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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 [ はなみおはなし(1) -王子と庶民の場合- ]


 どんちゃん騒ぎだ。もはや風情もなにもあったものではない。いや、これはこれである意味風情、なのかもしれないが。
 エインレール・ヴェイン・シャインは、そうは思いながらも、やはり頭を抱えないではいられなかった。
 なんだって、こういう状況になったのか。いや、原因はわかっているけれど。わかりたくなくても、わかってしまうけれど。
 ソレを捜して首を巡らせ、しかし途中で止めた。この人数だ。たとえ見つかったとしても既に始まって勢いもついている宴を止めることなどできるはずもない。怒鳴るくらいはできるだろうが、怒鳴ったからといって相手が反省するなどとは到底考えられない。怒り損だ。それに周りの目もある。城内だからそこまで気にしなくても良いだろうが。
(………ま、なんだかんだ言って、俺もこうして“良い場所”を確保してるんだけどな)
 木に背をもたれ座り込んだ格好で上を見れば、ひらりと舞い落ちる花びらが視界に入る。
 無礼講っていっても王子様ですからねー、と言って周りの連中に用意された場所に、半ば以上強引に押して引っ張られ座らされ(一体これのどこが無礼講でないと言えるのか、甚だ疑問だ)、結局こういうことになっているわけだが。
 はあ、とため息を吐いた。
「なに陰気そうな顔してるんですか」
 視界に影が入り、それと同時に柔らかな声が掛かる。上ばかりを見ていた顔をそちらに向ければ、案の定な人物が立っていた。元来こういうものは好きなのだろう。いつになく楽しそうだ。
 こちらに歩み寄りながら、手に持った二つのコップを軽く持ち上げてみせる。
「どっちが良いですか?」
「酒じゃない方」
「…どっちも違いますけど。大体、未成年ですし。持ってくるわけじゃないですか。持たされそうにはなりましたが」
 と、その時のことを思い出したのか、眉を寄せる。しつこかったんですよ、今日は宴なんだからとか言って。だからって飲んでも良いってことにはならないでしょうに。そんなことをぶつぶつと呟く。
「ていうか」
 呟きが唐突に終わり、矛先はエインレールへと向いた。
「飲むんですか? お酒」
「飲まないけど、飲んだことはある。付き合いで飲むことも、偶にならある」
「………そういうのを飲んでるっていうんじゃ」
 また眉を寄せたアーシャに、そうかもしれないな、と笑って返す。
「まあ良いです。―――で、どっちが欲しいですか? あ、中身はパインとストロベリーですよ。あと他に、何か得体の知れない創作物……他の皆さんが言うところの、サクラ味のジュースなるものもありましたが、見た目がやばそうだったんで止めときました。果汁は50パーセントにしたそうですよ。残りは…………わかりません」
 そこで少し考えるように小首を傾げる。そのままアーシャは困ったような顔をエインレールに向けた。
「もしかしてそっちが良かったですか?」
「それ、本気で言ってるのか?」
 何が好きでそんな危険そうな飲み物に挑戦しなくてはいけないのか。
 明らかに怪しい。作ったというからには、ここにあるものを使ったのだろうが、生憎とここに実の生るサクラの木は植わっていない。それならば一体、ここのサクラのどこから汁を絞りだしたというのか。怪しすぎる。しかも50パーセント。半分だ。それだけでも危険そうなのに、残り半分が不明とはどういうことか。絶対に碌なものが入っていない、ということは嫌でも理解できるが。
「まさか。言ってみただけです。あたしも飲みたくないですし」
 アーシャはにこにこと笑う。それで、どっち? と答えを催促するので、適当に指を差す。それを受け取り、礼を述べた。
 彼女はそれを受けてますます笑みを深くする。それからエインレールの右隣にすとんと腰をおろした。それを横目に見ながら、ジュースに口を付ける。味からして、どうやらパインのようだ。
「綺麗ですね~」
 先程自分がしていたのと同じように、アーシャがサクラの木を見上げる。
「ツベルでは花見はしないのか?」
「しますよ。結構命懸けですけど」
 命懸け?
「お弁当を作って、みんなでツベルの木がある場所でお花見をするんですけど、そこに着くまでの間にその香りに魔獣がついてきちゃったりとかして」
「場所を変えろ。場所を」
 危険すぎる。何を考えているんだ。思わずそう言えば、でも風習ですからね~、と非常に呑気な声が返ってくる。
「案外良い経験にもなるんですよ。危険はいつだって自分の隣にあるんだ、って。そういうのが、嫌でもわかりますから」
「それについては否定しないが、それにしたってその方法はどうなんだ…」
「ええ? 結構良いと思いますけど。今のところ、怪我人は出ていませんから。―――ああでも、今年はどうなるか、わかんないですね」
 ふっと過ぎった影は、けれどすぐに掻き消えた。
「まあ花がなくても、騒ぐことはできますから」
「それはもう花見じゃない気がするんだが」
 騒ぐことが主体なのか。まあ、単(ひとえ)に違うとも言えないが。元々騒いでなんぼの行事だし。
 そう思ってから、現在進行形で騒いでいる連中をちろりと見、でもやっぱり、とその言葉に付け足す。静かに花を見るのも、趣があって良いのではないか、と。
 と。
 わああああああ、と歓声。
 かなり盛り上がっているようだ。
 その異常とも呼べるほどの盛り上がりように、二人で顔を見合わせ、それからほぼ同時に騒ぎの中心へと目を向ける。どうやら騎士の集まりのようだ。大半は、というだけで、もちろん他の者も混じっている。大声であるおかげで、耳を傾けなくとも会話は難なく聞こえた。
「おい、誰か勇者になりたいやつぁいねえのか!?」
「飲み干せー」
「そして死ね!」
「冗談になってねえよ! 色がやばい! まじでやばいってこれ!」
「って、そこで俺に渡すなよ~。ほいパス」
「お前もか!」
 ………どうやら先程のサクラ味(?)のジュースについてらしい。
 またなんという低レベルな………れっきとした騎士なのに。実力があるので、まだ救われるが、それだけだ。なんだか頭が痛くなってきた。グリスとマーフィンはどこ行った、と唯一あれらを止められそうな彼らの姿を捜してみるが、見つからない。
 そうこうしている間に、“勇者”が見つかったらしい。既にかなり酔っ払っている。おそらく自分が今何を飲まされそうになっているのかさえわかっていないのだろう。飲ませようとしている方も、もはやそれが何であるのか、わかっていない様子だが。
 赤ら顔でいやに上機嫌なその男は、いっきま~す、とへらへら笑いながら、その不気味な色のコップを掲げた。そのまま豪快にごくごくと飲み始める。おお~っ、と周りから歓声が上がる。それでますます煽られて、結局全部飲み干してしまった。ぷはっ、と声を発し、そのまま空のコップを頭上高く掲げて見せた。またも、おお~、という歓声。今度は拍手付きだ。
 その男はそれらに対して満足気に笑い、――――そしてそのまま後ろに倒れた。
「おおっ? ま、まじで死んだかこれ?」
「あれ? ほんとに冗談にならない?」
「らめれ~す、みゃくがありまひぇ~ん! なんちて。……ひっく」
「どけ酔っ払い! 邪魔だっつの!」
「お前も酔ってるじゃないか…」
「とりあえず、あれだ! 吐き出せ!」
「無茶言うな! 意識ねえ相手にどうやって!」
「うるせー! 俺が無茶じゃないって言ったら無茶じゃねえんだよ!」
「ってお前も酔っ払ってんじゃないか!」
「ほっとくか?」
「ほっとけほっとけ!」
「いやいやいや、それは駄目だろ。まずいだろ。ほら、とりあえず……えーと、飲ませるか?」
「はははははっ! その状態でそれ以上飲ませるのかよ! 無理だろ!」
「お前が一番酷いわ~」
 わけがわからない。
 あー、と無意味に声を発して、頭を抱えた。どうしたものかこれ。絶対に市民には見せられない姿が、ここにある。ちょっと遠い目になりながら黙って見ていると(というか放心していた)、倒れた男が自分でごろごろと転がっていく。…どこかに。一体どこに行く気だろうか。彼がどこに行こうが、自分の知ったことではないが。
 まあ、いい。もう、いい。とりあえず、自分は何も見なかった、ということにしておこう。いざとなったらグリスたちが止めるだろう。そう結論付け、ふうっと息を吐きながら、乗り出し気味になっていた身体を、木に深くもたれる格好に戻す。
「良いんですか? 行かなくて」
「…行きたいのか?」
 行きたいと言うのなら、別に行っても構わない。その意味を持ってアーシャの顔を見れば、彼女は笑いながら首を振る。
「ここにいます。…ここにいたいって顔してますし」
 そんな顔をしていただろうか。確かにそう思ってはいたが、と首を傾げながらも、彼女の気遣いに甘え、そこから動かないことにする。
 未だに騒ぎの中心だった場所は、賑やかそうな雰囲気を放っている。黙ってそれらを見ていると、ひらりと舞った花びらが一枚、コップの中に落ちた。ちょっとびっくりしてそれをのぞいていると、それを見たアーシャが、くすくすと笑い始める。
 騒がしい中の、静かな空間で。
(あー…やっぱ静かなのも良いな)
 例年だったら兄弟や姉妹、それ以上に騒がしい親に囲まれているからできない体験に、エインレールは少女の隣で幸福そうに微笑った。

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