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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 [ 夢見 ]

「そういえば」
 ぽつりと、アーシャが自身の姿に目を落として、エインレールに訊ねた。
「これって、誰のものなんですか?」
 言われてから、彼女の格好を見る。たしかに昨日の服(つまり彼女が着てきた服とも、その後拉致された後に着ていた服とも、という意味)とは違っていた。
 見覚えのあるものだ。エインレールの脳裏に、悪魔の笑み(巷ではアレは天使の微笑みと噂されていたが)を浮かべた一人の少女の姿が浮かんだ。
 なんとなく言う気が起きなくて、教えてもらわなかったのか、と逆に訊ね返せば、そんな時間はなかったのだと若干渋い顔をされた。なんでも、今朝起きたらいつの間にやら控えていたメイドに着替えさせられそうになったのを、慌てて止めると同時にソレをぶんどり、勝手に自分でやるからと追い出してしまったので、誰のだろうと疑問に思った時には答えてくれる者はその場にいなかったらしい。
 市井に紛れても、全く違和感を覚えさせない服だ。それでいて、上等な布が使ってある。もちろんぱっと見ではわからないだろうが。
「………やっぱりあたしが着てたのより素材が良さそう」
 ぼそっとそんなことを呟いたアーシャの言葉は、エインレールの耳には入らなかった。
「というかこれ、まるで、…その、お忍び、に使う服みたいですよね」
 少々声を落としたアーシャの言葉に、みたいじゃなくて全くその通りだからな、と内心首を縦に振りながらも、敢えてその疑問には答えずに、続けた。
「それ、ベルのだよ。サイズは大丈夫そうだな。良かった」
「ベルさん…ですか」
「そう」
 そこで声を落とした。そしてアーシャの耳に顔を寄せ、
「ベルフラウ。第二王女だよ。俺の妹」
 それだけ囁くと、顔が離れた。
 にこりと笑う。
「今は嫁に行っちまっていないけど。それはそん時置いてったもの。いつか誰かが使うから、って言い張ってさ。………本当に使うことになるとは、思ってなかったけど」
 それはそうだろう。アーシャだって、まさかこうして王女の物であった服を着ることになろうとは、まったく想像もしていなかったのだから。むしろ、していたらすごいくらい。
「あいつ、若干予知能力が備わってるからな」
「予知能力…ですか?」
 そう、とエインレールは頷いた。
「あいつの場合は、“夢見”だな。珍しいけど、いないわけじゃない。―――っていっても、今回みたいな、しょうもないことばっか視えるもんだけどな」
 苦笑交じりに息を吐く。それを見たアーシャが、そんなことないですよ、と否定した。
「だってこれがなければ、あたしこうして外に出れてませんよ。エイン、聞きましたか? あたしが元着てた服、あれ、捨てちゃったんですって。酷いですよね、所有者になんの断りもなくそんなことするなんて!」
 話していくうちにその時のことを思い出したのか、顔がむむ…と歪んでいく。その様にエインレールが思わずくすりと笑えば、じろりと睨まれた。
「ほ、本気なんですよ…? 本気で怒ってるんですよっ? あ、あたしが母さんからもし問い詰められるようなことがあったら、エインからもちゃんと言ってくださいね! あたしの所為じゃないって!」
 それで食事抜きにされたら割が合わないですよ、とぶつくさ言う彼女に、わかったわかった、と返した。どうやら彼女、母親に頭が上がらないらしい。
 暫くはそんな調子でしかめっ面であった彼女だったが、流れ行く風景に、次第に自然が増えていくようになってからは、目を輝かせて車窓から外を眺めていた。やはり故郷に帰るというのは良いものなのだろう。
 少女の姿と窓の外の景色を視界に収めながら、そういえば、と思い出した。
 一度だけ、ベルフラウが泣き出したことがあった。
 エインレールが、彼の妹・弟である双子と昼寝をしていた時のことだ。たしか、随分と小さい頃だった。そう記憶している。彼女の泣き声で、エインレールは目を覚ましたのだ。弟の方はまだぐっすりと寝ていたが、この調子では起き出しかねない。それは勘弁して欲しいと、自分が静かに寝ていたい一心で、彼女に泣いているわけを訊いたのだが、確かその時、彼女は、こわいゆめをみた、と言ったのだ。
 とてもとても、恐ろしい夢を見たのだ、と。
 夢の中は、夜なのに、夜じゃなかったのだ、と。
 そう言って泣いていた。
 当時は彼女に予知の能力が備わっているとは知らなかったし、知っていたとしてもそこまで考えが回っていなかっただろうが、もしかしたら、それも何かを暗示していたのかもしれない。
 もちろん、違う可能性だって十分ある。所詮は子供の夢だ。ただちょっと、恐ろしいだけの。だれだって見るものだろう。そう言ってしまえば、終(しま)いだ。
(結局のところ、どうだったんだろうな)
 エインレールは、その時の妹の顔を脳裏に浮かべた。
 不安に歪む顔。大丈夫だよ、と声を掛ければ落ち着いたようだった。もしもの時は自分が護ってやる、とそういえば、彼女は安心したように笑ったのだ。手を繋げば、また眠りに落ちていった。
 ………今思えば、あの頃が一番素直で可愛い時期だった。今じゃ考えられない。なにせ、こちらの不幸を酒のつまみにするような性格だ。(尤もこれはあくまで比喩である。彼女は酒を嗜まない)
(恐い夢、か―――)
 一体それは、どんな夢だったのだろうか。
 そんなことが、唐突に気になった。
 夜が夜でない夢?―――聞いただけではわけがわからない。おそらくそれを視たという本人もわけがわからなくて、そのわけのわからなさが不気味に映って泣いたのだろうが。
 彼女が憶えていなければ、それもそれでよし。もし憶えていたならば、いつか機会があった時にでも訊いてみようか。そう考える。おそらく憶えていたとしても、恥ずかしがって(しかし恥らう素振りなど表には全く出さずに)忘れたふりをするだろうが。それに、次に会うのがいつになるやら、さっぱりだ。王宮を出てからは、なかなかこちらに戻ってこないし。
 それほど重要なことでもないからな、と結論付けたところで、あ、とアーシャが声を上げた。
「着きましたよ、エイン!…って、エイン? もしかして、寝てますか?」
「いや、起きてるよ」
 しかし、寝ているのとほとんど同じ状態だったことは確かだ。かなりぼーっとしていた。
 やけに昔のことを思い出したものだ。彼女が故郷を見る目を眺めていたからかもしれない。それで自分もつい、追想してしまったのだろう。
 ぐっと身体を伸ばす。ずっと同じ体勢でいた所為か、若干強張っていた。
 早くしないと汽車出ちゃいますよー、と急かすアーシャに若干引っ張られるような形で、彼女の隣を歩く。
 その時には既に、先程のことは全て頭の隅に追いやられていた。

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岩月クロ
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