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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 げっそり。としている。自分が。
 大丈夫かなあ、と心配になったりもする。なんだか無駄な体力を消費した気がする。大体が、なんで自分が着飾らなくてはならないのか。全く理解不能だ。そりゃ、いかにも庶民といった感じのヤツが城の中を平気で歩いていたのなら、それはそれで問題なのだろうが、だからってこんな豪勢なものを用意してくれなくたって………。
「はあ…」
 アーシャがため息を吐くと、タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどマティアが入ってきた。
 彼女の服は高級そうで、それでいてとても動きやすそう。そういえば、ヒューガナイトもこれと同じ形のものを着ていた。支給品なのだろうか?
 どちらにせよ、羨ましい。自分にもそういう服を用意してほしかったな、などと考える。そんな気持ちが表に出てしまったのか、マティアをじとーっ、と物欲しげな目で見てしまった。
「おはよ…―――どうした、お前」
 どうやら挨拶を中断させるほど、妙な表情をしていたらしかった。なんとなくその自覚はあったけれど、まさかそこまでとは。しかしだからといって、すぐに直せるものでもない。ぐったりしたまま返した。
「おはようございます、マティアさん…。………。………あの、なんであたしって、こんな格好しなくちゃいけないのか、マティアさん知ってますか?」
「エイン様の婚約者だからじゃないのか?」
「断りましたよ。丁重に」
 …まあ、丁重に、というのは少々語弊があるかもしれないが。
「そうなのか?」
 マティアは驚いたように目を軽く見開く。その反応に、何故だか嫌な予感を覚えたが、あえて触れてみる。
「どうしてあたしがエイン…様の婚約者だと思ったんです?」
 付け足した敬称は、やはり相手が王子という立場だからだ。本人は良いと言っていたし、自分でも今更だとは思うが、だからといって彼以外の者の前で軽々しく呼べるものではない。まして宮廷仕えの誰かの前でなんていうのは、相手の反応が怖くて、出来ない。マティア相手ならば、あまり気にする必要は無いのかもしれないが。
「そりゃ、陛下がそう仰っていたからだよ」
「へい………えぇと、王様が、ですか?」
「そう。まあ、お前が違うってんなら、そうなのかもしれないが…」
 マティアはそこで声を潜めた。代わりに顔をずいっと近付け、にいと笑う。
「あの人、結構しつこいぞ。気を付けるこったな」
「………知ってます」
 それこそ、結構どころじゃない、ということぐらいは。
 でも、どうにかして納得してもらわなければ、こっちだって困るのだ。
「ちゃんと帰らなくちゃ、ね……」
 そう約束したのだから。
「ん?」
 無意識に口に出してしまっていた言葉は、けれど幸運なことに、マティアの耳には入らなかったらしい。なんて言ったんだ、と訊ねてくるマティアに、アーシャは「ただの独り言ですよ」と返して、それ以上は踏み込ませなかった。
「まあ」
「………?」
 何を言われるのだろう、と顔を上げたアーシャに、マティアは優しく微笑んだ。
「どうなるにせよ、後悔はしないようにな」
「それは……わかってますよ」
「どうだか」
 ははっと笑うマティアに、少しだけムッとした。どういう意味だ、それは。
 睨み付けていると、ぽんと頭に手を乗せられた。子供扱いはあまり好きじゃない。………甘えたく、なるから。自分に甘く、なってしまいそうだから。
(まだまだだなあ…あたし)
 まだどこかで、縋ることができる手を求めている。
 これからは、縋ってくる手を導く者に、この人なら安心できると思ってもらえるような者に、ならなくてはいけないというのに。
 少しの誘惑に負けてしまいそうになる。不安が根付く今だと、殊更に。
 自分が未熟である証拠だ。
 …………そんな手で、
(あたしは一体、何を護れるっていうんだろ? 何を、護ろうと…)
 ツベルの地の人を護りたくて。でも、今していることは、そうではない。もしかしたら、間接的にはそれに繋がるかもしれないが。けれど今、直接的にかの地に異変が起こっている今、ここにいることは…――いや、これについてはもう考えたはずだ。
 中途半端ではいけないのだ。
 いけない、のに。
(今の方がよっぽどか、中途半端かもなぁ…。しかも、情緒不安定)
 頭に乗った手を意識しながら、俯く。ふ、と自嘲が浮かんだことを、どうか気付かないで欲しいと思った。
 あの時―――大婆様の墓に誓いを立ててツベルを発ったあの時、もしかしたら心のどこかに、自分に対する驕りがあったのかもしれなかった。
 自分の力が必要とされている。それだけの力があるのだと、思いたかったのかもしれない。
 でも、実際そこまでの力は無いのだ。もちろんそこらの冒険者には負けない自信は、まだある。けれど―――それでは駄目だ。まだ、足りない。まだまだ、全然、足りない。力も、経験も、まだ。
 未熟で不完全なくせに、そうして護るものばかりを増やしていって、一体何がしたいのか。自分で自分がわからなくなる。“そういう性格だから”。そうかもしれない。けれどそれに実力が伴わないならば、ただの我が侭だ。傲慢な考えだ。では断れば良かったのか? そうしたら、こうも悩まなかっただろうか。しかしそれも違う気がする。
 どの道後悔するのだ。今の自分では、何を選んでも。
 だがもし自分に力があったとしても、迷いなしで進める道があるとも思えなかった。
 果たして、この選択は正しかったのか。
 わからなくなる。
 断らなければ、今頃はツベルで…。だがそこに自分の心は無い気がする。後悔が渦巻いていただろう。
 堂々巡りして、どこに行くのだろう。
 どこに、行きたいのだろう。
 ぽん、とまた、頭を撫でられる。
「変に回りくどく考えて、見失うなよ。自分と、自分の大切なもんを」
 見透かしたようなマティアの言葉は、アーシャの胸にずしりと響いた。
(なんか、考えてばっかり。ここに来てからは、特に)
 先程といい、今回といい。
 小さく息を吐いた。貰った言葉を繰り返す。
 大丈夫。呪文のように何度も唱える。大丈夫。大丈夫。
(あたしはまだ、何も失ってない)
 だから大丈夫だ。
 これからだ。何もかもが。単純に考えればいい。力が無いのなら、これから身に付ければいい。まして経験なんて、焦ってどうにかなるものではない。答えは先程、見つけたはずだ。迷いを捨てるわけではない。ただ今自分にできることをやるのだと、つい先程そう決めたじゃないか。
 見失いそうだった。たった一瞬で。
 どうやら自分で考えているよりも、ずっと追い詰められていたらしい。
 またマティアの言葉を、頭に刻み込むように、囁く。
 次、再び見失いそうになった時には、今よりもっとずっと、冷静に、一人で起き上がれるように、立ち向かえるように。

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