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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 [ はなみおはなし(3) -双子と王子の場合- ]


 彼女がこの場に来たのは、本当に偶然であった。だからこそ彼女はその偶然に感謝する。これ以上ない、感謝を。
 ―――お陰さまで、随分と楽しい場面に遭遇できた。
 にんまり、と笑った彼女の顔を見て、隣にいた少年がびくりと肩を震わせた。経験上、よくわかる。こういう時の彼女ほど危険なものはないのである。そして巻き込まれるのが十中八九自分だということも、よく理解しているのであった。
 隣に並ぶその少女と少年の顔立ちは、非常によく似ている。というよりも、全く瓜二つ、である。なんとか体つきで性別の違いがあるとわかる程度である。服装・髪型が違うことも“違い”の一つに挙げられるが、それはどうにかしようと思ったらできてしまうものなので、決定的な違いといったらそれしかない。尤も少女の方は年の割りにはあまり発達した身体であるとはいえず、また少年の方も華奢な体格なので、ちょっと隠そうと思えば、わからなくなってしまいそうだが。
 小さい頃から似ていると言われ続けてきた二人であったが、まさかもう大人と呼ばれても差し支えない年齢にもなってまだそう言われることになろうとは、誰が想像しただろうか。性別が違うことからしても、似ているのはまだ年がいっていないからだと思っていたのに。元が中性的な顔立ちであることも相まってか、そのまま成長してしまったのである。少女の方はこれを「しめた」と思いにやりと笑って、少年の方はこれからのこと(主に彼の双子の姉のこと)を考え絶望に顔を青ざめさせるという、性格的な違いは昔からあったのだが。
「ふっふ~ん。ルキアも人が悪いよねえ。こんな面白いことをボクに黙ってるなんてさ!」
 少女――アラスナル・リアンドは腰に左手を、顎に右手を添え、にいっと笑う。大方これから周りの目をどう凌いで“騒ぎ”に参加するかを算段しているのだろう。
「………ちょっとは大人しくしようとか考えてくれないのかなぁ」
 隣で泣きそうな声を発した彼女の双子の弟であるローデン・リアンドは、がっくりと肩を落としたが、しかしそれをアラスナルが気にした様子はない。
 ともすれば鼻歌さえ歌い出しそうなほどの姉の様子に、ローデンは庭園の方をちろりと盗み見る。
 まさにお祭り騒ぎ。というか、お祭りなのだろうか? ローデンは首を傾げた。そんな話は聞かなかったけれど。あれば彼女の婚約者であるルキアニシャ・ヴェイン・シャインがちゃんと言ってくれるはず(そうして対策を練ってくれるはず)なので、これは突発的なものだと考えるべきだろう。かの王はどうやら、こういうことが好きなようであるし。
 だからって、このタイミングで催さなくてもなあ、と思う。せめて一日ずれていてくれれば、こうして自分が姉に引っ張られて恐ろしい領域に足を踏み入れる必要もなかったのだ。
 なにか楽しいものでも見つけたのか、迷いなく歩いていくアラスナルとは違い、ローデンはしきりに視線を彷徨わせた。そもそもここに自分たちが紛れ込むのはどうなのか。よくはないだろう。確実に。
 しかし彼女がそんなことを気にせずに入っていくことは、おそらくルキアニシャも想定しているはずである。とするならば、彼はこちらを捜しているはずだ。幸運なことに、今回の訪問は事前にあちらに知らせてあるものであり、決してお忍びの末に押し掛けるわけではないので。
 それだけが救いだ…、と色々と複雑な想いがこもった息を吐いたローデンの鼻先に、はい、とコップが突き出された。
「えっと…?」
「ジュース。パイン味だよ。ボクも飲みたいから、あとで交換しようね!」
 どうやらその“交換”とやらは既に決定事項であるらしい。
 そしてそれを拒否するという選択肢は、自分には与えられていないらしい。
 ここで粘っても仕方が無いので、コップを受け取る。おいしーっ、と言いながら満足そうに笑っている姉は放っておき、目的の人物を捜そうと、また視線を周囲に向ける。が、彼の姿は見つからない。無理もないのかもしれない。人の数は相当多い。
 代わりに視界に入るのは、サクラの木だ。満開となっている。もしかしたら今のこの宴は、お花見、と呼ばれるものかもしれないと考えた。確かこの国にはそういう風習があったはずである。ローデンたちの国にはない。花を愛でる、という発想はあるが、それを見て宴を催すということはしない。そもそもこういう高い木が植わっていること自体が珍しいのである。
「しかしまあ、立派なもんだね」
 思わず声に出してしまったが、どうやらアラスナルの耳には届かなかったようである。
 というか。
 静か過ぎる。彼女が。
 若干の不安が頭を過ぎり、恐る恐る、彼女がいるはずである方向を見る。
 ――――いなかった。
「え…ちょっ、アスラ?!」
 慌てて彼女の愛称を叫べば、なに~、と呑気そうな声が返ってきた。どうやらはぐれたわけではなさそうである。ホッと安堵しながらそちらを見たローデンはしかし、木の近くに立つ彼女の姿を視界に収めた瞬間に固まった。
「な、なにを…」
「折角のお祭りを更に盛り上げようと思って! ちょうど持ってたから、良かったよね~」
 良くない! 全然良くない!
 ぶんぶんぶん…と首を全力で否定するローデンのことなどお構いなしに、アラスナルはそれを――― 一般的には“爆弾”と呼ばれる類のそれを、にへらと笑いながら片手で持ち上げている。
 大体なんでそんなものを持っているのか。“ちょうど”ってなんだ、“ちょうど”って。つまりは常備しているということだろうか。何に使う気だったのだろう。想像するだけで頭痛と胃痛がローデンを襲った。危険だ。危険すぎる。もういっそ国を出る前に持ち物検査とかした方が良いかもしれない。彼女はそれでもうまいとこ持ち出しそうだが。恐ろしいことに。
 あまりの出来事にふらりと倒れそうになったが、彼女がそれを投げるかのような体勢をとったのを見て、そういったものが一気に吹っ飛んだ。
「わーっ、待った! アスラ、待った! 投げるのは駄目―っ!」
 かなりの音量で叫んだのに、周りは見向きもしない。ローデンの大声が普通に聞こえてしまうくらいには、周りもかなりの盛り上がりを見せているのであった。片手を埋めていたコップをその場に置いて、
「それは洒落になんないから! 外交問題に発展するから!」
 叫びながら、アラスナルの右腕を確り抱き込む。こうでもしないと彼女は止まらない。説得めいた言葉が口から飛び出るが、それが彼女に通用するとは考えていなかった。
「あははっ、ロイは心配性だね。大丈夫だいじょうぶ。遊びってことで許してくれるよ」
「遊びの範疇じゃないからこれはーっ!!」
 ローデンの必死な形相も、彼女にとっては「面白い」の一言で済ましてしまえるものだったようだ。けらけら笑いながら、けれど爆弾を手放す様子はない。
「だーいじょうぶだって。小型だし。そこまで破壊力のあるものじゃないよ? せいぜい一、二メートルくらい!」
「大丈夫じゃない! 一、二メートルあれば十分危険だから! そもそも爆弾ってだけでかなり危険だからねっ!?」
 見ようによっては、それは祭りに乗じて瓜二つの顔をした二人がじゃれあっているようにも見えただろう。声は掻き消されるので、尚更に。事実、周りは微笑ましいものを見る目で、二人を見ている。もしもそれをローデンが知ったら全力で否定して青い顔をしただろうが、生憎と彼はそれを気にするほどの余裕を持ち合わせてはいなかった。
「まあまあ。一回だけだから。ね。良いでしょ?」
「良くないよ!」
 むしろ一回もあれば十分である。その一回だって、ない方が良いわけで。
 しかしそんなローデンの想いは、アラスナルには全く伝わっていなかったようである。力任せに、せーのっ、と振りかぶる。ああもうだめだ、とローデンが諦めかけ、目を瞑る。
「って、何するの!」
 急に焦った声。これまでの余裕が一切消えた双子の姉の声に、ローデンは目を開ける。
「あ、ルキアさん」
 無表情の男が、そこに立っていた。しかし見る者が見れば、彼が今呆れていることがわかるだろう。彼は顔の筋肉は滅多に動かさないが、感情がないわけではないのである。
「どういう状況だ、これは」
 その質問にアラスナルが答えようと口を開き、けれどそれよりも早くローデンが答える。
「アスラが爆弾を投げようとしてました」
「あーっ、ロイったらなんで言っちゃうの!? いっつもいっつも! ボクが誤魔化す前にホントのこと話しちゃうんだから!」
「そういうことするってわかってるから、アスラよりも早く僕が言ってるんだよ!」
「むう。―――とにかくそれ返してよーっ!」
「駄目だ」
 言うと、ルキアニシャは手を大きく上に上げた。彼は双子よりもずっと背が高い。アラスナルがその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて取り返そうとするが、届かない。むろん、彼女の右腕にローデンがしがみついていることもあるのだが、一番の理由はやはり身長の差だろう。
「もーっ、ロイ邪魔!」
「それは当たり前! 僕邪魔するためにこうしてるんだから!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ。それがいけなかったのだろうか。
「あ…」「へ?」
 間抜けな声が口から零れた時には、二人の視界は傾いていた。頭と背中に衝撃がきた。けれど、草がクッションになってくれたのか、痛みはあまりない。視界いっぱいに、青い空とサクラの木、舞う花びらが映る。
 ぽかーん、と二人揃ってその美しさに魅入った。
 と、そこに黒と青紫が混じる。
「大丈夫か?」
 その問い掛けに、目で答えを返す。口で言えば良いのに、何故か言葉が出てこなかった。それは隣のアラスナルも同じだったようだ。
 ルキアニシャの顔に、苦笑が灯った。といってもやはり、わかる人にしかわからない、という程度だが。
 そのまましゃがみ込む。
「花見っていうのは、そんな風に花を楽しむためのものだ」
「………暴れてる人だっているのに」
 不満げにアラスナルが零す。ちろりと向いた視線の先には、騒ぐ者たち。しかも数が増えている。
「暴れたければ暴れれば良い。だけどそうしたら、花は見ることに集中はできないだろう」
 確かにそうだ。アラスナルは一つのことを始めると、それに熱中してしまって他のことが頭からすっぽりと抜け落ちてしまうのだ。ローデンは、そのままルキアニシャによるアラスナルの“説得”に耳を傾ける。下手に自分が口を挟まない方が成功するのはわかっているから。
 それでも良いのか、と静かに訊ねるルキアニシャの言葉に、アラスナルは、う~ん、と唸ってみせる。暫く悩んでから、むくりと身体を起こした。つられて、ローデンもそうする。
「花見する」
「そうか」
 その言葉に安堵が含まれていることが感じ取れたのは、おそらくローデンの気のせいではないだろう。
 アラスナルは立ち上がると、ぱんぱんと服を払う。そうしながら、未だにしゃがんでいるルキアニシャに向かって笑いかけた。
「ルキアも一緒だよねっ?」
「…何がだ?」
 質問に質問で返されたアラスナルだったが、本人にそれを気にしている様子はない。基本的に彼女は、そう滅多に強い負の感情を表に出さない。隠しているのか、それとも元々持ち合わせていないのか、それはローデンにもわからないが。
「だーかーらぁ、花見だよ! は・な・み! ルキアも一緒なんでしょ?」
「私が?」
「違うの?」
 彼にしては珍しく、黙り込む。ルキアニシャは寡黙な方だが、会話の途中で黙ることはあまりないのだ。
「…いや、違わない」
「そっか!」
 ルキアニシャの返答に、アラスナルが嬉しそうににこりと笑った。
 ローデンはその顔を見て、「ああ、違うんだな」と思う。昔なら、笑顔を見ても、これは自分の顔だとよく思ったものだったが、しかしこの頃は違う。良い意味で、全く自分とは違う存在だと思うのだ。
 その笑顔は彼にしか向けられない。
 何故だか途端に自分の居場所がなくなったかのように感じられたが、アラスナルと、それからルキアニシャが幸せそうなので良しということにした。それにルキアニシャの“説得”の後は、アラスナルも暫くの間無茶をしなくなる。それは良いことだ。少なくとも自分にとっては、この上なく。
「ってわけで、ルキア何か食べ物持ってきて?」
「何が“ってわけで”なんだか……」
 ぼそりとローデンが零したが、当人達は全く気にしていないようだ。ルキアニシャはアラスナルが自分で何かを調達してくるよりかは自分が行った方が安全だと判断したのだろうか、場所がわからなくなると困るからここから動かないこと、と注意をしてから人混みへと消えていく。
 それを見送った後、ぽてん、とまたアラスナルが寝転がった。どうもそのアングルからの光景が気に入ったようだ。すぅー、と息を吸って、目を閉じる。どうにも気持ち良さそうだ。ローデンも身体を倒して、同じように息を深く吸ってみる。
 色々な匂いがした。花の香り、食べ物の香り、飲み物の香りもした―――そういえば、飲み物。地面に置いたままだったっけ。ローデンはそんなことを思い出して、取りに行こうかと考えたが、結局止めた。というよりも、行こうとしたのだが身体が動いてくれなかったのだ。眠くて。
(アスラに引っ張られて、休憩ほとんどしないでここまで来たんだもんね…)
 疲れもするというものだ。
 おまけにこの陽気。
 更にローデンには、アラスナルがもう暴れ出さないという安心材料があった。ルキアニシャに会えたという安堵も。これはおそらく、アラスナルの方が強いだろうが、と最初はそういうことまで考えていられたのだが、それも段々と鈍くなってくる。
 まどろみの中、ルキアさんに謝らないとなあ、と既に眠ること前提でそんなことを考えて、薄らと開けた目でサクラを見ると、それを最後にローデンは眠りへと落ちていった。


(確かに元の場所から離れてはいない、が…)
 心の中で呟く。
 すやすやと眠る双子を見やり、彼には珍しく傍目からもわかるような表情の変化。困り顔のまま、貰ってきた食べ物を木の傍に置く。そうして自身もその場に腰をおろした。双子がそれに気付いて目を覚ます様子はない。
 さて困ったことになった。こうも幸せそうに眠られると、起こすに起こせないではないか。
 とりあえず風を引いてはいけないからと、自分の上着を二人に被せてやる。どう頑張ってもはみ出してしまうが、そこはまあ、許容範囲内だろう。その上に、ピンク色の花びらが落ちた。
 思わず空を仰ぐ。

 花びらがひらりひらりと舞っていた。

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