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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 緊張の糸が切れたアーシャは、その場にへたん、と座り込んだ。
 みっともない。そう思いながらも、しかし意識はそこには向いていない。
(何が起こったの…?)
 既に終わってしまった出来事を思い返す。
 勝てる。一瞬だが、そう思った。
 その気の緩みの所為にするわけではないが、そこから難なく逆転され、負けた、と思った。
 先に負けることを暗に言われていたにも関わらず、どうしようもなく悔しくて、だから、――――だから、負けたくなかった。そう『負けたくない』と思って、そして、その後に……自分は。
 突然に、自分の中に今まで無かったような力が湧き上がったような。――――それは錯覚?
 わからない。とにかくその時は、負けたくない、という想いしかなかったのだ。
 そして、ぴきん、と。嫌な音が耳に届いたのも、ちょうどその時だったように思う。相手の剣が、こちらの剣を弾くように触れ、剣を持つアーシャ自身も、それが為されることはわかっていて、―――けれど、何かが、それとは違う何かが、自分に警鐘を鳴らしていた。
 コレハ、キケン。コノママダト――――
 その続きが浮かぶ前に、ソレは起こった。
 視界の端で、何かが飛んでいくのが見えて。
 相手も自分も、アリエナイそれに、目を見開いた。
 次の瞬間。その『危険』が頭に浮かんだ。おそらく、エインレールも同じ未来が見えたのだろう。
 しかし、気付いた時には、遅かった。
 勢いを帯びたままの剣が、首元目掛けて―――――――。
 浮かんだのは、死の未来。死ぬ未来。止めたい。しかし、止める術はない。都合良くまた、誰かが助けにでも来てくれたら、なんて夢のようなことを考えて、

 そして、風が吹いた。

 アーシャがわかったのは、それだけだ。
 自分の首は、結果きちんとあるべき場所にちゃんと在ったし、それどころか、傷一つなかった。その代わりに失われていたのは、確りと握り締めていたはずの剣。相手のソレもない。
 ならばどこにいったのだろう。
 未だに呆然としている頭を無理やりに動かし、周囲を見る。庭の方を見て、すぐに固定した。
 何かが、とてつもなく強い何かが通ったかのような、そんな跡。今にも倒れそうな木――確かにそれは、先程までちゃんと立っていたはずだ――に、剣が突き刺さっていた。突き刺さっている、ということは、あれがエインレールの剣なのだろう。視線をさらに後方に向けると、内と外を分けるための柵に、折れた剣が引っ掛かっていた。
 果たしてそれが何を指すのか。
 再び顔を動かす。
 “ソレ”とは逆の方―――つまりそれの発生源と思われるそこには、少しだけ疲れた顔をしたウェスタンが立っているのみだ。
「いつまで呆けてる」
 そんな言葉に、けれどやはり意識は引き戻されない。
「アーシャ」
 名を呼ばれ、目の前に差し出された手に、視線を合わせた。それをそのまま、上に移してみる。自分とは違い、何が起こったかを理解したらしいエインレールが、気遣わしげな表情をしていた。
 それを見て、ようやく――何が起こったか、その詳細は依然わからなかったが――我に返る。
 と同時に、自分が負けたことも。それは残念ながら、理解できた。
 だからだろうか?
 子供染みているとはわかっているが、なんだか素直に手を取るのが癪だ。
 差し出された手を無視して立ち上がる。一瞬エインレールが固まった気がしたが、それも含め全て無視。
「………参りました。手合わせ、ありがとうございました」
 軽く頭を下げ、けれど上げた時にキッと相手を睨み、
「でも、次は負けません」
「………………」
 その様子に呆気に取られていたエインレールは、しかしにっと笑った。
「次も勝つ」
「む…絶っ対、負けませんから」
 頑なにそれだけを言うアーシャに対するくつくつという笑い声は、ウェスタンのものだった。
「面白い嬢ちゃんだな。仮にも王子相手にそこまで言うか」
「アーシャです」
「つか、仮にもってどういう意味だよ」
 両方からのツッコミ(片方は単なる訂正、だったが)にも、ははっと笑うだけで、大した効き目は無いようだ。
 それに更に顔を険しくさせたエインレールは、
「笑ってないで説明しろ。アンタのことだ。わかってるんだろ、どうせ。どうして剣が折れたのか」
「え? あれは単なる偶然なんじゃ、」
 言いかけて、口を噤んだ。二人の顔が、呆れたように自分を見ている。相当場違いな言葉を口にしたらしいと悟り、頬を蒸気させた。
「まあ、推測ならあるが。―――アーシャ」
「ひゃいっ」
 初めて呼ばれた名に、思わず声が裏返った。それに対しウェスタンが苦笑し、けれどすぐに顔を引き締めた。
「お前、剣が交わる前に、何か感じなかったか?」
「へ? 何か………ですか?」
 何か、と抽象的な問い掛けに、首を捻る。
 そういえば、妙な感じがした気がしたが、けれどそれを口で説明するのは難しい。そもそも、それが正しい感覚だったかどうかも怪しい。今言われ、初めて思い出した程度なのだ。あるいはそれは、「何か感じた」ことを前提に問われた言葉に矛盾が生じないよう、自分が無意識のうちに、その時の感覚を勝手に操作してしまった結果かもしれない。
 そんな理由から、曖昧にしか返事を出せないアーシャを見て、責めるようでも呆れるようでもなく、その顔をエインレールに向ける。
「エインでもいい」
「俺?」
 急に振られたエインレールは驚いたように目を見開いたが、鋭くソレを細めると、
「そういえば……何、と問われるとわからないんだが、妙な感じがしたことは確かだな」
「嫌な感じだったか?」
 重ねて問うウェスタンに、その時のことを思い出そうとしてなのだろう、エインレールの視線が斜め上を向く。
「………よくわからない。そうだったかもしれないし、でも……そうじゃなかったかもしれない。曖昧なんだ」
「そうか。―――そんな感じで良いんだ、嬢ちゃん。お前も何か感じただろう?」
「あたし………気のせいかも、しれないんですけど」
 恐る恐る、口を開く。
「自分の内側から、何かが流れ出てきたような………。あ、でも嫌な感じはしなかったですよ。今考えると、……少し怖いですけど」
 あれは一体、なんだったのだろう。
 全く知らないもの――――いや、そうではない。
 どこかで知っている。
 どこかで、同じようなものを見たことがある。
 あの感覚は、
「おそらく魔力、だな」
「魔力…」
 そうかもしれない。言われて、ますますそんな気がしてきた。そうだ。そうだった。思い出す。記憶の中から、それを見つけた。似ていると感じたそれは、あの十字架を剣に変える時に一瞬感じるもののことだ。
 それが実際のところ、本当に『魔力』と呼ばれるものなのかはわからないが。
 唸るアーシャを他所に、エインレールとウェスタンが話を進める。
「どういうことだ?」
「簡単に言や『暴走』だな。自己防衛本能、と言い換えてもいい。あれが戦場でのことなら、まず間違いなく先に待つのは『死』だからな。なまじっか腕が立つ分、それが働いちまったんだろう。それに剣が耐え切れなかった。あれは魔力に対する耐性が無いやつだからな。あるやつを渡しゃ良かったんだが………まさかあそこまで強い魔力を持ってるとは思わなかったんでな」
 その説明に、エインレールは難しい顔をした。彼女は相手の攻撃だけでなく、自分からの攻撃にも警戒しなくてはならないのか。そうすると、意識が集中できなくなり、非常に厄介だ。命の危機さえ生み出すかもしれないのだから。
 そんなエインレールの不安に気付いたウェスタンは、それを杞憂だとばかりに、あっけらかんと笑ってみせた。
「嬢ちゃんは魔法の訓練を受けてねえんだろ? 受ければ抑えることはできる。とりあえず、自分を危険に晒すようなことはしなくなるだろう。それに、」
 にやり、とウェスタンは口元を軽く上げた。
「その嬢ちゃんの魔力に合わせて、俺が、剣を打つんだ。大丈夫に決まってる」
 その様子に、はあ、とエインレールは複雑そうに息を吐いた。確かに彼の腕は信用しているし、やると言ったからにはやるのだろうが…しかし、そこまで自信満々に明言されると、逆に心配になってくる。
 本当に大丈夫なのだろうか、と未だ浮かない顔をする彼の隣で、アーシャは真摯な目を向けた。
「本当ですか?」
「あぁ? 俺を疑うってのか?」
 じろ、と途端に不機嫌そうに顔を顰めたウェスタンに、慌ててアーシャが手と首を左右に振って否定した。
「ち、違います。剣のことじゃなくて…その、魔法の訓練を受けたら、ちゃんと制御できるっていう…」
「ああ、なんだそっちか。ま、たぶん…だけどな。嬢ちゃんに才能が無けりゃ出来ないが。――――もし才能があったなら、その魔法を更に、剣術に取り入れることが出来るかもな」
 そうなれば面白い、と付け足したウェスタンの顔は、明らかに楽しんでいるようだった。
「………そうなった方があんたが楽しいってだけの理由じゃないか、それ」
 ぼそっと呟かれたエインレールの言葉に、「そうなんですか?」とアーシャが二人の顔を交互に見、訊ねる。それに対して大きく頷いた二人に、アーシャはがっくりと肩を落としてみせた。
「大体魔法を剣術に取り込むってのも………少なくとも俺は見たことないよ」
「…珍しい、ではなくて?」
 その言葉ではまるで「存在しない・いない」と言っているようだ。否、まさしくそう言っているのか。
「元々魔法使いってのは後方援助が主だっているからな」
「そうだな。まず間違いなく接近戦は避ける。単体なら尚更だ」
 へえ、とアーシャは相槌を打った。
「それって…えぇと、発動に時間が掛かるからですか?」
「あぁ。どうしてもその間隙が出来るからな。―――ただ単純に、魔法使える奴で、更に剣の扱いが上手い奴がいないってこともあるんだろうが。…ま、俺は魔法使いじゃねえから詳しいことはわかんねえけどな」
「え?」
 魔法使いじゃない?
 ウェスタンのその言葉に、アーシャは大きく目を見開いた。
「でも…あの風は、魔法、じゃないんですか?」
「あー。あれか。あれはまあ、魔法、だな」
「ウェスタンさんが使ったんですよ、ね?」
「まーな」
 それじゃあ、彼は魔法使いなんじゃないのだろうか?
 頭を抱えたアーシャに、エインレールが助け舟を出した。
「魔法が使えたら魔法使いってわけじゃないんだ」
「…え? そうなんですか?」
 きょとんとしてから、また口を開く。
「でも、魔法が使えるから魔法使い、なんですよね…?」
「まあ…そうなんだけど」
 余計にわけがわからない。
 ――魔法が使えないから魔法使いじゃない。
 ――魔法が使えるから魔法使いだ。
 それはわかる。でも、魔法が使えるけど魔法使いじゃない、というのは一体どういうことか。
「魔法使いの基準ってのは、無駄に高ぇんだよ。確か…基本魔法五つが使えれば認定される…んだったか? エイン、そうだったよな?」
 いまいち記憶が曖昧なのだろう、是非を問う声に、エインレールが頷いた。
「ウェスタンの場合は、その内の一つを取得してるだけだから、魔法使いではないんだ。まあ、だからってそれが必ずしも、威力と直結してるわけではないんだけど」
 その言葉に、庭の様子をもう一度見てみる。薙ぎ倒されている大木。あれは並大抵の力では倒せないだろう。
「あたしはどっちなんでしょ?」
 魔法使いか、そうでないか。
 出来ればそう呼ばれるくらいに使えるようになりたいが、ウェスタンのように、魔法使いと呼ばれるものになれなくても、一つの魔法にあれほどの威力があったら、それも良いかもしれない。
 どちらかでありますようにと、アーシャは祈らずにいられなかった。
 もしそうでないとしたら。
 自分には勝つために必要な強みがないと、理解してしまったから。

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