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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「ヒューは知らないのか。無理もないな、お前数日前から自室に篭りっきりだっただろう」
「またそんなことしてたのか」
 エインレールが、ヒューガナイトを見据えた。
「ヒューガ、研究に没頭することが悪いとは言わないけど、自分の体調も考えて行動しろ。飲まず食わず、おまけに眠らずの生活を続けて、その挙句に倒れてたらわけがないだろう。お前はいったい何度倒れればそれがわかるんだ」
 怒ったような口調で続けられるそれに、しかしヒューガナイトは「そうですねぇ。気をつけなくちゃいけませんよねぇ、やっぱり」と大して堪えた様子もなく返事をしている。本人は別に彼の忠告を蔑ろにしているつもりではないのだろうが、聞いているかどうかは怪しいところである。
 そういえば、とアーシャはその時気付いた。彼の表情も、それから口調も、取り繕ったものではない。城の者だから、彼ら王族に仕える者だから、などと理由は色々挙げられるのだが、彼はそういう理由では警戒を解かない気がした。おそらく純粋に、彼らのことを信頼しているのだろう。エインレールが信用しているのだったら、本当に信用に足る人物なのだろう。
 そこでもう一つ、気が付く。
 そういえば、彼は自分にもそういう口調では話さないなぁ、と。今までほとんど気にしてこなかったが、それは実は、すごいことではないのだろうか。それが信頼されているからなのか、疑う価値もないからなのか―――いやしかし先程自分で言ったが、彼はそういう理由で警戒を解かない気がする。だとするなら、前者か。しかし、何故?
 自分の考察が正しいのかどうかも、わからない。けれど、もしそうだとしたら、それはとても、――――
「へぇ、アーシャさん、珍しいものを持ってるんですねぇ」
 自分の名前を呼ばれたことで、びくりと肩が震えた。ハッと我に返る。気付けばヒューガナイトの体調面での話は終わっていた。いったい何の話だ、とアーシャはその会話に耳を傾けた。今度は確り集中して。
「魔力で武器の形になるアクセサリ、ですかぁ。それはまた希少ですね。ああ、なるほど。だから“噂”なんですかあ~」
「いや、それだけというわけでも…」
 虚ろであった瞳が、今は光を帯び、輝いている。その時初めてアーシャは、彼の瞳が緑であったことに気付いた。深い緑色だ。
 噂というのは、どうやら“家宝”のことらしかった。いや、しかしエインレールがぼそりと言った、それだけではない、とはどういう意味か。問い詰めようかとも思ったが、その時にはもうタイミングを逸していた。
「マティアさんが持ってるんですか? 後で僕にも見せてくれますか?」
「あぁ。だけどお前はとりあえず休め」
「そんな面白そうなものを目の前にぶら下げられた状態で眠れって言うんですか~?」
 不満げに顔を歪めたヒューガナイトに、エインレールとマティアが揃って「当たり前だ」と答えた。
「さあ、善は急げ、だ。ちゃんと寝てその顔色を少しはマシにしてこい」
 しっし、とまるで犬を追い払うかのような動作で手を振ると、マティアはエインレールに顔を向けた。
「エイン様、すみませんが、彼を送っていってもらえませんか?」
 普通ならば考えられない言葉だ。彼は使用人ではない。まして対等であるわけでもない。仕えるべき主なのだから。しかしエインレールはというと、まるで気にしていない様子で、むしろそのつもりであったと口にした。
「これを一人で行かせたら、また研究に没頭しそうだからな。とりあえず仮眠室にぶち込んどく。そうしたら後は誰かしらが世話焼くだろ」
「あれ、僕ってもしかして信用ないんですかぁ?」
「そっちの面においては、全くと言って良いほどに」
 マティアがきっぱりと言った。うんうん、とエインレールも頷く。どうやら始終こんな調子らしい、とアーシャは彼についてそう判断した。それは心配にもなるはずだ。なにせ幽霊に間違えられるほどなのである。かなり危険だ。
「で、こっちは――」
「ああ、そっちは…頼んだ」
 急に話題転換。つい先程まで傍観者を貫いていたアーシャにしてみれば、それは不意打ちのようなものだった。それが何…否、“誰”のことを指しているのかがわからなかったアーシャだったが、彼らの視線が一度こちらを見たことで、それが自分のことであるとようやく気付いた。
 そういえば、元々ここに来た目的は、マティアに魔法の教えを乞うためだったか。幽霊騒動の所為で、すっかり忘れていた。そのためにエインレールがここまでの道案内をしてくれたのである。
「アーシャ」
 名前を呼ばれて、顔をそちらに向ける。なんですか、と視線でそう返した。
「帰りはマティアが送ってくれることになってるから」
「あ、はい。わかりました」
 この言葉に、アーシャは内心安堵していた。“自分の部屋”といわれたその場所に、自力で辿り着いたことはこれまでない。というか、出入りしたのだって、二回だ。しかもその内の一度目は、メイドたちにわけのわからないまま連れられていったので、もちろん道などわかるはずもない。二度目は…どうだったか。あまり記憶にない。眠るためだけに行ったようなものだったから。前後の出来事が強烈過ぎて、忘れてしまったのかもしれない。
 そんなわけで、彼の心遣いはありがたいものであった。エインレールが本当のところ、何を思ってそれをマティアに頼んだのかはわからないが、感謝の対象であることに違いはない。
 それじゃ、とヒューガナイトの襟首をがっしりと掴み、その場を早々に去ろうとするエインレールの背に、アーシャはもう一度礼を述べた。ひらひら、と手が振られる。どういたしまして、か。それとも、気にするな、の意なのか。おそらくはどちらも含まれているのだろうが。


「んじゃ、まぁ」
 マティアの声に、アーシャは彼女の顔を見上げた。女性にしては高い身長だ。その顔が、にこりと笑みを灯した。
「部屋に入るか」
「あ、はい」
 どうぞ、と通された中は、殺風景―――とは程遠かった。しかしそれでは、それなりに鮮やかであるのかと問われれば、それもまた違う。いや、ある意味“鮮やか”ではあるのか。様々な色が散っているから。机――おそらく、机――の上には、所狭しと様々なものが乗っている。見たこともないような物も多い。机の傍に物が積み重なっているのは、その机の上の物を、適当に退けた時に落ちた物と考えられる。―――今みたいに。
 どさっ、と重量感のある音とともに、何かが入っているらしい袋が落ちた。思わず後ずさったが、こんなことでいちいち躊躇していては、これから先やっていけないだろうと、なんとかそれ以上後退することは抑えた。かといって前進もできなかったわけだが。
 埃が舞わなかっただけマシか、と思い直す。
 暫くがさごそとやっていたが、目的のものを見つけ出したらしい。手に分厚い本を持ったマティアは、顔をアーシャへと向けた。
「さて、まず最初に、言っておきたことがある。良いか?」
 語尾こそ上がっているが、そこに拒否権があるようには思えなかった。
「まず、私はお前のことはアーシャと呼ぶ。別にそれを鼻に掛けるわけではないが、私がお前の師であり、上の立つ側の人間であることは、この時点で決定している。だから、敬語も使わない」
「構いません」
 むしろ当然のことであると言えた。彼女の部下が、あれだけ忙しそうなのだ。その上司である彼女が、忙しくないわけがない。そんな中でわざわざ、時間を取ってもらうのだから。―――まあ彼女だって納得した上でこの任を引き受けたのだろうし、その際には彼女にとっての“得”だって、存在していたはずなのだ。例えばあの、術式が掘り込んである妙な家宝とか。だから必要以上にアーシャが彼女を感謝することはないだろう。それは向こうも承知だ。
 しかしそれでも、だ。
 切り替えは、必要だろう。
 少なくとも教わる側であるアーシャは、教わっている間は、そういった背景を一切合財忘れて取り組むだろうから。そのけじめでもある。
 と、そこで、アーシャは首を傾げた。
「あたしは……えっと、師匠とお呼びすれば良いんですか?」
「むず痒い。なんで“師匠”になるんだ」
「“お前の師”だと言われたので」
「……………」
 どうやら嫌であるらしかった。呼び慣れていないがための、照れもあるのだろう。
「じゃあ、無難なところで、“マティアさん”と」
「ああ、それで良い」
 了解を得て、アーシャは満足気に「それではそう呼ぶことにします」とにこりと笑った。
 実は彼女自身も、師と呼ぶには少々の抵抗があったのだ。彼女の師は、あくまでも彼の祖父である。例え彼のことを師とは呼ばなくとも、アーシャはそう思っている。それは剣の師で、こちらは魔法の師だ、と割り切ってしまえれば良いのかもしれないが、それもなかなか上手くはいかない。どうしても「自分の師は誰であるか」と問われると、それは祖父以外ありえないと思ってしまうのだ。
 ちなみに。最も尊敬する人物は誰か、という問い掛けに対しては、それはもちろん大婆様だよ、とまた違った人物が浮上するわけであるが、それはそれ、これはこれ、である。

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