忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[96]  [97]  [98]  [99]  [100]  [101]  [102]  [103]  [104]  [105]  [106
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 要するに、親密度をアップさせたいのではないか。
 仲が良ければ、その分親身になって相手の護衛について取り組める。また、もしもの場合、相手の代わりをするなら、仕草や癖、そういったものを真似する必要がある。
 だからだろう。一緒にさせるというのは。
 他の誰でもなく、二人だけの時間。相手のことしか見えない時間。相手がいなくては、為しえない時間。
 それを得るために用意されたのだ。
 少なくともアーシャはそう考えていた。
 ―――実際に彼女に会うまでは。
 目の前で自分の手をぎゅうっと握りながらきらきらと瞳を輝かせるお姫様に、アーシャはなんとか笑みを返しながら、自分の考えは単に捻くれていただけなのではないか、とちょっとした自己嫌悪に陥った。


 今の状況を説明するには、ここから一時間ほど、時を遡らなくてはならない。


「このへんで止めにしておくか」
 マティアはポケットから懐中時計を取り出し時間を確認すると、アーシャに声を掛けた。しかし、言葉の最後に重なるようにして、巨大な光の槍があたり一面を滑るように迸ったため、どうやら彼女の耳には自分の言葉は入っていなかったようだと苦笑した。
 それの眩しさと速さから、目を細める。奥にぽつんと立つ木の周りをくるりと一周した後に、アーシャの元に戻ってくる。彼女の身体にそれがぶつかるかと思われた瞬間、その光は一瞬にして形を失い、後にはその名残のような小さな光の玉がぽつりぽつりと浮かんでいるだけだ。
「や、やった! マティアさん見ましたかっ? できましたよ!」
 それを確認するなり、アーシャは飛び上がって喜んだ。
 そんな彼女を横目に、マティアは、庭に出ておいて良かった、と心の底から思った。でなければ、ただでさえ世辞でも綺麗といえないマティアの研究室は、更に大変なことになっていただろう。
 本当は、今日は基本魔法の習得のみを予定していたはずだ。だから室内でも十分なはずであった。しかし昨日の今日でコツを掴んだとでもいうのか、それらを早々に終わらせ、更に試しでやらせてみた光属性の初級魔法すら会得した――ちなみにそらならこれはどうかと闇属性も試したのだが、こちらは全くのできなかった。尤も、常人であればそれが普通なのだが――彼女は、それじゃあ今日はもう終わるかと言ったマティアに、それより次に進みたいと申し出たのだ。
 そんなわけで、生得属性にも近そうで、実際に使わせてみて最も扱い易そうにも見えた光属性の中級魔法を教えてみたのだが………まさか成功させるとは。
 もちろん、そこに努力が無かったとは言わない。
 子供のように――実際まだ子供だと呼べる年頃だ――はしゃぐアーシャの身体には、無数の切り傷が残っている。失敗した際に、自分が放った不完全な光が暴走し、彼女の身体を切り裂いてできた傷だ。直前で失敗を悟り、彼女が横に飛び退いたことと、魔法の軌道を無理やりにずらしたことで大怪我と呼べるほどには至っていないが、それでも見ている側としては痛々しい限りである。
 それよりも、切れたドレスをどうするか。マティアは顎に手を当てた。これは確実に、メイド長にどやされるだろう。それを思うと憂鬱でならない。
 正確な値段は知らないが、そうそう安いものではないだろうことは流石にわかる。なにせアーシャは、彼女自身がそれを知っているかは別として、王子の姫と噂される人物だ。そんな娘に滅多なものは着せられないと彼女たちが張り切っていたのは、なんとなく知っている。その上素材が良いから、尚のこと熱も入るというものだろう。
 まあでも、なんとかしてくれるだろう、あちらさんが。とりあえず自分は、彼女たちの愚痴だけ聞いていればいい。――最終的に投げやりな結論を出したマティアは、やれやれとばかりに頭に手をやった。
「マティアさん?」
「ん」
 短く返事をして、来い来い、と手で呼び寄せる。
「よく頑張ったな。初めてにしては上出来だ―――が、」
 何の疑いもなく近寄ってきたアーシャの額をぴんと弾いた。小さく呻き声。
「時間が掛かりすぎだ。それじゃあ実戦で剣と同時に使えはしないな」
 昨日に聞いた、彼女の目標だ。随分と高いところに設定したなと、耳にした時には驚きを通り越して呆れ果てた。
 これまで何度か挑戦され、それでも為しえなかったことだ。そもそも魔法使いという人種が剣という実際に身体を動かすことと相性が良くないというのも問題だったのだが、それを除いたって、もし成功させればとんでもない偉業である。
 そもそもが、挑戦しようとする者が少ないのだ。自分が剣が使えるというならいざ知らず…もしそれによって剣士が魔法を使えるようになったら、魔法のみしか使えぬ魔法使いの存在意義はどうなる。無くなる、ということはないだろう。しかし専売特許でなくなることは、痛い。
 自分にとって益とならない、しかもとても難しい問題に好き好んで立ち向かおうとする者は、物好きだとさえ言われた。城仕えの魔法使いの中でも、その研究をしている奴はいない。ほとんどが魔法自体の強化についてだ。かくいう自分もその一人なのだが。
「明日からは他の中級魔法を二、三習得した後に、時間短縮を目指してひたすら発動練習」
 通常ではあり得ないメニューだが、彼女ならこれくらいでちょうどいいだろう。
「はい!…でも、時間を短縮しても」
 威勢の良い返事の後、急に不安に揺れる顔。無理もない。魔法を扱えるからこそ、わかる。
 魔法は、集中力がものを言う。集中しなければ、発動は困難だ。それ故に、魔法使いは後衛専門となる。いくら発動を短縮したとしても、その一瞬の全ては魔法に向けなくてはいけなくなる。
 しかしそれでは意味が無い。前に立って直接敵と向かうのなら、一瞬の隙さえも与えられないのだ。それこそ、相手が強敵ならば尚更に。
「それが課題だな…」
 どうやって、その問題を解決するか。今のところ全く見当がつかない。
「こっちで手が空いてる奴…か、それを中断してでも乗り出してくる奴を集めて、検討してみる」
 ヒューガナイトあたりは、元々彼女の剣にも興味を示していたし、そこらへんをちらつかせれば自分から積極的に参加してくるだろう。倒れないようにと監視もできるし、一石二鳥だ。
 あとは誰がいたか、と頭の中で部下の予定と照らし合わせ、参加できそうな奴をピックアップしながら、アーシャにも声を掛ける。
「お前の方でも何かピンとくるようなことがあったら、遠慮なく話してくれ」
 といっても、初級者にそれを求めるのは酷だろう。しかし、あるいは彼女なら、という思いがあることも否定できない。
 …だが。
 こちとら、何十年と携わってきているのだ。そう易々と新米に先を越されて堪るものか。そんなことでは師匠などと名乗れないだろう。
「と、いけない」
 時間を再度確認する。やば、という声は心の中だけに留めておいた。
「アーシャ、今から二十分後に三ノ間で講義だから。お前も急いだ方が良い」
「にじゅっ…本気で急いだ方が良さそうですねそれは! というか“お前も”ってことは、マティアさんもお急ぎですか?」
 それに首肯で答える。
 どちらかといえば、アーシャの用事よりも、こちらの用事の方が差し迫っている。三ノ間への行き方を簡単に説明してから、別れを告げた。
 そんな風に急いでいたためか。
 重要なことを思い出したのは、目的の場所に着いた頃だった。つまりは、手遅れ。
(服がぼろぼろのまま講義受けるわけにもいかないってこと、伝えるの、忘れてた)

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



Comment 
Name 
Title 
Mail 
URL 
Comment 
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]