忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[30]  [31]  [32]  [33]  [34]  [35]  [36]  [37]  [38]  [39]  [40
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




「ここ」
「ここ、ですか?」
 王宮の離れ。離れといっても、やはり自分の家よりずっと豪華な造りだと、若干悲しいような気持ちになりながら、アーシャは呼び鈴を鳴らすエインレールの横で、直立不動の姿勢をとった。かなり緊張している。なんだかんだと言ったが、剣の職人というものには興味があったのである。それから、尊敬も。
 しかし、中からは何の反応も無い。
 緊張した分、少し拍子抜けした思いに駆られながら、隣に立つエインレールに訊ねた。
「…留守、でしょうか?」
「そんなはずはない」
 そう言ったエインレールの表情は、やけに呆れが含まれている。自分の緊張が気取られたのかと思ったが、視線はドアに固定されているし、どうもそうではないようだ。
「どうせ居留守だろう」
 決め付けのように、あるいは独り言のようにそう言うと、「こっち」と言って歩き始める。出直すのかと思ったが、どうも方向からしてそうではない。
「ど、どこ行くんですか?」
「裏に回る」
 回ってどうするというのだろう。疑問が生まれたが、どうやら答えてくれる気は無いようだ。戸惑いながらも、小走りでその後ろをついていく。歩幅が違うので、そうでなければついていけなかった。先程並んで歩いていた時はこちらのペースに合わせてくれていたのだろうと思うと、なにやら申し訳ないやら嬉しいやら、複雑な心境だ。
 しかし、今はそんな余裕すらないらしい。これが普段の彼のペースなのだろう。
 裏に回る、といっても、この離れ、もちろん王宮とは比べ物にならないのだが、それでも広い。裏に回るのだけでもかなり時間が掛かる。油断すれば開いてしまう距離に、これ以上開かないようにと彼の後ろについて歩くことだけに集中していたら、急に立ち止まった彼の背中に激突した。ふぎゅっ、と変な悲鳴が漏れる。あと鼻が痛い。
「止まるんなら止まるって言ってくださいよ!」
 鼻を押さえながら怒鳴れば、さすがに悪かったと思ったのであろう彼は、「悪い」と本当に申し訳無さそうに告げた。そうなるとなんとなく許さなくてはいけないような気がしてきて、別に大丈夫だったから良いですけど…、とやっぱり鼻を押さえながら言う。その様子は傍目から見たら、大丈夫でなさそうだったが。
 しばらくそうして鼻を押さえて、痛みが取れてきた頃に手を離す。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。―――それで、裏に回ってどうするんです?」
「こうする」
 言うなり、どんどんと乱暴に窓ガラスを叩き始めた。その光景にぎょっ、としてアーシャは動きを止めた。本当はその行動を止めた方が良いのだろうとは思ったのだが、どうも急なソレに思考が上手く働いてくれない。そんなに強く叩いて、ガラスは割れないのだろうか。いや、きっと高いし、そんな簡単に割れるようには出来てないはずだけど、でも………。
 いい加減に止めようか。とアーシャが思い始めた頃、
「あーーーっ、もう、うっさいわ!」
 中から、初老の男とおぼしき怒鳴り声が聞こえた。びくっと肩を震わせたアーシャに構うことなく、エインレールが呆れた口調で言い放つ。
「あんたがさっさと出てきてくれないのが悪い」
「俺の貴重な睡眠時間を邪魔したお前の方が悪ぃに決まってんだろ」
「貴重? いっつも寝てるじゃないか」
「時間の問題じゃねえ」
「じゃあ一体どういう問題なんだよ」
 ぽかん、とアーシャは、第三王子と鍛冶職人(おそらく本人)の言い争いを傍で聞いていた。が、我に返り、止めなければ、という意識が働く。というか、この二人は、止めないといつまでも言い争っているような気がする。
「あのっ」
「んあ?…おいエイン。誰だい、この嬢ちゃん」
「………まあいろいろあってな。協力者、だ」
「あのっ、はじめまして、アーシャといいます。あの、それで、えと、…剣を、打って欲しい、んです、が………」
 おろおろとしながらそう言えば、ふうん、と男はそのままガラス窓を閉めようとする。それを慣れた様子でエインレールが止めた。どうやらこのような行動をするのは初めてではないらしい。
 くそ、と悪態を吐きながら、
「あのなぁ、俺ぁ剣握る本人が居ないと作らねえっつっただろーが」
「だからこうして本人を連れてきたんだろうが。早とちりで閉め出そうとするな」
「本人…?」
 男は遠慮無しにアーシャを見た。その目が「お前が剣を持つのか? というか持てるのか?」という疑問を訴えている。
「………………」
「あー。わかった! わかったからそんな睨むな。―――つってもなあ、剣、ねぇ…」
 難しそうな顔をした男は、そのまま踵を返すと、家の奥へと消えた。
「…えーと、あの人が?」
「そうだ」
「……どっか行っちゃいましたけど」
「そうだな」
「………待つしか、ないんですか?」
「………ああいう人だから」
 初めてただの肯定以外の返事が返ってきた気がしたが、しかしそれは何の解決にもならない。はあ、とアーシャは小さくため息を吐いて、庭の方へ目を向けた。
 …寂しい庭だ。侘しくも、ある。場所には同じだというのに、煌びやかが売りの城とは、えらい違いだ。なにせ、花の一輪すら咲いていないのだ。ただ木が点在しているというだけ。中にはその木すら薙ぎ倒されているところもある。切り株の大きさから、かなりの大木だったことが窺えた。
 しかし、あの切り株。断面からしても、切ったというよりは、もぎ取られた、という印象を受ける。一体何があったのだろうか。
 とにかく、なまじっか大きいだけに、寂しさが強調されて、おまけにそこに在るものの所為で不気味さすら醸し出していた。小さい頃、夜にふざけてツベルの森に入ったことがあったが、あの時と同じような感覚。それほど鬱蒼としているわけではなく、また空も明るいのでそこまでではないが、これで暗かったりしたらかなり恐いだろう。それこそあの森くらい。―――しかし確か、あの時恐かったのはツベルの森の不気味さではなく、帰った時に鬼の角を生やして憤怒していた母親だったような……。大婆様も止めてくれなくて、それが母親同様怒っているからだとわかっていたので余計に恐かった思い出がある。森に入ったのは自分なので、自業自得、なのだが。
 ―――もし、今またあそこに入ったら、今度は、
「どうかしたか?」
「え? いえ、別に…なんでも」
 ふるふると首を振る。下手な感傷に浸ってしまった。もしまた夜の森に入ったら、今度は自分を怒ってくれる人は、一人だけなのだと、そんなことを考えてしまった。あの優しくも厳しく、凛としていた自慢の曾祖母は、もうどこにもいないのだと、そんなことを考えてしまった。
(誓ったのに。あの時―――大婆様の、葬儀の時に…)
 涙を零す地の民を見て、大婆様が慕われていることを想い、そんな風に、なろうと。そんな風に、強くなろうと。だから―――
「この騒動が終わったら、あたし、ツベルに帰ります。約束です。―――そう、王様に伝えてもらえますか?」
 にこりと、笑った。
 本当は、一刻も早くに、あそこに帰りたい。否、帰らなくてはいけない。自分は大婆様のひ孫で、いずれはあの地で長になる者だ。それがいつ決定されたことなのかはわからないが、大婆様がわざわざ自分を後継者に、と指名してくれたのは確かな話だ。それだけの信頼を与えてもらっていた。それを知ったのは彼女の葬儀の後だったが、だからというわけではなく、ただ自分の意思でそれを受け入れた。
 ―――皆を率いる長になりたい。あの人のように。
 そう、心の底から思った。そう誓った。自分に。
 だから早く帰らなくては。
 今は、無理だけど。半端な気持ちを抱えたままでは、いられないから。
 でも、それら全てに、少なくとも自分の中で、ちゃんと片が付けられたなら、その時は、絶対に―――。
 相手が息を呑んだ気配がして、
「――――わかった。伝えておく」
 その答えに、ひどく安堵した。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]