていっても、腹は立ちますけどね。やっぱり」
 だから今日少しだけ報復してやりました、という彼女の言葉に、一体何をしたのだろうかと想像して、顔が引き攣る。
 それでも、自分のすることに自信を持ち、凛としている彼女の姿を、素直に綺麗だと思った。
 それは――――あるいは、自分の“理想”で。
 少し、羨ましい。
 問い詰めていた時の鋭い視線が、いつの間にか優しさを持つソレに変わったことにも気付かずに、ミウラナは独り言のように、また語りだす。
「大体、あーいう人間は絶対に自分の地位が無くなった時に、何も出来ないんですよ。私はそんな役立たずに成り下がりたくないですから、絶対に! 上に立つ人間っていうのは大概が、自分よりも下の地位の者に対して威張りつくすクセに、自分はそれの一つも出来ないんだから…ほんっと馬鹿みたい。そこまで言うなら自分でやりなさいよって―――――あ…す、すみません。決してセィラン様のことではなくて、だからその…」
 目の前に立つ人物も『上に立つ人間』だと気付いて、我に返ったミウラナの顔が少し青ざめる。必死に言葉を探しているようだが、続く言葉が結局見つからなかったらしい。うう、と項垂れた彼女の名前を呼ぶ声が聞こえ、ミウラナは(彼女にとっては)気まずいこの場を離れる口実が出来たと思ったのだろう、顔がぱっと明るくなる。
「セィラン様、本当に申し訳ありませんでした。―――それでは失礼しますね」
「え? あ……」
 自分に掛けられたその言葉で、ようやく呆けていた状態から立ち直る。その時には既に彼女は自分に対して背を向けていた。それに向けて声を発する勇気はなく、そのまま視線を泳がせていると、奥に立つ彼女の父、ダッカルの姿が目に映った。
 彼は笑っていた。それはそれは、面白そうに。
 そういえば。
 とセィランは、先程の彼女の言葉を思い出した。確か、元凶とかなんとか………。あの時はさすがにそれは言い過ぎだろうと思ったが、よくよく考えてみるに、それは至極当然の意見ではないかとさえ思えてくる。噂ほど信用ならないものはない、と考えていたのだが、どうも彼の噂は本物だったらしい。彼女の噂は――――ある意味本当で、ある意味間違いだったけれど。
 しかし、彼女に会わせてくれたのは、紛れも無くあの人だ。
 セィランは頭を下げた。感謝の意を込めて。それが伝わったのだろう、彼は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにまた笑顔になる。セィランには、その笑顔がどことなく、最初に見たそれよりもずっと嬉しそうに見えた。だがしかし、もしかしたらそれは気のせいかもしれない。何しろセィランがそれを見た時には、彼はもう馬車に乗り込む間際だったのだから。

 その馬車が去っていくのを、見えなくなるまで見送ってから、空を見上げる。たくさんの星が浮かぶその光景は、自然とセィランの心を落ち着かせた。
 会場に戻るのは、もう少し後にしようと決める。入れば、自分の中で“苦手”に位置する者たちの相手をしなくてはいけなくなるのだ。それならば、もう少しの間、外にいたい。そう思うのはある種必然だと言えるだろう。
 視線を落とすと、そこに月明かりに光る花が見えた。
「…………?」
 この城内―――あるいは、城以外のどこを探したとしても咲いていないその青い花が、ぽつんと落ちていることに対し、セィランは首を傾げる。おそらく装飾用に色素を調整して作られたものなのであろう。けれどそうとは感じさせないほど、自然な色となっている。
 青い薔薇は、確か先程立ち去った彼女が着けていなかっただろうか? どうも記憶が曖昧だ。
 届けた方が良いだろうか? 取れてしまっては、もう装飾品としての意味はなくなってしまっているのだろうが、それでも。
 でも、もし自分の思い違いだったら?
 思い違い、間違い……失敗、失態。そう言った言葉が頭を一瞬にして駆け巡り、――――やがて、ふっとセィランは笑った。
「間違いだとしても………」

 彼が去った後に庭を、月明かりはまだ照らしている。
 庭には色とりどりの花が咲き、それはまさに幻想的な光景で、
 けれど、青い薔薇はどこにもなかった。

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岩月クロ
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