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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「さ、てと。それじゃあ、魔法の練習をしましょっ」
 頭に乗せられた手を外しながら、アーシャは顔を上げ、にこりと笑った。
 無理やりな感じはあったが、マティアはそれには触れなかった。代わりに、呆れを含ませた目を向けられる。
「お前な、昨日も言ったけど、初日であそこまで出来るのはすごいことなんだぞ? なんだってそう急ぎたがるんだ」
「ん~……まだ勝てないから、です」
「は?」
 誰に、と尋ねられ、アーシャは誤魔化すように笑った。
「負けたくない人に」
 エインレールの顔が頭に浮かぶ。
 そうだ。自分はあの人に負けたくない。
 対等になれるくらい、強くなりたい。
 約束がある。そういう約束をした。でも、それだけじゃない。それがなくても、おそらくそう思っていただろう。だから、それは関係ない。
 意地か、矜持か。それとももっと別の何かなのか。それだって分からない。
 ただただ、そう思う。
 彼のことを考えていると、何故だか胸にかかっていた靄が薄れた気がした。気が楽だ。難しいことは一切なく、ただ彼を超えるということだけに集中していられるからかもしれない。
「………意気込んでるとこ悪いけど、今日の練習は昨日より短いから」
「え、なんでですか?!」
 昨日だってそう長いとはいえない時間だったのに、それがもっと短くなる?
 信じられない気持ちをそのまま顔に出しながらマティアを見やれば、彼女は心底呆れたと言わんばかりの表情をした。何かとんでもない失敗をした気分になりながら、何かあったかと首を傾げる。剣を使った練習は、そもそもその剣がまだ完成していないから中止のはずで。それ以外だと、特に思い当たる予定は―――
「講義があるだろう」
「げ」
「げ、って…」
 はあ、とマティアはため息を吐いた。
「そんなんで良いのか、王子の妃が」
「…良くないでしょうね。でもあたしはなりませんので問題無いですっ」
「とにかく、勉強は大切だよ。花嫁修業だ」
「だーかーらっ、違うって言ってるじゃないですか~! 違いますからね。本当に! 姫様の侍女に扮するかもしれないから貴族様方の一般知識を学ばなくちゃいけないってだけの理由ですから!」
 頼むから妙な誤解をするのは止めて欲しい。いや、単にこっちをからかって楽しんでいるだけのような気がするけれど…。それでも尚否定するために口を開いてしまう自分を情けなく思う。しらっと流せてしまえば、こんなにも色々言われることは無いだろうに。わかっているのに出来ないジレンマ。
 それもこれも、全て元を正せば、あのふざけた思考回路の保持者である、我らが王様の所為だ。なんだかとてつもなく理不尽だ。当事者はあんなに気楽そうで、かつ楽しそうにしているのに、何故周りがこんなにも疲れなくてはいけないのか。
 せめてあの『褒美』の件を否定して欲しい。王の口から否定されれば、臣下だってそれを信じるだろう。たぶん。
 でもしてくれないんだろうなぁ…、とアーシャはこれまでの彼の言動を思い出した。
 ということは、もしかして、これからもいちいち否定していかなくてはいけないのだろうか? それはとても面倒なんだけど…。
「逃げるなよ」
「…何にです?」
 もしかして、また思考を読まれたか?
 ちょっとびくびくしながら答え、マティアの顔色を窺う。
「だから、講義」
 なんの裏もない、至って普通のソレに内心ホッとしつつ、表面ではしかめっ面を作ってみる。
「………逃げませんよ」
 本当はちょっと逃げたかったけど。
「ユリティア様が来るらしいから、その時に顔合わせもしとけな」
「あ、はい。わかりまし、た?」
 ユリティア様?
 って、あの、自分が間違われた…その方?
 なんでそんな人が、今この会話に登場するのか。聞き間違い…ではないだろう。
「あの、………なんで、ですか?」
「何がだ?」
「だから、なんでその…ユリティア様が、あたしのところに? もしかして、一緒にお勉強とか…?」
 まさかね。と思う。だって一国のお姫様だ。それが庶民と一緒に仲良くお勉強? ………俄かには想像しがたい光景だ。
「しない」
 その言葉に、少しだけホッとする。
「ユリティア様が、お前に、教えるんだ」
「ああ、なるほど、ユリティア様があたしに……―――はいっ?!」
「何か不満でも? この上なく光栄なことだぞ、たぶん」
「い、いえっ、不満とかじゃなくて、だって、姫様……え、姫様ですよね? なのに、どうして…?」
 混乱している頭で何度もマティアの言葉を繰り返してみるが、やはり脳に残っているその台詞に、そういう意味が含められていたのは、間違いない。無駄に一語一語を強調してくれたし。
 ぐるぐるぐるー、とショート気味の頭を抱えているアーシャに対し、マティアはうーんと悩んでみせ、
「まあ、ユリティア様だからなぁ」
「そういう纏め方されても、あたしにはわからないですからっ」
 それはきっと、内輪で通用する技だ。話したことすらない存在のことをそんな風に言われたって、わかるわけがない。「ああ、すまんすまん」とマティアは大して悪びれもなくそう言った後に、
「この城のやつには大抵それで通じるから、つい」
「…通じちゃうんですか」
 良いのかなあ、それで。いや、意思の疎通ができているというのは、とても良いことなのだけど。でも。
 なにかそれとは違うような、ともごもご呟く。
「それで、どういう意味なんですか、それ?」
「いや………」
 マティアが言いよどんだ。言いたくない、というよりはどう言えば良いのかわからないといった風だ。
 そんなに例えようの無い性格をしているのか。だとしたら、結構個性的な人柄なのだろうか。まさか父親似なのではないかと想像し、少し身体が震えた。いやでもエインレールは「とろい」という表現を使っていたし…だから、ぽんやりとしている子だと思っていたのだけれど。
 なかなか答えを出せないマティアの前で、アーシャもまた、悶々とした思いを抱えていた。
 暫く悩んだ彼女は、結局、
「会えばわかる」
 それを明確な言葉にすることはなかった。

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