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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 どこか昏い瞳で庭を見つけるその姿は、何か遠い、別のものに想いを馳せているようだった。
 彼女にもきっと、彼女の背負うべきものがあるのだろう。聞けば彼女はあの土地の長のひ孫だというし、だからこそあの地に強い思い入れがあるのだと思う。そんなことはわかっているのに、だからこそ頷いたのに―――なのにどうしてか、ひどく焦燥感を覚える。何に対してのソレなのか、そもそもその感情をソレだと称して良いのか、それすらもわからずに。
「……………」
 居心地の悪い、だというのに妙に心地はよい、そんな不思議な沈黙だった。
 そこに、
「ほらよ」
 実に気合の無い声とともに、剣がくるくると宙を舞い、
(………なんで、剣?)
 呆然とするエインレールの横で、少女の慌てた声が響いた。
「ぅ、ひゃあっ!? あああ危ないですっ、危ないですよ! なんで抜き身の剣を後ろ向いてる相手に投げつけるんですかーっ!?」
「あー、いや、テストだテスト。避けられるかどうかの」
「避けられなかったらどうする気だったんですか!?」
「俺が知るか」
 心の底からそうだと思っているかのような――実際彼の性格を考えるに、本気でそう思っているのだろう。困ったことに――言葉と、そのふてぶてしいとも呼べる態度に、アーシャの顔がひくりと引き攣った。先程までの昏い瞳はもちろん、消え去っている。
「な、なんですかその投げやりな…まるで自分に非は無いとでも言うかのような…!」
「もちろん、無い」
「あるでしょう思いっきり!」
 …なにやら、デジャブを感じる。これと同じようなやり取りを、どこかで見たような、そんな感じ。
「エイン。この娘意外と面白いな」
「…面白がるな」
 頭を抱えたくなった。なんとなく、父親の姿が脳裏に浮かんだ気がしたが、それはとりあえず、気のせい、の一言で片付けておくことにする。深くは考えたくない。
「とにかく、だ。小娘」
「こむっ…あ、アーシャです!」
「あぁ、はいはい。で、姓は?」
「平民なので無い、ですっ!」
 どことなく悔しそうな顔をするアーシャに、そうかそうか、と男はにかっと笑って、
「安心しろ。俺もそうだ」
「…へあ? そうなん、ですか?」
 城の近く――というか、中、といってしまっても差し支えない場所だ――のこんなに立派なところ(※庭を除く)で住んでいるのに? 先程までの憤りはどこへやら、きょとんとした表情で城と離れであるこの建物、それから男を見比べ、アーシャは信じられないと目を瞬かせた。
「冗談じゃないぞ。本当のことだ。俺の名前はウェスタン。刀鍛冶をやってる。平民の出だ。―――尤も、今も平民だけどな。それにちょっと『王宮お抱え』ってのが付いただけで」
 それは既に平民の域を出ているような…。
 引き攣り顔のアーシャに、けれどウェスタンは気にした様子もなく、
「んじゃ、嬢ちゃん」
「アーシャです」
 訂正する。が、言われた本人にそれを聞いている様子はない。
「とりあえずその剣でそいつ斬ってみろ、嬢ちゃん」
「だからアーシャです…って、斬る?―――えと、ウェスタンさん…指の先にエイン…がいるのは、気のせい…ですよねっ! 気のせいじゃなかったらおかしいですもんね!」
「じゃあおかしいんだろ」
「……………」
 素早い切り返しに、困ったような顔でエインレールに目を向ける。それから剣を見、そっと柄を握り、………――――。
「斬るなよ?」
「斬りませんよっ!」
 確認のための言葉に、アーシャは怒鳴り返した。
 あたしは常識人なんですからそんな人を斬ってみろと言われて斬るはずがないじゃないですか、とかぶつぶつと紡がれる言葉に、常識人は一国の王に、そしてその息子である自分にも、こんな口はきかないだろうと思わないでもない。
「…で、どうすれば良いんですか?」
「斬れ」
「嫌ですよ」
 ていうか、無理ですって。
 困惑の感情に、呆れが含まれ始めた。どうやら彼が“そういう人物”だと理解したらしい。
「仕方ないな」
 ふう、と息を吐くウェスタンに、どこが仕方ないんだ、とアーシャもエインレールもそんな意味を含ませた視線を送る。
「じゃあ……二人で剣を交えてみろ」
「…はい?」
 アーシャが目を丸くさせた。
 それを無視して、ウェスタンはエインレールへと目を向ける。
「エイン、お前は剣を持っているだろう?」
「持ってる。……持ってるけど」
「なら、問題ない」
「というか、どうして手合わせをしなくてはいけないんですか?」
 急に言われても、戸惑うだけだ。せめてちょっとくらい説明してくれても良いのではないかと、アーシャは眉を寄せながら、ウェスタンに問い掛ける。
 彼はフッと笑い、
「今後の俺のやる気に関わる」
 言い切った。
「…あんたの場合、いつだってやる気無いだろう」
 エインレールは思わずぼそりと言葉を漏らした。小声で紡がれたそれはしかし、本人の耳にもしっかり入ったらしい。
「剣を打つ時はいつも真剣だ」
「それ以外は真剣じゃないんですか…?」
「というか、それじゃやる気を引き出すとか、そういう理由は関係無くなるんじゃないのか?」
 腐っても職人だ。真剣にもなるだろう。剣を打つためだけにここにいるのだから、彼が断るはずもないし、断ったとしても拒否権が無いので、どの道打つことになる。たとえそういう事情があったとしても、その段階に入れば、自分の全力を持って剣を打つだろう。なんだかんだいって、彼の剣への想いは、どこまでも真っ直ぐなものだから。
 しかしならば、二人がわざわざ剣を交えることに意味はあるのか?
「やる気が出るかということと、真剣に打つということでは意味が違う。やるまでの心意気がなぁ」
 そう言ってからにやりと笑うと、
「それに、自分の打った剣を扱う者が、どれほどの実力を持っているのかが知りたい」
 目に本気の色を見せた。
「こっちにだってな、信念があるんだよ。お前さんが俺の剣を持つにふさわしいかどうかぐらい、自分の目で確かめる」
 ぞくりとするような、瞳。ごくりとアーシャは喉を鳴らせた。一瞬でもそれに圧倒された自分を恥じる。どうせなら、そこで見返せるくらいの気迫を備えたいものだと思いながら、そう思える余裕が自分の中にあることに多少安堵した。
 ふっ、と口元に笑みが浮かんだ。
「わかりました。それじゃあ―――すみませんが、手合わせ願えますか?」
「………わかった」
 諦めたような顔で、エインレールはため息混じりに返事をした。どの道あの調子ではウェスタンは引かないだろうし、アーシャもおそらくその理由を聞いた上で頑なにその提案を拒むことはしないだろう。
 腰に帯びた剣を抜き、ふとこれも彼の“作品”だということに思い当たる。彼女が持っているものも、彼が気まぐれに打ち、手元に置いておいたものの一つなのだろう。同じ人物が打った剣がこういう形で交えることになるとはな、と苦笑を灯す。おそらく偶然ではない。これは人為的な必然だ。何故ならウェスタンは、エインレールが自分が打った剣を所持していることを知っているし、アーシャに剣を投げて寄こしたのも、まさしく彼であるのだから。
「手加減は要りません」
「良いのか?」
 彼女もそれなりに腕が立つ者だと思う。それでも、負ける気はしない。
「………良いです。それで負けても、要するにソレがあたしの実力ってことですから」
 ですよね、と同意を求めるようにウェスタンに笑みを見せるアーシャに、ウェスタンが意地悪く笑って、
「ま、そいつの相手が出来ないようじゃまだまだだな」
「…あのさ、俺一応この城でも五本指には入るんだけど」
「勝ち負けじゃなくて、相手が出来るか、だ」
 それだと判断基準が曖昧だ。どれほど“相手”ができれば合格なのか……おそらく彼のことだ、それもかなり高い基準だと思う。自分が勝つことを前提として物を言っているが、過信ではなく、実際そうなのだから、別に嫌味を言っているわけでもなんでもない。
 まあいい。決めるのは、自分ではない。ウェスタンだ。エインレールは剣を構えた。それを見てか、アーシャも確り剣を握り、構える。
(…あの構え、ここらへんでは見かけないな)
 確か祖父に教わったと言っていた、とそんなことを思い出す。てっきりその彼女の祖父は、城下町にでも来て、誰か名を馳せる者に師事していたのだと思っていたが、もしかするとこれは、その土地伝統のものなのかもしれない。
 そんな観察をしながらの、膠着状態。互いが互いの一挙手一投足を見逃すまいとしている。なかなか隙を見せないため、動けない。おそらく相手もそうなのだろう。もしくは彼女の剣術は、自分が後で動く方が有利に事が運べるのかもしれない。そのために、こちらが動くのを待っているようにも見える。
(…乗ってやるか)
 これが実際の戦いの場だったならば、しない。手を緩めはしない。自分の有利なように事を運ぶ。それが“最善”だ。…状況によっては実戦でも、それすら覚悟で踏み込むことはあるが。
 だんっ、とその場から鋭く斬り込む。急といえば急なソレは、予想の範囲内だったのだろう。同じように、けれどエインレールのそれよりずっと小さな一歩。刹那、剣と剣が交わったが、アーシャはまるで流れるような動作で捌き、その反動をそのまま剣に乗せ、エインレールの腹のあたりを薙ぐ。危ういところでソレを止め、しかし表情に危機感は出さずに、距離を取った。しかしアーシャはそこから更に踏み込み、空いた距離を埋める。そこからの素早い斬り込みを、止めながら、体勢を整える。
 と、彼女の動く速さが上がった。動きを捉え剣を薙いだが、一歩遅かった。斬撃を察知したアーシャは、たんっ、と横に飛び、着地と同時に再び斬り込む。しかしその瞬間には、エインレールは既に彼女と応戦する準備ができていた。キンッ、と再び交わった剣を、今度は捌かせなかった。その状態から一気に力を入れ、彼女の身体ごと弾き返すと、エインレールはそのまま決着をつけるために一歩踏み出し、―――しかしそうする前にアーシャが、エインレールが剣を構え直した一瞬の時間で、距離を取った。
(懐に入られると危険、か―――)
 こちらのスピードに付いて来れるだけの力量はある。反射神経に関していえば、こちらよりも上だ。しかし圧倒的に力が足りない。それを補うために速さで翻弄するような戦略を好んでいるらしい。苦手な力比べには持っていかないつもりのようだ。短期戦には不向きだろう。一撃必殺の技が無い。あるいは、最初の斬り込みで全てを終わらせる、という戦法なのかもしれないが。しかし短期戦が不向きだからといって、長期戦が得意なわけでもない。―――厳しいことを言うようだが、動き、というのは何度も見れば嫌でも慣れてくるものだ。速さで対抗していられるのも、おそらく一定時間内での話。
 さて、手中を知られた彼女は、一体どう動くのか。
 半ば強制的に立たされたこの場で、存外楽しんでいる自分がいることを自覚する。
 こちらは本気を出していない。先程の斬り込みは、相手がどう出るかを調べるため、またもしもの時に小回りが利くようにとかなり力をセーブしていた。それは相手もわかっているのだろう。だからこそ、無闇に斬りかかってはこない。
 このままでは埒が明かないということは、双方わかっている。しかし、だからといって斬りかかることは躊躇われる。相手の実力と自分の実力を知っているからこその行動だ。
 先に動いたのは、意外にもアーシャだった。そのことに多少の驚愕を覚えながらも、落ち着いて対処する。下方からの薙ぎを飛び退いて避けると、そのまま反動を使って正面から斬り込む。避けられることは想定内だったのか、慌てることなくそれを止める。
(避けないのか…?)
 正面での競り合いならば、アーシャが負けることは必然だ。それは彼女もわかっている――だからこその、あの戦い方だ――はずだが。
 剣が触れ合った瞬間、アーシャが身を引いた。その意図に気付き、前に行く力を止めようと足で地を踏むが、その状態で足払いを喰らう。
 内心舌打ちをしながらそれを敢えて受け入れる。アーシャはまさにそれで終わらせようというのだろう。剣先を突き出す。それが完全に自分を捕らえる前に、地に付けた片腕のみで身体を横に飛ばした。それに驚き、思わず剣を引いた彼女の動向に警戒しながら、低空で一回転し、片足で着地。そのまま、相手の剣を弾き飛ばそうと踏み込む。直前で我に返ったアーシャが身を引こうとし、しかし避けるだけの時間が足りない。それは本人が一番よくわかっていたのだろう、見えた敗北に顔が歪んだ。
 その瞬間、何故かぞくりと、エインレールの背筋を悪寒が伝い、
 ――――――キィンッ
 ありえない、ことが起こった。
「な…っ」
「え…?」
 それこそ、集中力をそこで強制的に途切れさせるほどの。
 二人の手にはまだ剣が握られている。
 しかし、
 ざんっ、とエインレールの後方の地面に、剣が突き刺さった音がした。
 本来ならば剣を弾き飛ばし止まるはずであった剣は、勢いを殺す対象を失い、そのまま真っ直ぐ―――先が失われた剣の柄を持つアーシャの、ちょうど首のあたりを目掛けて、――――。

 ごうっ、と狭いその間を、風が吹いた。

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