忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[26]  [27]  [28]  [29]  [30]  [31]  [32]  [33]  [34]  [35]  [36
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 作られた墓石は、立派で、けれど華美なものではない。そんなことに金を掛けるな、とはここに眠るその人の言葉である。
 他の人には決して『そんなこと』という言葉で片付けられることは無かったから、もういっそ作らなくて良いという生前の彼女の言葉に猛反発し、こうしてそれなりに立派なものが出来上がったわけだが。
 見るたびに涙が込みあがってくるのは、まだ消化しきれていないからか。けれど、それならば消化などしなくても良いとさえ思う。笑っていた方が彼女は喜ぶのだろうけれど、それでも。
「ここにいる時だけは、泣かせて、ね…?」
 笑っているから。ここに立つ以外の時は、義務としてではなく、ただ純粋に笑えているから。笑えている、はずだから。
 だから、お願い。
 優しい曾祖母の顔を思い出す。彼女は今の自分を見て、怒るだろうか? わからない。けれどきっと、今から自分がやろうとしていることに関しては、背中を押してくれるはずだ。そういう人だ。
 だから、お願い。
 ここでばかり泣く自分を、許してください。
 完全なる、それは我がままだ。
 ―――泣いても良いんだよ。
 この地の住民は皆、そう言って、自分を甘やかそうとしてくれる。けれど、それに縋りたくはないのだ。
「ちゃんと頑張るから。ちゃんと、力になってくる、から。…それで、解決したら、絶対に戻ってくるよ、ここに」
 何がなんでも、それだけは叶えなくてはいけない。何故なら自分は――――
「…いってきます、大婆様」
 小さく小さく、まるで何かの誓いのように真摯に呟く。
 ―――いってらっしゃい。
 声が聞こえた気がした。それが幻想か、あるいは自分の耳に残っているだけのものだとは、理解しているけれど。
 ツベルのことは、大丈夫だ。心配だけれど、大丈夫。ワルドもいる。ツベルの地の者たちもいる。自分一人が抜けても、彼らは確りやってくれる。少なくとも、中途半端な気持ちでこの地に残るよりかは、ずっと良いはずだ。「だから早く行ってきなさい。そこで自分のしたいと思うことをしてきなさい」と、そう言うはずだ、自分の知っているあの人ならば。
 立ち上がる。振り返ると、少し離れた場所に立つ彼の姿が見えた。ゆっくりゆっくり、歩いて近付く。彼に走り寄ることに抵抗感があるわけではなく、ただ敬愛する人の傍から離れたくないという気持ちが後ろ髪を引いていて、…だからだろう。
「もう良いのか?」
 目尻に残る水の跡を見たからか、彼は心配そうな表情をしている。
「はい」
 そんな彼の心配を払い除けるように、確りと頷いた。
「行きましょう。もうすぐ汽車が出る時間ですよ」
 にこりと笑う。
 少女はもう振り返らなかった。


 翌日、早朝にツベルの地を経った二人は、昼前には城下町へと着いていた。
「あー…帰ってきた」
「あたしは逆ですけどね」
 そんな会話をしながら、とりあえず腹ごしらえ、とエインレールの案内で店に入る。ここの料理は美味しい、とか言っているということは、やっぱり脱走の常習犯なのだろうかとアーシャは首を傾げたが、どちらにせよ自分には関係の無いことだ。要は美味しいご飯にありつければそれで良いのだから、とアーシャは結局それについて詳しく訊くのは止めておいた。
「というか、やっぱり剣は作ってもらった方が良いな」
「え? そうですか?」
 これがあるのに? と家宝の割りにはさして丁寧にも扱わず、ただ上着のポケットに入れてあるソレを取り出した。
「それは最終手段にしておいた方が良いだろ。丸腰だと思われてもなんだし、やっぱり普通の剣は持っとくべきだ」
「んー…でもですね、剣買うお金ないですよ」
 安いのなら買えますけど、と付け足す。しかし乗り気ではない。それを買うぐらいなら、という思いがある。
「言えば用意するだろ、あの人が」
 店は昼時だということと、それからエインレールが言うように美味しいという理由も相まってなのか、かなり混んでいる。ここで名前を出すのは無用心だと思い、あの人、という表現をしたのだが、無事に相手に通じたようだ。
「でも…なぁ」
 王女を護るため、だ。だから、それなりの物を用意するのは当然、とさえ言われるかもしれない。それでも気が引けるのは、その用意されようとしているものが、本来ならば一生掛かっても手が出せないような値打ちの物だからだろう。こっちが協力を頼んでいるのだから気にすることないのに、とエインレールは思うのだが、彼女としてはそういうわけにもいかないらしい。
「せめて半分は出したいんですけど…実際問題、そんな大金、ありません。あったとしても、出したら貯金が底をつきます」
 そもそも、それは自分の想像があっていたらの話で、実際はもっと高いかもしれない。少なくとも安くなることはないだろうなと考えると、はあっとアーシャは大きくため息を吐いた。
 彼女はどうあっても何らかの形で返したいようだ。エインレールはどうしたものかと考え、
「…その分、働いて返す、じゃ駄目なのか?」
「あたしが働いて稼げる額であるのなら、こんなに悩んでません…」
「うーん…。でも誰もそんなに気にしてないと思うけどな…むしろ世話になるくらいなんだから、こっちが」
「誰が気にしなくても、あたしが気になります」
「気にするな」
「無理です」
 そんな不毛なやり取りを繰り返しているうちに、料理が運ばれてきた。豪華、ではないが、下町ならではの温かみが詰まっている。どうぞと料理を置く定員も、にこにこと笑う顔が作られたものではないと思わせるソレなので好感が持てた。
「いただきます」
 少し幸せな気分になって、ふふっとアーシャは笑った。二、三口食べて、美味しい、と呟いてから、
「都会の料理って食べ慣れないから、あんまり好きじゃなかったんですけど…」
「偏見だろう、それは」
「いえ、でも本当に口に合わなかったというか……やっぱり、どうしても故郷の食べ物の方が美味しく感じてしまって。けどこれは美味しいです」
「そうか。よかった」
「ええ、よかったです」
 上機嫌のアーシャは、先程の応酬のことなどすっかり頭から抜け落ちてしまっているようだった。またそんなやり取りが始まっても、彼女は譲る気が無さそうなので、ある意味それはそれで良かったのかもしれないが。
「………………」
「………ん? なんだ?」
 何故だかじっと自分を見つめているアーシャに気付き、その視線に若干の居心地の悪さを感じる。何かおかしなことをしただろうかと首を捻るが、全くわからない。
 いえ…、とか、その…、とか歯切れの悪い彼女の返答を、仕方なく待っていると、周りを気にしながらのかなり潜められた声で、
「貴方のような身分が良い方って、庶民の食べ物を口にすることはないと思ってました」
「なんだよそれ」
 あんまりな言い方に、エインレールはがっくりと肩を落とした。それはまあ、そのとおりの者だっているし、それが当然だと思っている者もいるのだが、エインレール自身は特にそれを気にしたことはない。美味しいものは美味しい。それに庶民やらなにやらは関係ないと思っている。むしろ、堅苦しい儀式のようにとる料理よりも、こうした物の方が好ましくすら思う。
「頼むからその辺を一括りにしてくれるな」
「す、すみませんっ」
 やっぱり失礼だったかなあ、などとぶつぶつ言っている少女は、考えていることがそのまま口に出るタイプらしい。
 王族や貴族となると、周りは腹の中がどす黒いか、そこまではいかなくとも皆腹に一物あるようなやつばかりだ。信頼の置ける部下たちだって、仕事には忠実で、持ってくる情報は正確なのに、自分の本心だけはなかなか曝け出さない。
 ユリティアはそのどれにも当てはまらなくて本当に珍しいのだが、あれはそもそも、こういったことを口にするタイプではないし、それ以前にそういったことを考えてすらいないような気がする。王族としてはもう少し警戒心を持って欲しいのだが……周りは全員そういうタイプなので、出来ればそうならないで欲しいというのも本心だ。
 話は逸れたがそういうわけで、王宮で生きている自分には、こういうタイプは珍しい。……普通の一般市民の中でも、コレは珍しい気がするけれど。
 よくもまあ、この性格でこれまで生きてこれたものだ、と思う。下手すれば騙されて嵌められていてもおかしくない。そうなっていないのは、あの地の者が彼女を大切にしているからでもあるし、おそらく彼女が、(この性格はともかく)剣の腕も危機を察知する能力も確かで、嫌なことは嫌ときっぱり言い、時にそれで人を傷付ける覚悟が出来る者だからだろう。
 ―――本当に、珍しい。
 まるで動物園の珍獣を見るかのような目を彼女に向けていると、それに気付いたらしい本人は、きょとんとした顔をしていた。子供っぽい表情に、途端、その瞬間に抱いていた印象(特に後半部分)が崩れる。
「どうかしました?」
「…いや、別に」
 もし囮になるとしたって、これで周りを騙していけるのかと不安になっただけだ。心の中で、まるで言い訳のようにそう嘯く。自分の気持ちを誤魔化すように、「ああ、そういえば」と言葉を続けた。
「ツベルのことだけどな」
 びくり、とアーシャの身体が強張る。茜色の瞳が、何かを訴えるようにエインレールを見ている。その眼差しに、もうあの子供らしい輝きはない。あるのはもっと別の、強い意志が灯った光だけだ。
「俺から、父…あの人に兵を派遣してくれるように頼んでおくよ。いつになるかはわからないけど、なるべく早いうちに。ツベルの地は、ツォルヴェインの領地だから、あの人も動いてくれると、思うし」
 それで少しは安心してくれないだろうか、とそんな希望があった。ツベルの地にいる時にそれを話さなかったのは、怖かったからだ。特に、あの墓参りの後。言ってしまえば、彼女はそれならば自分が残ると言い出しそうで、それが嫌だった。…何故だろう。とにかく、嫌だった。怖かった。だから言い出せなかったのだ。
 アーシャは暫し考え込むように、食事の手を休め、視線を落とす。食堂内のざわめきが、遠くなった気がした。
 自身が纏う緊張に気付き、まるで審査されているみたいだな、と微かに苦笑する。
 ふわりと、彼女が破顔した。
「ありがとうございます、エイン」
 どーいたしまして、と返しながら、内心で、自分の臆病っぷりに嫌悪した。彼女がこの状況でそう言うしかないことは、わかっていたはずなのに。
 それなのに。
「…信じてませんか? 本当に感謝してるんですけど」
 ぷくう、と膨れっ面をするアーシャに、救われる。それだけで、嫌悪が薄れた気がした。
「ありがとう」
 小さな声で、けれど精一杯の気持ちを込めて、言う。
 本当に感謝しているのは、こっちの方なんだ。そういうことを、自分は上手く言えないけれど…言えないからこそ、その一言を。
 ………。
 なんだか変な空気になってしまった。向こうもそう思っているらしい。無駄にそわそわしている。
「…食べるか」
「あ、はい」
「ちなみに食べたら、そのまま城に直行。で、あの人に会うことになるから」
「げ」
 じゃあゆっくり食べようかな、とぽつりと呟かれた彼女の言葉に、思わず笑った。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]