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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「それでは早速始めようか」
 言うなり、マティアは本で埋まっていない方の手で、大きな水晶玉を引っ張り出してきた。それをまるで蔦のように覆う金色は、下に行くにつれて太くなっている。ちょうど水晶の下で絡まり一つに纏まったソレは、そのまま持ち手として、目測で二十センチほど、伸びている。それぞれの先端は、平面に立てるためだろう、四方八方に広がっていた。
 それは大切なものなのか、机の上ではなく、棚の方に入っていた。硝子張りの、いやに頑丈そうな棚だ。ちょっとやそっとでは壊れそうもない。視線をずらすと、用途は不明だが明らかに高価そうだと思われるものが並んでいた。それも机の上のように煩雑に置いてあるのではなく、きちんと整理されている。棚の中と外。それが一つの区切りであるようだった。
 ごとり、とマティアが水晶玉を机に置いたので、それにつられるように、アーシャは顔をそちらに戻した。
「これは、生得属性の探査に使われるものだ。―――“生得属性”、知ってるか?」
「え、えっと…」
 首を捻る。エインレールから魔法のことを少し聞いたが、確かそれは術式と発動方法(魔方陣と言霊)のことだけだったはずだ。
「わかりません」
 素直に答えると、マティアは嫌な顔をすることもなく、説明を始めた。
「生得属性というのは、この世界・ルクシュアルで生まれた全てのものが、元々備え持っている属性のことだ。生得属性の魔法は、他者からのものだと全て軽減、自分のものだと威力が割り増しされる。習得もしやすい」
「“全て”…?」
 そもそも、魔法自体に、どんな分別があるのかを知らないアーシャは、ひたすら眉を寄せ、むう、と唸る。
「大別すると、攻撃、補助になるな。攻撃はまあ、文字通りだ。補助には防御、治癒、身体強化などがある。転移なんかも補助に入る。支配魔法は……そうだな、あれも一応補助になるのか」
 なるほど。アーシャは頷いた。すると、今までに見たクレイスラティの使う魔法は、全て補助に与されるものだということか。
「で、さっきも言ったが、生得属性っていうのは、一番習得がし易いんだ。―――ウェスタン殿には会ったか?」
「あ、はい。さっき会ってきました。ウェスタンさんの魔法も、ええと…見せて、もらいました」
 あれを“見せてもらった”というかは甚だ疑問だったが、そういうことにしておいた。
「なら話は早い」
 彼は生得属性を説明する分には最もわかりやすい例だからな、とマティアは満足気に笑った。
「彼は魔法使いではない。けれど、風属性の魔法に関してだけは、魔法使い並みの威力を持っている。何故だかわかるか?」
「……ウェスタンさんの生得属性が、風、だからですか…?」
「そうだ。―――まあ、あれは特殊な例だがな。普通なら、使えるなら使える。使えないなら使えない。そういう風にわかれる」
 使えない者にとったら、生得属性など、何の意味も持たない。
 逆に言えば、使える者にとってみたら、大きな意味を持つものだ。
「お前は、少なくとも魔力はあるから、調べておいて損はない。取っ掛かりもそこからすれば良いとわかるからな」
「…でも、これでどうやって調べるんですか? 手を翳して中を覗き込むとか?」
「翳すだけだと駄目だ。触れなくちゃいけない。こんな風に」
 マティアは、自分の手を水晶玉に乗せた。ブォン、と低くぶれる音が鳴り、水晶玉が茶色――土色に光った。どっしりとしている、とアーシャは感じた。水晶玉に映るそれは、何かごつごつとした印象を覚えさせる。
「私は地属性だからな。だから土色に変わる。まあ、茶色、といっても良い。水晶玉自体も、まるで岩のようだろう?」
 形自体は、丸のままだ。変わっていない。しかし確かに、「それは岩だ」と言われて納得してしまいそうになる。
 手を離すと、その光は消えた。水晶玉に映っているものも、一瞬にして霧散した。綺麗だったのに、と残念な気持ちになる。
「これがウェスタン殿――風属性の者だったら、水晶玉には淡い青緑の風が渦巻いている様が見れる。炎属性だったら、赤く燃え上がる炎が。水属性は、澄んだ青い光と流れる水の様が映し出されるな。雷属性なら、まるで稲妻のように不定期に鋭い光を放つ。色としては…白に近い黄色、か」
 その情報を慌てて頭に詰め込んだ。が、要するに、その属性が持つイメージが、そのまま水晶玉に表れる、と憶えておけば支障はないだろうと判断する。
「今言った炎・風・水・雷・地の五つが、基本属性だ。特殊属性――有名なのは、光や闇だな――それが生得属性になるものも稀にいるが、大半の者はこの内のどれかに当てはまる。…まあ、種族によってもこれが多いあれが多いというのはあるが。例えば、」
 マティアは、顎で部屋の隅に置いてある小さな棚を指し示した。こちらも硝子が厚い。ただし、中身は、机ほどでは滅茶苦茶ではないとはいえ、大きな棚の方と比べると、丁寧な扱いを受けてはいないようだ。
 中に入っているのは、どうやら植物のようだった。見たことがない形をしている。丸くのっぺりとした葉を持つ植物だ。先端には、大きく膨れた真っ赤な蕾が、下向きについている。見たところ、他に花は咲いていない。蕾すらも。それ一つだけだ。それ故なのか、その蕾は他のどの部分よりも大きかった。見るからにバランスが悪い。しかし、その重みにふらついている様子はない。上手い具合に蔦がうねっているからかもしれない。ところどころに、黄色の斑点がある。正直なところ、ちょっと毒々しい。
「植物は水属性が大半を占める。残りは風や土だな」
「それじゃ、あれは?」
「あれは火だ。フォーシガという名でな、今のところ火属性の植物というのは、あの種類しかない。あとは大きさに違いがある位だな。あれは随分と小さい方だ。研究用にと買ったんだが、如何せん世話が大変で困ってる。口のところを縛ってあるだろう? 外すと火を噴いて、そこらにあるもの全て燃やされそうになるんだ。研究の際は眠らせておくから支障は無いんだが。そこらに捨てるわけにもいかないし、本当にどうしたものかと――――おっと、この話は余計だったか」
「いえ」
 首を振る。興味深い話だ。
 あれでかなり小さいサイズ、となると、他はどうなっているのだろう。まさか人工でのみ生存しているわけではないだろうから、やはり野生にもいるのだろう。見たことはないし、正直、遭遇したいとは思わないが。燃やされたら堪ったものではない。ああだけど、見るだけだったら、見たいかもしれない。
 目を輝かせるアーシャに、マティアは苦笑した。
「譲ってやっても良いが……ちなみにあれ、人喰い花だから、触るなら食われないように気をつけろな。大きいサイズだと一口でぱっくりと頂かれるが、小さいのでも、指の先だけ持ってかれる危険があるから」
「う、嘘っ!?」
「を、吐いてどうする」
 呆れた目をされ、うっと言葉に詰まる。人喰い花か…、と改めてフォーシガを眺めた。毒々しい赤と黄色を纏う花が、より一層不気味に思えてきた。やっぱり見るだけでも嫌だ。燃やされるだけでなく喰われる危険もあるなんて、絶対嫌。移動性が無いだけマシだろうかと考えた。
「どうだ、要るか?」
「て、丁重にお断りさせていただきます…っ」
「そうか、残念だ。まあ、それはともかくとして」
 とんとん、と水晶玉を指先で突(つつ)いた。
「こっちの話に戻るが、良いか?」
 その言葉に我に返る。そうだ、自分は生得属性の話をしていたんじゃなかったか。少なくとも、決して人喰い花の話が中心でなかったことは確かだ。
「お願いします」
「ん。あー、と。植物の主な属性についてまで話したよな? そんな風に、種族によっても、この属性が多い、というのもある。住む場所でも特定ができる。水の中に住んでいるのは大抵が水だ。空を飛べるものは、風が主。森に住んでいるのは…この辺りだと、地や風が多いか」
 ただし、と指を突き出した。
「人間は例外だ。特にこれが多い、といったものはない。特殊属性の種類も多種族と比べると多い。尤もこれは、現時点でわかっている上で、という前提がつくけどな」
「それって、人間だけ…なんですか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。特別多いものはないといったが、それは全体を見た時にいえるということであって、大陸別・地域別でわけると、やはり偏りがあるのがわかる。属性の種類が多いというのは、そもそもこの世界に占める人間の割合が多いから、相対的にそうなっているだけだと唱える説もある」
 マティアはそこで言葉を止めた。どうやら頭の中を整理するための時間をくれるらしい。それに甘えて、それまでの話を頭の中でもう一度考え直す。
 五つの基本属性、特殊属性。ウェスタンの生得属性。万物に宿るという、それ。植物の生得属性。限られた可能性。人間は特別? そうは思わない。しかし事実、それは他の生物には無いことだ。
 表すとしたら、それは“特徴”だろうか。特別、ではなくて。
 例えば…と、その生物を表す時に、例を挙げるように。その時に使われる、一つの特徴。他とは明確に違った点。数の多さでは勝(まさ)る生物はいる。けれどこの数を維持しながら同時に多くの属性を持つ種族は、他にいないのではないだろうか。
 知識がないので、詳しいことは言えないが。
 言えるとしたら、それは自分ではなくて。
 気付けば俯き気味になっていた顔を、上げる。つい先程知り合い、つい先程から自分の師となった女性を見た。

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