忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[52]  [53]  [54]  [55]  [56]  [57]  [58]  [59]  [60]  [61]  [62
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。





 [ はなみおはなし(6) -王妃と王の場合- ]


 がちゃり、と音がして。扉が開かれる。
 今は宴の間だ。自分を訪ねてくる者は少ない。いや、いないに等しいだろう。なにせ全員といって良い程の人数が、庭園に集まっているのだから。そもそも自分に会いにくる人物―――会いにこれる人物なんて、限られている。
 フィラティアス・シャイン・ナティアはけれど、焦らない。
 そこに誰が立っているか、知っているから。
「やあ、フィラ!」
 ひょっこりと顔を出したのは、ほらやっぱり。愛しいあなた。
 後ろに控えているのは、アーフェストだ。これも予想どおり。どうぞ、と声を掛ければ、この国の王であるクレイスラティ・ヴェイン・カスターは、軽い足取りで妻の部屋に足を踏み入れた。アーフェストはその場から動かない。
「貴方もよ、アーフェスト。そんなところで立っていないで、入っていらっしゃいな」
 促せば、頭を下げて、同じく足を踏み入れる。そうして、二人からは離れた壁際に立つ。まったくもって彼らしい。
「外はとても綺麗だよ。天気も良い。本当に。君も来れば良かったのにね」
 ああ、この人、気付いている。自分がどうして、行かなかったのか、その理由を。穏やかな表情の、穏やかな瞳の奥に、鋭く光るものを見つけて、理解した。けれど気付かないふりをする。今は気付かなくても良いから。
「ふふっ、ここからでも十分綺麗に見えますわよ」
 そう言って窓の外を手で示せば、ああ本当だね、と嬉しそうな声。
「ところでその手に持っているものは?」
 にんまりとクレイスラティは笑った。
「これはね、君へのお土産だよ。要らないなら僕が食べてしまうけど」
「要らないなんて、そんなこと言うはずがないじゃありませんか。わたくし、貴方が持ってきてくれることを期待して待っていたのですよ? さあ、今お茶を用意しますから、どうぞ座っていらして。一緒に食べましょう。―――アーフェストも。貴方のことですから、まだ何も口にしていないんでしょう」
「ですが私は…」
 言いよどむアーフェストに、からからとクレイスラティが笑う。
「あーくん、無理だよ無理。フィラってば昔からこれと決めたら自分の意思を曲げないんだから。無駄は抵抗はお止しなさいって」
「あら酷い。全てわたくしの所為にしてしまうのね。わたくしがこう言うことを想定して彼を連れてきたのは、貴方でしょうに」
 くすくすと笑いながら、三人分のティーカップを棚から取り出し、机に並べる。湯はまだ沸いていない。…思っていたよりも、彼らの到着が早かったためだ。
 それに目敏(めざと)く気付いたクレイスラティがおかしそうに笑った。どこか満足気だ。どうやらこちらのペースの一部を崩せたことが嬉しいらしい。
 見抜かれたことに多少の悔しさを覚えつつ、その横を通れば、酒のにおいが漂っていることに気付く。染み付いたにおい、ではなく、おそらくそれを自ら飲んだが故についたにおいだ。
 まったくこの人は、と苦笑する。たしかに宴会で騒いでいるその中心はお酒が入った彼らだけれど、主催だからといって彼らに合わせてわざわざ自分の嫌いなものを飲むなんて、意地っ張りというかなんというか…。元々そういう人ではあるのだけれど。
 彼に今日も酔った様子はない。だから嫌いなのだと言っていた。“言っていた”というか、嫌いなんでしょうと指摘したら、ぽつりと零したというだけなのだが。どれだけ飲んでも酔えないからつまらないのだ、と。
 アーフェストもわかっているのなら、いい加減止めれば良いのに。酔わないからといって、飲みすぎはやはり危険だ。この人は偶に自分の身を顧みないことがあるから、余計に。けれど彼はクレイスラティが止めるなといったら、本当に一切止めないだろう。
 かといってフィラティアスにはアーフェストを責める権利はない。自分もまた、止めない内の一人だから。彼は無茶をする。けれど、自分の限度を知っている。誰よりも。だから止めない。自分たちが止めれば逆にそのまま突き進んでしまいそうな、そんな気がするから。
 まあもしもの時には子供たちがちょっとくらい怪我をさせてでも止めるだろうという、そんな楽観もあるのだが。
 湯が沸いたようだ。
 ティーポットでカップに紅茶を注いでいく。良い香りが漂った。
「うん。美味しい。やっぱりフィラはお茶を入れるのが上手だね」
 それに礼を述べ、自分も口を付ける。フィラティアスの好きな味だ。とても落ち着く。
 わははははっ、と大きな笑い声が聞こえる。まだ盛り上がっているようだ。偶にはそうして、羽を伸ばす時間も必要だろう。
「明日には地獄に変わるんだろうけどね」
 まるでこちらの心を読んだかのような発言。否、読んだのだろう。
 大して気にせずに返す。
「グリスとマーフィンに、少し手加減をしてやるようにと伝えておいて下さいな」
「少し、ねぇ。わかった。伝えておくよ」
 それを最後に、沈黙が降りる。
 静かな静かな時は、けれど苦痛にはならない。なるはずがない。
 フィラティアスは、これを望んでいたのだから。
 ゆるやかに、彼らだけの時が過ぎる。
 外を見る。
「春ですわね」
「春だねえ」
「春ですね」
 それぞれ同じことを呟いて、顔を見合わせ笑った。


 時に賑やかに、
 時に静かに、
 春を歓ぶ宴は続く。

NEXT / 花見MENU / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



Comment 
Name 
Title 
Mail 
URL 
Comment 
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]