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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 苦笑した彼に、ああやっぱり、とミウラナは自分が情けなくなりながら思った。どうして気付かなかったのだろう。本当に不思議だ。気付いていたらこの痛いくらいの視線も受けずに済んだのに。
 隣に立つ彼は、この視線をものともしていない。気にならないのだろうか。慣れている、とか? でもそれにしたって、不快に感じたりはしないのだろうか。自分なら嫌だ。鬱陶しい。というか本当に鬱陶しいぞこれ。
 視線を泳がせ、そこに母と父の姿を見つけた。母が心底心配しているといった顔でこちらを見、父はといえば、なにやらとんでもなく面白そうな顔をしている。なんとなく、この状況の原因はあの人のような気がする。確証も証拠もないが、そんな気がする。
 まあでも、あの父だ。証拠があってもしらを切るだろう。それに、仮に認めたとしても、だからなんだというのか。何の解決にもならない。だから無視。放置。それが最善だ。
 ミウラナは外に出るために歩き始めた。ここにいたら精神的に疲れる。しかし、それでも視線は自分に纏わりついたままだ。まさかと思いつつ振り向けば、何故か彼がついてきている。…あるいは彼も、この視線から逃れたいのかもしれない。
(…まあ、いっか。代わりに変なのは寄ってこなくなるだろうし)
 強力な虫除け、みたいなものだ。仮にも次期宰相にそのような扱いをしていいのかはわからないが、心の中で思っているだけなので、外に出さなければ別に問題はないだろう。そう自身に言い聞かせ、外に出た。冷たい空気がすうっと喉を通って、気持ち良い。
「すみません」
 急に謝る声が聞こえて、振り向いた。申し訳無さそうな顔。…というか、何がどうして、「すみません」に繋がるのだろう?
「…えっと、巻き込んだ…みたいで」
「巻き込んだ…?」
 わけがわからない。ひょっとしてあの視線のことだろうか。でもあれは、そもそも彼の“所為”ではないのだから、謝る必要なんてどこにもない。
「だから…」
「別に良いですよ。―――それより大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
 えっ、とセィランは驚いた顔をした。
「どうかしました?」
「いえ、同じことを貴女のお父様が……」
「………。ああ、やっぱり元凶はあの人ですか」
 なんとなく、種明かしをされたような、そんな気分。何を言ったのかはしらないが、どうせ碌なことを口にしなかったのだろうと思う。あれはそういう人だ。母と姉は、自分と父が似ているというが、冗談じゃない、と思わずにはいられない。あんな掃除嫌いと自分の、一体どこが似ているというのか。自分勝手で自由気ままで、自分の楽しみのために周りが困るのも省みずに――――……あ、あれ? なんか似てる?
「元凶って…」
「すみません、えぇと…セィラン様? あの…うちの父が妙なことを言ったかもしれませんが、どうせ大したことではないので、あまり気にしないでくださいね。いちいち付き合っていたり悩まされたりしていたら、きりがないんです。おまけにどうしてか尻尾を掴ませないし…まったく」
 最後は憮然とした表情で締めくくった彼女に、にこりと笑いかける。
「ああ…なんというか、不思議な方、ですね」
「不思議………」
 果たして、あれはそんなお綺麗な言葉で片付けていいものかどうか。
 “不思議”というより、ある種“不気味”と言った方が正しい気さえする。正直な話、初対面の人が父を見て思うのは、『食えないヤツ』だろう。実の娘から見ても、未だに心の底で何を考えているのかがわからない。かなりの場合において好悪感情で動いて、自分の面白いことをとことん追求する人なのはわかるのだが、偶に知らないはずのことまで知っているような発言をして怖い時がある。アレの情報源は一体どこで、どこまで広い情報網を持っているのだろう。
「まあ、あんな父ですが、今後ともよろしくお願いします」
 とりあえず当たり障りのない言葉を口にして、適当に笑っておく。その意図を汲んでなのか、セィランはミウラナの言葉に対して苦笑した。悪意が無いので、ちょうどここに着いた時に会った名も知らぬ(名乗ろうとしてたけど、ミウラナが止めた)あの少女の時のような不快感は生まれない。
 …これはおそらくだが。
 セィランがよろしくしなくたって、あの人は自分が気に入ればまた姿を現すだろう。で、自分が気に入らなければ、姿を現さない。
 この目の前にいる青年のことをどう思ったのかはミウラナの知るところではないが、もし仮に気に入ったのだとしたら、親交を深めたい(彼の名誉のために言っておくが、そこに相手に媚を売るという意味はない)とかいう尤もらしい理由を付けて、自らの足で屋敷まで会いに行く………まあ、要は押しかけるのである。もう来るなと言っても意味はない。自分よりも上の階級の方に足を運ばせるわけにはいきませんのでとかなんとか言って―――つまり彼の頭の中では、「もう来るな」という言葉が勝手に「こちらからそちらに出向く」という言葉に変えられているのである―――、やっぱり押しかける。たとえ門前払いを喰らおうとも、何度も何度も。それこそ相手が根負けするくらいには。
 これは想像ではない。ミウラナは、その所為で困っている父の知り合い(父曰くの『親友』)を知っている。
 どうにかしてくれ、と父と同じくらいの年齢の彼に泣き付かれた時には、本当にどうしようかと思った。あと、とても申し訳なく思った。助けたいのは山々でも、どうしようもないのである。いくら血の繋がりがあるとはいえ、その行動を規制するまでは出来ない。
 …彼らを見ていると、どちらが上の身分であるのかがわからなくなってくるので不思議だ。(というのは、その父の友人は父よりも上の立場の人間にあたるのである)
 その噂は結構周りにも流れているようだ。頭の回転が速く何を考えているのか不明で目を付けられると色んな意味で厄介な変人、として。娘の立場から見ても、その解釈はひどく正しいものだと思える。それで近付かない人間もいるが、そのどこまで広いのかすら不明な情報網を利用するために近付く人間もいる。父は持ち前のレーダー(どこにあるのか不明)で、その両者から自分の気に入る人物だけを見つけ出すのである。つまりその人物が距離を置こうが置くまいが、彼の前では関係ないのである。本当に不気味―――基、不思議、だ。
 で、その娘はシンデレラ(灰かぶり)ときたものだから、スティ家の者は、極めて普通の常識を持つ苦労人か、あるいは極めて受け入れがたい変人が生まれると有名だ。(そんなので有名になっても嬉しくない)
 しかしこれは、何もダッカルとミウラナの所為だけではなく、聞くと先祖もそうだったという。所謂遺伝だ。その言葉で全てを片付けるのはどうかと思うが、とにかく責任の半分くらいはこの身に流れている血にあるのだ。…と、ミウラナは思っている。
 …まあ、それがなくとも、自分は変な目で見られるだろうが。むしろ、それがあるから「 “あの”スティ家だし…」という解釈がされるため、あまり睨まれないで済んでいるのだ。 “あまり”というだけで、全くないわけではないが。現に今日もあった。
 あれだけはいただけないんだよなあ、と思う。とても気分が悪くなるから。やはりこういうところは性に合わないのだろうか。合っていなさそうだ、と思いつつ明かりが漏れる城を見、この明かりきっと維持するのにとてもお金が掛かっているんだろうなあ、といかにも庶民が考えるようなことを気にしていると、ゴーン…ゴーン…と時計の音が鳴り響いた。
「あら、もうこんな時間」
 帰らなくちゃ、と言うと、セィランが不思議そうな顔をした。
「まだ始まったばかり、ですけど…」
「そうなんですけど、うちの母が心配性でして、あまり暗い夜道を歩きたくないんだそうです。―――今ももう十分に暗いんですけどね」
 言いながら、真っ暗な辺りを見渡す。これならあと何時間後に帰っても、大して変わらないような気がするのだが、父も一緒に早く帰ることを推奨している。あの人の場合は飽きたからとか眠いからとか、そんな理由が多く含まれているのだろうが。かくいうミウラナも、そんなに夜が強いわけでもないし、お腹がいっぱいになったら退屈になるし、という理由から「早く帰りたい」という意見に異存は無いため、この時ばかりは文句を言わない。姉にしても、踊りは好きだが夜通し踊るつもりはないらしいので、問題は無かった。――――まったく、こういう時だけは家族の意見がすぐに固まる。
 そんなわけで、スティ家は時計が鳴ったら帰る、という決まりが出来てしまっている。
 ふと、セィランが神妙な顔をした。
 どうかしましたか、と問い掛けると、彼は笑って、
「そういえば、名前を聞いていなかったな、と…」
 そういえば、とミウラナも言われて気付く。考えてみれば、かなり無礼だ。最初から。顔を見たはずなのに、名前を思い出せなかったし、思い出した時には思いっきり確認のように、まるで今まで知らなかったような発言をしてしまったし………。
 ミウラナは自分の失態に少し顔を赤らめながら、慌てて名を告げる。
「すみません。私はミウラナです。ミウラナ・スティ。えぇと…今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
 セィランは軽く、けれど確りと頭を下げた。
「助かりました」
 それに焦ったのはミウラナの方だ。彼女にしてみれば、むしろ父のことで迷惑を掛け、その上無礼な真似を働き、―――正直、迷惑…だったと思う。
「い、いえっ、そんなお礼言われるほどのことなど全くしていませんから!」
 ぶんぶんと首と手を左右に振り、身体全体でそんなことを言われる覚えはないのだということを表現する。
「でも…あそこに居たくなかったので。助かりました。本当に」
「…居たくなかった?」
 ええ、と頷かれ、ミウラナは困ったように顔を傾げた。
 その言葉には同意するが、しかし立場上、“彼”が言うのはどうかと思う。言いたくもなるだろうが……しかし、こんな関係の無い、初対面の人間に。―――いや、それとも関係が無いからこそ、言えるのだろうか。愚痴を言う存在すら居ないのなら、それはとてもきついものがあるな、と多少ばかり他人事のようにそう捉える。
「でもやはり、迷惑を掛けてしまいましたね」
 そう言って、出てくる際にあからさまに感じた好奇と敵意。前者はどちらもに対してだが、後者は明らかにミウラナに対してだ。
 理不尽だが、まあ身分が身分だし、妥当なんじゃないか。とミウラナは思っていたのだが、どうも相手の思うところは違ったらしい。
「別に気にしてませんよ。いつものことですし」
「…いつも?」
 今度は、セィランが怪訝そうな顔をする番だった。
「ええ。なんといいますか――――ほら、私はシンデレラですから」
 そう言って、けれど彼女は誇らしげに微笑んだ。

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