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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「あら、スティ家の…」
 こそこそと、声が聞こえる。シンデレラ、と嘲笑する声も聞こえる。ミウラナは内心、ため息を吐いた。別にシンデレラ(灰かぶり)と言われて傷付いたわけではない。断じてない。というかあるわけない。
 なのだが、それでもそういうのは聞いていて嫌になる。自分のことはどう言っても良い。けれどそれで自分の家族まで悪く言われるのは正直とても腹が立つ。それを言われる原因が自分にあるとしても、だ。
 しかし、原因原因と言うが、掃除が好きなことの何がいけないのか。そんなのは使用人の仕事だと、小馬鹿にして言ってくるやつもいるが、使用人の何が悪いのか、と言い返したい。だって、使用人が掃除をしなければ、自分たちは汚い汚い部屋に住まう破目になるのだ。そうならないために、彼らは働いてくれているのだ。仕事だから当然、なのではない。そこに感謝の念を抱くべきなのだ。それとも何か、彼らは『使用人』というものがこの世から消えたら、一生掃除をしないまま汚い部屋で住むつもりなのか――――と、途中から話が逸れ、かなり私怨の篭った内容となっているが、要するに、使用人、という言葉は、別に“恥”を表す言葉ではない、と言いたいのであった。彼らが嫌味のつもりで言っている言葉は、ミウラナにとってみれば、褒め言葉以外の何物でもないのである。
(…………まあだけど、腹は立つのよ。内容ではなく、あの態度に)
 大体、彼女らは何様のつもりか。お姫様面して自分では何も出来ないし、しようともしない、そんな家柄だけが取り得のお嬢様に影でこそこそと言われることもまた、とてつもなくムカつく。
 正々堂々言ってこれば良いのに。
「あーら、スティ家のミウラナさんじゃない」
 …前言撤回。
 それはそれで腹が立った。
「ごきげんよう。……今日は埃がついていませんのね」
 無視しようかどうしようか、ちょっと迷う。でも、ここで無視して後で挨拶も出来ないのかと言われるのも、うざったい。
 そろいもそろって馬鹿ばっかり。わざわざスポーツマンシップに則って正々堂々嫌味を言ってくれたこのお嬢様だって、毎回毎回嫌味を言ってくる暇があるなら、少しは別のことを勉強してこい、と言いたい。
 が、言ってはいけないことぐらい、判断はついている。なので、相手と同じレベルの切り替えしをしてやる。
「ごきげんよう、えー…ごめんなさい、どちら様だったかしら。名前が思い出せないわ。興味がないから忘れてしまったのね」
 相手はそれにむっとしたようだった。自分はそれを口にして、なんとも情けない気分に陥ったけれど。なんとも馬鹿らしくて。しかも低レベルで。…ああ、面倒だ。
「あ、あああ、あなた、ねえっ。馬鹿にしてらっしゃるの?!」
 らっしゃいますよ。
 とはやっぱり言えない。
「わ、わたくしの名前はウ――」
「ああ、名乗らなくて結構ですわよ。どうせすぐ忘れますから」
 にこにこにこ。
 笑いながらその場から立ち去る。後ろから憤った気配が感じられるが、完全無視。相手にする時間が惜しい。こっちは美味しいものを食べるのに必死なのだ。
 不意に姉の姿が思い浮かんだ。彼女ならどう相手をするのだろうか。…なんだか体よく追い払いそうだ。彼女、あれでいて結構したたかだから。気の強さは同じくらいだ。ちょっとやそっとのことではへこたれない。苦労性だけど。凹んだふりはするかもしれないけど。でも全然大丈夫なのだ。ただその時はちょっと屋敷に戻ってからが怖いだけで。
 ワインを受け取り、こくこくと飲みながら、会場を歩く。今頃母たちは誰かかしらと談笑をしている頃だろうか。そうこうしているうちに、音楽が始まった。踊る人たち。その中に姉の姿を見つけた。彼女は外面内面ともに綺麗だから、結構人気なのだ。それを見ていると、誇らしい気持ちになる。自慢の姉だから、余計に。
 相手がどうというわけではなく、踊ることが好きな姉だから、そうしている時はとても楽しそう。それを見ていると、自分まで楽しくなってくる。壁際に寄って、その姿を目で追いながら、ワインを口に運ぶ。
 この時間があるから、舞踏会というのはそんなに悪いものではないな、と思う。来る前は嫌で嫌で仕方がないのだけれど。ええ、そりゃもう、全力で逃げたくなるくらいには。大体、なんだってああいう時だけは、メイもマロンもフィンも、姉の手助けをするのか。お似合いですー、ととてつもなく嬉しそうに笑う三人を見るたびに、むしろ貴女たちが着た方が似合うわよ、と言いたくなる。言いたくなるも何も、言ってるけど、毎回。
 空になったワイングラスを持って突っ立っていると、ウェイターがやってきたので、ついでにワイングラスを手渡しておいた。これ以上飲んだら酔うと思う。こういうのは程々が良いのだと、父も言っていた。
 手持ち無沙汰になって、壁に背を凭れた状態で踊りを眺めていたら、声を掛けられた。上品そうな顔立ちからは、嫌な感じは受けない。偶に性根が腐りきっている輩がいるから、ちゃんと注意しなくてはいけない。自分はなにやらそういう目が利かないと思われていることが多いので、さらに注意が必要…なのだが。
「よろしければ、一曲」
 手を差し出され、さてどうしようかと首を傾げる。別に踊ることが出来ないわけではない。ただ億劫なだけだ。あと、見知らぬ人が近くにいるのが、あまり好きではないだけ。うーんっ、と悩んで、悩んで、悩んで、結局「一曲くらいならいいか~」とその手を取った。時間を潰すだけだ。偶には悪くない。悪くなさそうな人だし。

 音楽に合わせて、相手にも合わせて、けれど相手も相当上手かったおかげで、それは大して難しいことではなかった。
 …なにやら視線が集まっているが、全部無視。全て無視。大丈夫、こういうの慣れてますから。
 音楽が終わって、離れようとしたら、何故だか一緒についてきた。やっぱり悪い人だったか…? 目、利くつもりなんだけどな、とちょっと困りながらも、まあどうにかなるか、と持ち前の楽観思考でそこから逃げるように歩くこともなく、また定位置(つまりは壁際)に移動。
 いつもならそれで視線が離れてくれるのに、何故かそれがない。視線は集まったまま。なんだ、そんなに自分が踊ることが珍しかったのか。ちょっと憤慨。しながら、ふと、自分ではないんじゃないかと思いあたる。つまり、注目される原因は自分ではないんじゃないか、と。そこで、相手の顔を確認する。
 …先にしとくべきだった。
 ああ、厄介なことになったかも。と天を仰いだ。あ、天上高い。滅茶苦茶高い。とそんな現実逃避をしつつ、その現実逃避だって彼が離れてくれないから無駄だと悟りつつ、違っていて欲しいという儚い希望を持って確認のために一言。
「ねえ、貴方ってもしかして、セィラン・リアンドさん?」

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岩月クロ
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