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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 [ はなみおはなし(2) -魔法使いたちの場合- ]


 ぎゃあぎゃあとどこからか声が聞こえる。非常に騒がしい。こういう騒がしさは、もしかしたら初めてかもしれないと思った。
 自分たちは話し合いで怒鳴ることはあるが、こんな風に笑いながらお祭り騒ぎ、というのはない。そうするだけの気力が無いとも言える。唯一あるとすれば、あれだ。ちょっと実験で失敗しちゃって、なんか色々飛んでったりとか爆発したりだとか、そういうことがあった時だ。…いや、ちょっと違うか。あれは笑いというより、悲鳴か。
 あれは流石に焦ったな、といつぞやのことを思い出して、王宮一の魔法使いであるマティア・ライムレイスは苦笑した。けれどそれだけだ。本当にやばかったというのに、何故か笑えてさえくる。これも宴の効果だろうかと小首を傾げた。いつもは首の後ろで縛っている長い金髪も、今日ばかりはただ風になびかせている。それだけでどこか開放的な気分になれた。
 ちびちびとお猪口で酒を楽しむ。誰かに注いでもらうでもなく、自分で。その方が、自分のペースで進められて、マティアとしては好ましい。
 と、その時だった。騒いでいる連中の方から、ごろごろと何か―――否、男が転がってきている。…これは相当酔ってるな、と分析する。しかしどうやらそれだけでは無さそうだが。
「マティアさ~ん、助けてくださ~い。変なもん飲んで気持ち悪いッス」
「自業自得だろう」
 何があったのかは知らないが、まさかここまで酔っ払っておいて自分は何も関係ないと言うつもりではあるまいな、とマティアは呆れた眼差しを男に向けた。
 しかし意外なことに男の方は、「そうなんですけど~」と返す。自覚はあるようだ。だからといって何かが変わるかと訊かれると、何も変わらないと答えるしかないが。
 はあ、とため息を一つ。やれやれと首をゆっくりと左右に振った後に、ついとその細い指を男の方に突き出した。
「私は医者でも医務官でもないんだがな」
 一言、それだけはどうしても言わねばと思い、口にしてから、詠唱を始める。
「《其は神の領域に足を踏み入れし力の象徴。我は其に准し、其が力を現出させし礎。―――我を介し、其が癒しの力の祝福を与えよ》」
 刹那の光が男を包んだ。ぽうっと温かな光。よく見ると、その男の近くにも光が浮いている。それらは一堂に男の身体へと集まっていき、光がより一層強まったかと思うと、一瞬にして消えた。光によって見えなかった男の顔色は、先程よりもずっと優れたものになっていた。
「おおっ、楽になった楽になった! ありがとうございます~マティアさん! そんじゃ戻って飲み直しますか!」
「………次倒れた時は自分でなんとかしろ」
 全く懲りた様子の無い男の姿に呆れを覚えながらも、しかしまあ宴だからな、とそれで納得してしまうくらいには、自分もこの場を楽しんでいるらしかった。
 そうして、酒飲みを再開する。
「いやあ、これぞ花見って感じですかねぇ」
 後ろから聞こえた声に、そうだなと返す。へらへらと声だ。だいぶ力が抜けている。しかしこれは酒の力というわけではなく、元からだということをマティアはよく知っていた。
 どっこいしょ、とマティアの隣にその男が腰をおろした。
「ここは良いですねえ。良い具合に日陰だ。いやはや部屋に篭りっぱなしなもんで、お天道様の恩恵っていうのはどうにも僕にはきつすぎるようでしてねえ」
 そう言って、日陰の中だというのに、眩しそうに空を眺める。
「こうして外に出るのは一体何ヶ月ぶりでしたかねぇ。マティアさん憶えてます?」
「知らないな」
「うわあ、即答ですかあ。酷いですねえ。これでも僕、あなたの部下なんですけどぉ」
 どこか責めるかのような言葉に反して、しかし声質はどこまでも緩い。これはいつもこんな調子だ。
「ま、部下らしいことは何一つしちゃいませんがね~。お陰さまで、自分の研究に充てる時間が取れて、僕としては嬉しい限りなんですが」
 へらへら笑う男の手に握られているのは、何故かジュースが入ったコップだ。
「酒は飲まないのか?」
「飲めないんですよ~。まあ、飲んだことがないって言うべきなのかもしれないですけどねぇ。―――酔い潰れたが最期、僕の場合、その後日の目が見られなくなる気がしまして、なんとなく」
 そのまま起きられなくなるっていうか。まあ元々日の目はほとんど見れちゃいませんが。
 そんなことを言う彼に対して、マティアは苦笑で返した。確かにこの男は酒の一杯で酔い潰れ、その後起き上がらなくなるような気配を持っている。だから周りもそう勧めないのかもしれない。
 まず見るからに不健康そうなのだ。病的なまでに白い――否、青白い肌は、その下に流れる血管が容易に見えるほどだ。髪はぼさぼさで、本当ならば銀色のはずなのだが、手入れをしていない所為か、灰色と見間違えてしまうほど。足取りも――今は座っているのでわからないが――右にゆらゆら左にゆらゆら。そのたびに首ががくんがくんと動くので、見ている側としては、今にも倒れそうな印象を受ける。それから心臓に悪い。―――実際問題、何度も倒れているわけだが。
 しかしこれで歳は20の半ばに到達していないというのだから驚きだ。その肌色や髪の所為か、もっと老けて見える。
 彼の同僚たちが“生きる幽霊”だなんだと言ってからかっているが、まさしくその通りなので、どうしようもない。本人も全く否定しない。むしろへらへら笑いながら、そうですよね~、と同意する始末だ。
(腕は良いんだがな)
 とそんなフォローを心の中で呟いた。
 尤も同僚たちだって、ただからかうためだけに言っているのではない。あまりに不健康すぎて心配で仕方ないから、そう言うことによって本人に危機を察知させようという意味合いもあるのだ。―――その努力は一向に報われていないが。(なにせ本人はあっけらかんと肯定するので)
「ヒュー」
 ん、と呼び掛けに応えたヒューガナイト・ハーサク(これでも貴族の出というのだから本当に驚きだ)は、目の前に放り出された握り飯を不思議そうに眺めた。
「食っとけ。どうせ朝から何も食べてないんだろう」
 意図的なそれではないだろう。彼の場合、研究室に篭りきりだから朝も昼も夜も関係なくて、おまけに実験に没頭するもんだから、飯を食べ損ねたことさえ気付かない。極めて危険だ。
「あ~、すみません。そういや、なんも食べてなかったかなぁ。そうだったかもしれないなぁ」
 どうだったかなぁ、と首を傾げる。やはり自覚は無いようだ。今日だって、彼の同僚たちが、宴だ騒ぐぞお前も来い絶対来い久し振りに外に出ろと連れ出さなければ、研究室に篭っていたに違いないのだ。
 本当に、世話の焼ける部下である。
 口調やその他全ての動作における緩慢さは、やはりここにも表れる。ゆっくりとした咀嚼。しかし食べているだけでもまだ良い方だ。彼は研究の時以外はこんな感じだ。唯一あの時だけが普通の者よりも機敏に動けるようになるのである。
 そうしていると、わらわらと他の魔法使いが集まってきた。マティアへの挨拶と、ヒューガナイトの様子見が目的だろう。彼らはまずマティアに一礼した後、ヒューガナイトが確り食事をとっているところを確認し、安堵した顔をする。
「あ~、みなさんも来てたんですかぁ」
「お前……つ、連れてきたのは俺らなのに」
 がっくりと項垂れた同僚を前に、ヒューガナイトは同じようにがっくりと首を曲げる。本人は傾げているつもりなのだろうが、どうもそれは“傾げる”というよりかは、“曲げる”と表現した方がいいようなものだ。
「あれえ? そうでしたっけぇ」
「駄目だ。完璧に忘れてやがる」
「でもほら、ヒューガさんですし」
「ああそうだな。ヒュー坊はいつもこんなだもんな」
 周りの散々な言葉にも、本人はいつもどおり、気にした様子はなかった。
 仕方のないやつだなと思いながら、ぐっと酒を呷る。空になった猪口に酒を注ごうと徳利に手を伸ばした。
「マティアさん、酒注ぎましょうか?」
「いやいい。自分のペースで飲みたい」
 にっと笑いながらも、きっぱり断ったマティアは、それを証明するかの如く自分で酒を注ぐ。それからまたちびちびと飲む。徳利の中身はもうそろそろで終わりという頃だ。
「…もしかしてマティアさん、ざるですか?」
「かもしれない」
「かもしれない、って…」
 困惑した部下の顔を見、言葉を付け足す。
「今まで潰れたことはないな」
「うわぁ。すごいですねえ。僕にもそれ、わけてほしいくらいですよ~」
 ようやっと握り飯一つを食べ終わったヒューガナイトが、口を挟んだ。皆が一斉にそちらを見て、それから誰ともなしに、彼の手に握り飯をもう一つ乗っけた。本人はこちらの意図(つまりはこの機会に太らせてしまおう、というものだ)には全く気付いた様子もなく、呑気に礼を述べ、またのそのそとそれを食べ始めている。
「お前はまず健康をわけてもらえ」
「むしろ改善に努めろ、自分で」
「しっかしマティアさんが酒強いとは初耳だ」
「これまで飲んだことなかったもんな」
「むしろ全員集まるのなんて、一体いつ以来だ?」
「部屋も近いのにな。みんな研究馬鹿だから」
「違いないですね」
「一番の馬鹿があいつだが」
「ああ。うん。それはそうですけど」
 そんな会話を面白そうに聞いていたマティアは、そういえば確かに全員がこうして集まるのは久し振りだと考え、どんっと徳利を勢いよく地面に置いた。
「よし、それじゃあ今日は久し振りに全員で話でもするか。後でいつ集まれるか全くわからんし…なんたって宴だからな。他のやつらも呼んで来い」
 にんまりと笑ったマティアの言葉に、一同が顔を見合わせる。しかし次の瞬間にはソレに負けないくらいににんまりと歪み、あいあいさー、という返事をしたかと思ったら、方々(ほうぼう)へ散っていった。仲間を捜しに行ったのだろう。
「いやぁ。みなさんお早いですねぇ」
 ヒューガナイトが口の中の食べ物を飲み込んでから、散った同僚の姿を順々に目で追っていく。けれどやはり見失ってしまったのか、最終的にまた空に向けられた。
「………ああ、本当に眩しい」
 マティアはつられるようにして、空を見上げた。日陰ということもあって、自分にとっては、眩しくもなんともない。けれど彼が眩しいというのなら、これは彼にとっては眩しいのだろう。
 滅多に外に出ないからだ馬鹿者め、と言おうとして、止めた。代わりに、にこりと笑いかけてやる。
「だが偶に外に出るのも悪くないだろう」
 彼はきょとんとした顔をして、がくりと首を傾げ、それから微かに笑った。
「ああ、そうですねぇ」
 眩しそうに、目を細める。
 おおーい、と声が聞こえた。そちらを向けば、視界に駆け寄ってくる仲間たちの姿が入る。手には酒やら食料やらが握られており、どうやら騒ぐ準備は万端のようだ。
「悪くありませんよ。みなさん一緒ですからねぇ」
 付け足されたその言葉に、マティアは「そうだな」と答えてから、部下たちに自分の酒を掲げてみせた。

 さあ、騒げ、騒げ。
 今日は宴だ。
 

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