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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 宣言どおり、荷物を他の者に任せると、そのまま謁見の間に向かう。
 なんだか妙に用意が良い。
 迎えにきたグリスにその理由を訊ねれば、なんとなくもうそろそろ帰ってきそうな気がする、とクレイスラティが言ったためらしい。あの人は何から何までめちゃくちゃだ、と思いながら、開かれた扉を潜(くぐ)る。前は緊張やら何やらで落ち着いて見ることができなかったが、やはりかなり豪勢な造りだ。
「ただいま戻りました」
 エインレールが恭しく頭を下げると、部屋に見惚れていたアーシャも、それに倣うように慌てて頭を下げた。
「うん。それで?」
「…えっと」
 その言葉の意味を捉えきれず、小首を傾げたアーシャに、エインレールが助け舟を出した。
「アレ、見せるんじゃないのか?」
「あっ、そ、そうです。そうでした」
 あわあわとそれを取り出し、これなんですけど、と少し困ったようにそれを掲げて見せる。それからこれだけだと何がなんだかわからないだろうと思ったのか、エインレールに見せた時と同じように、ぐっと力を込めて握り締める。光を帯びて剣の姿となったそれに、ほうっとその場にいた者から驚愕の声が洩れた。
「それは…なんとも珍しいね。魔力で変化する仕組みなのか」
 一発で見抜いたクレイスラティに、アーシャは驚きの目を向けた。
 エインレールだって、実際に手に取ってじっくりと観察しなくてはわからなかったのだ。彼を基準としていいものかは正直わからないが、魔法が使えない代わりにそれについての勉強を熱心にしたのだという彼の言葉に偽りはないように思う。その彼でさえそうなのだから、一目見ただけでわかったクレイスラティの姿に、アーシャは、なんだかんだいってやっぱり王様っていうのはすごいんだなぁ、と少しズレた感想を持った。
「マティアに見せたら喜びそうな代物ですねぇ」
 マーフィンがそう言うと、周りもうんうんと頷いた。どんな人なのだろうか、とアーシャは首を傾げる。偉い人、というのはわかったが、それだけでは性格まではわからない。
 まあ、後で会えるらしいから、その時にわかるか。アーシャが、そう自身に納得させていると、それで、とエインレールが口を挟んだ。
「やっぱりこいつの剣は作った方が良いと思う。これは緊急時以外では隠しとく方が効果的だろうし」
「うん、そうだね」
 既に同じ考えに至っていたのだろう。クレイスラティは間を置かずに頷いた。
「あのでも、お金が…」
「まだ言うか、お前は」
 心底呆れた目を向ける。
「お金?」
 『まだ』の意味も何もわからない周りは、不思議そうな目をアーシャとエインレールに向ける。
「なんか悪い、んだとさ」
「む…。しょ、庶民はそう思うのが普通なんですーっ」
「…そうか?」
 大概が、恐れ多いと萎縮するか、そうじゃなければ感激して受け取ると思う。彼女はそのどちらにも当てはまらない。強いて言うなら前者だが、萎縮している、というには語弊がありそうだ。
「そうです。そうなんです」
 というか、口をへの字にして胸を張っている彼女に、萎縮も何もあったもんじゃない。
 単に、高いから、と遠慮しているだけだろう。
「どうしても駄目かなあ…?」
「だ、だって高いですし」
 ほらやっぱり。
「うーん…」
 これは譲ってくれそうもない。どうしようねえ、とクレイスラティは両側に立つグリスとマーフィンに意見を求めた。もちろん、「買うか買わないかどうしよう」ではなく、「どうやって説得したらいいか」という意味だ。
「そんなに気にしなくても良いのではないですか?」
 グリスが言い、「それさっき俺も言った」とエインレールが口にした。それに、むう、とグリスが唸る。エインレールが言って駄目なら、自分が言っても同じだろうと考えたからだ。
 次にマーフィンが口を開いた。
「高い、のはいけないんですか? その分物が良いですよ」
「で、でもそんなの…」
「安物の剣を使って肝心な時に折れたりしたら困ります」
「や、でも、あの…」
「それが原因でユリティア様を護れなかった、なんていうことになったら、そっちの方が大変ですよねぇ」
「それは、だから…」
「変なプライドで買わなかった所為、なんて。そんな理由じゃあ誰も納得できませんよ」
「だ、だからっ」
 そんな緊急時のためにコレを持って来たんです、と言おうとしているのだが、なかなか口を挟むタイミングを与えてもらえない。にーっこり、駄目押しとばかりに笑って、
「買わないんですか?」
「…………えと」
「買わないんですか?」
「……………はい」
「何故です?」
「…………だ、だって高――」
「買わないんですか?」
「……………」
 しつこい。とてつもなくしつこい。もしかして、このやり取りは自分が肯定しなければ終わらせてもらえないのだろうか。助けを求めるようにエインレールを見ると、軽く首を横に振られた。無理らしい。もしくは助ける気がないらしい。どちらにしても、頷かないと切り抜けられないようで、
「買わな―――」
「わかりましたっ、わかりましたから! か、買えば良いんですね?!」
「はい。買えば良いんですよ」
 にこにこにこにこ。
 笑っている顔が、悪魔を彷彿とさせるのだが、果たしてそれは自分の被害妄想だけが作り上げたものなのだろうか。反対側にいるグリスも引き攣り顔で、クレイスラティでさえも冷や汗を流しているような気がしないでもないのだが、それも被害妄想のソレなのだろうか。わからない。わからないけれど、なんとなくこの人に逆らうことは今後一切無理なような気がして、アーシャはなんだか情けない気分になった。
「なんか、説得っていうよりも脅しだよね」
「それ、あんたが言うのか?」
 確か最初に会った時に同じようなことをしたのは彼だったような気がするが。エインレールもまた同様に顔を引き攣らせながら、実に父親を見た。ただまあ、彼女にとってみれば、クレイスラティよりもマーフィンの方がやり辛いらしい。その証拠に、一言も反論できていない。クレイスラティには喧嘩腰になっていたのに。
 …普通、逆じゃないだろうか。
 真剣に悩み始めたエインレールの前で、アーシャは半ば泣きそうになりながらかたかた震えていたのだった。

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