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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 [ はなみおはなし(5) -王と臣下の場合- ]


「いや~。やぁっぱ大勢で騒ぐってのは楽しいねえ。そう思わない? あーくん」
「そうですね。偶には良いと思いますよ」
 この国の現王であるクレイスラティ・ヴェイン・カスターはそう言ったが、しかし自身が座る場所は、その“大勢で騒いでいる場所”とは離れたところである。
 そのことに気付きながらも笑顔を崩さずに、アーフェストは主に言葉を返す。日の照った目立つ場所にいるというのに、彼の存在は依然として薄い。
 しかしそんなことはクレイスラティには関係ないようで、コップに並々と注がれた酒をぐっと呷って、機嫌よく笑う。
「そんなに一気に飲まれますと、フィラティアス様に叱られますよ?」
「だいじょ~ぶ。僕酔わない性質だからね。全然へーきです!」
 けらけらと笑いながらのクレイスラティの言葉に、アーフェストは疑念を持った様子もなく、「そうですか。それなら良いのですが」と言う。今度はどこかで貰ってきたらしい団子を頬張りながら、クレイスラティは残念そうに言葉を零した。
「フィラも来れば良かったのにねぇ」
「どうして来られなかったんです? あの方は、花がお好きでしょう」
 アーフェストは、主の妻である人物を思い浮かべ、首を傾げる。よく散歩に出て花を愛でている姿を見かけるから、外に出るということ自体が嫌いな様子ではない。
「さあ、どうしてだろうね。今日は気分が乗らなかったんじゃない?」
 騒がしいのが好きな人ではないからね、嫌いなわけでもないんだろうけど。とクレイスラティは周囲を見渡しながら答えた。
「それは貴方も同じであると思っていましたが?」
「…………そうだったかな」
 彼の王は、にこりと笑って小首を傾げる。そんなことを言うのは、おそらくアーフェストかフィラティアスくらいだろうと考える。あるいは、昔の自分を知っている誰か。しかし彼らは自分を恐れて逃げてしまったから、クレイスラティが今でも自分のことを“そう”だと思っていると確認できるのは、この二人だけだ。
「嫌いじゃあないんだよ」
 言い訳のように零す。
「知っていますよ」
 王の理解者であり、また有能で信頼の置ける臣下である彼は、一貫して泰然たる態度と薄い存在感を崩さぬまま、言い切る。
 それにしばし目を丸くさせたクレイスラティは、ハハッと笑い、
「あーもう…――――あーくん大好き」
「ありがとうございます。身に余る光栄です」
 他の者が聞けば、またどういう戯言を、と呆れの眼差しで返されることは必至だが、彼の場合は違う。彼の主の言葉であるならば、全てを受け入れてしまうのだ。別にそれが良いと言うわけでもないけれど、フィラティアスと並んで稀有な存在であることは間違いないな、とクレイスラティは考える。どうもこの二人には、自分も思うように偽れない。それを狙っているのだとしたら恐ろしいが、彼は――少なくとも彼にはそういった意図はないだろうことは、よく理解している。
「さてさて、そんな君に、助言を乞いたいと思うのだけど」
「なんでしょう?」
 んーとねえ、とひょいと地面からピンク色の花びらを拾い、もう片方の手には持っていた団子を掲げる。
「フィラのお土産はどっちが良いかなあ?」
「どっちも持っていけば良いのでは。花は押し花にして栞にするとか。フィラティアス様はお喜びになりそうですが」
「な~るほど~。あーくんあったまい~い♪」
 笑いながら、何枚か花びらを拾い、食べかけの団子を口に放り込んだ。もごもごと口を動かしながら、残りは彼女に持っていこうと考える。結構な量で、とても彼女が一人で食べ切れるとは思えないが、気にしない。
「しかし…」
 が、その言葉によって引き戻される。ん? と首を傾げて自分の臣下を横目で見て続きを促せば、彼はいつになく訝しげな顔をして見せた。
「何故、このような宴を開くことにしたんです?」
「偶には良いかなあ、ってさっきも………あれ、もしかして信じてない?」
 じいっとこちらを見る目を覗き込み、その色を感じ取る。それに対してくすりと笑えば、苦笑が返ってきた。
「貴方のことですから、それもあるのでしょうが―――でもそれだけではないのでしょう?」
「ははっ、考え過ぎ考え過ぎ!」
 笑い飛ばす。探るかのような瞳からは、目を逸らさなかった。
 本当に、本当だから。別に、他意あってのことではない。少なくとも、今回のこれは。
(ああ、だけど………)
 そうだねえ、と言葉を紡ぐ。もしもそれ以外の意味があるのだとしたら、それはきっと。
「強いて言うなら、春は僕にとっての記念だから、かな。それを勝手に祝ってる」
「…王就任の? それとも、フィラティアス様とのご結婚なされたことですか?」
 少し考えた後に、アーフェストが答える。彼にしては核心を突いていない。珍しいこともあるものだと思いながら、けれど一方で仕方がないのかもしれないなとも思う。
「前者についてはどうでもいい。後者については肯定で返すけど、結婚っていうか、出会い、じゃない? ま、結婚が出会いだったから、どちらとも言えないけどさ。―――それからもう一つの出会いも、この季節だったと思うんだけど。君、もしかして忘れてる?」
 少しだけ、きょとんと目を大きくさせる。一瞬、希薄であった存在感が、ぐっと強まった。次の瞬間には、すぐに霧散したけれど。
「まさかとは思いますが……私のことですか、それは」
「あっれ、“まさか”なんて言葉が付くんだ、そこに。僕としては結構劇的な出会いだったと思うんだけどな~」
 ふっと遠い目をする。遠い日の記憶に、想いを馳せて。
 あれから、もう何十年と経つのか。自分の手を、不意に見つめる。年を取ったなと思った。短いようで、やはり長い月日であったのだ。そんなことをふと、らしくもなく考えてしまった。まったく、春というのは、人の感傷に浸らせる効果も持つらしい。
「アーフェスト、君がいてくれて良かったよ。本当に」
「私がおらずとも、貴方は一人で全てをこなしてみせたでしょう」
「そうだけどね。でもありがとう」
 彼がいて何か変わったのかと問われると、勿論と答えられる自分がいる。
 彼がいて何が変わったのかと問われると、答えに詰まってしまうけれど。
 その変化が小さいものなのか、それとも大きいものなのか、自分にはわからない。彼が自分の人生に深く関わらないようにするという選択肢は、とうの昔に捨てたまま、消してしまったから。けれど、この“未来”に満足している自分がいるから、きっとこれで良いのだと思う。
 だから、これは祝いだ。
 出会えたことに、ただ感謝をするための。
 もしかすると。不意に気付く。大切な妻の部屋の窓を見上げる。もしかすると、彼女はこうやって過去を追憶する自分が出てくることをわかっていたのか。そこに自分が不要であると、あるいは邪魔であると気付いたから、来なかったのか。
「まったくもって………まいっちゃうよねぇ…」
 酒を注ぎ、また一気に呷った。アーフェストが窘(たしな)めたが、笑って気にしないでおく。
「さぁ~って、そろそろ戻ろうかな」
「主催が一番にいなくなるんですか?」
「別に僕一人がいなくなったって、誰も気付かないだろうさ」
 なんたって、この騒ぎ様だよ? と言って目配せする。確かに、この中に彼らの動向を気にする者はいないように見える。
 まあアーフェストには元々、彼の主が決めたことに反する気は毛頭無いのだけれど。
 微かに笑みを浮かべ、付き従う。その手に確りと花びらと団子が握られているのを見て、声を掛けた。
「それで結局、フィラティアス様へのお土産は団子だけですか?」
「あー、うん。押し花は今すぐにはできないからね~。仕方ない仕方ない。―――っていうかあーくん、君ね、そんなことまで気付かなくて良いから!」

 それは宴の隅っこでのお話。

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