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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 はずれ、とはいったものの、そこは同じ国。城下町も、国の中央にあるわけではなく、北西に位置する。同じ西、ということもあったためか、直通の便は少ないとはいえ、無いわけではなかった。汽車に揺られること四時間半。アーシャは無事、城下町に到着していた。
 いつ来ても活気のあるところだ。アーシャはいつになっても馴染めないその空気を吸いながら、城下町を眺めた。おそらく、旅人も多く訪れているのだろう、明らかにこの土地出身でない者の姿も多い。
 持った剣をぎゅっと抱き締める。
 なんとなく、これを持っているところを見られてはいけない気がした。
 アーシャは足早に城の方に向かう。といっても、今まで城に用があることなどなかったもので、如何せん道がわからない。近くになったら誰かに訊こう。そう思い、とりあえず城が見える方に足を進めていたのだが、やがて民家の姿もなくなり、左右を綺麗な模様が入った壁に囲まれた一本道に出た。結局誰にも訊けなかったが、おそらくこれが城へ続く道だろうと見当をつけ、進む。
 しばらく経ってから、なにやら嫌な予感をさせる音が聞こえてきた。ざっ、ざっ、と誰か――いや、“何か”の足音。…人ではない。
 確認のため後ろを振り向くと、すごいスピードで何かがこちらに向かってくる………あれは、馬車?
「なっ、なな、なんで馬車がわがもの顔でそう広くもない道を走ってらっしゃいますか!? って、そんなこと言ってる場合じゃ…」
 あわあわと少々―――嘘。かなり慌てながら、右を見、左を見、―――けれどさっき自分で言ったとおり、ここはそう広くもない道。いや、アーシャにしてみればそれは“普通”なのだが、城下町に住んでいる者にしてみれば、かなり狭い道、なのだ。馬車が通る分は確保できるにしたって、馬車が通った時に自分がいるスペースを確保することは難しい。
 というか不可能じゃないか、とアーシャは泣きたくなった。剣のことといい…今日は厄日に違いない。
(い、いやいやいや…落ち着きなさい自分。ここを馬車が通ってるってことは、普段から通るってことなんでしょ!? じゃあどっかに絶対道が………道があれば、良いなあ………)
 アーシャは知らなかったが、ここは普段、馬車など通らない。
 というのはこの馬車、『とある理由』で、緊急に城へと向かっているのだ。乗っている業者にしたって土地勘がある者ではないので、こうして非常識にも馬車専用の広い道ではなく、歩行者専用の狭い道に入ってしまったらしい。どちらも元々似たような造りなので、間違えるのも致し方ないといえばそうなのだが、それで命の危機に立たされている側とすれば、「そのくらい確認しとけよ!」と叫びたくなるような理由である。
 が、そんなことはアーシャは知らないし、関係もない。彼女が今考えるべきなのは、どうやって自分の分のスペースを確保するかに限るのだ。
「あ、ううぅ………ど、どうしよどうしよどうしよ…っ」
 もう馬車は近くまで来てしまっている。こちらの存在に気付いていれば良いのだけれど、どうやらその希望は持てそうもない。先程からスピードを落としている様には見えなかったからだ。
 あーもーダメだー…、とアーシャが諦め、それでも諦め切れずに、壁際にべたっと可能な限り張り付いていると、
「ちょっ、あんた何してんだ! 危ないだろうが!」
「あああ危ないことくらいわかってますってば! わかってますけどどうしようもなくて困ってるのが見てわかりませんか!?」
 バッと振り返る。…が、誰もいない。
 おかしいな。今確かに声が聞こえたはずなのに。だからてっきり、自分以外にも誰かいて、それで声を掛けてきたのだと思ったのに。もしかしたらここの地元の人で、抜け道とか知ってるかななんて淡い期待も抱いたのに………どうやら自分の妄想だったらしい。
「どこ見てる。上だ、上!」
 あ、また聞こえた。っていうか………
「上?」
 首を上に向ける。男の顔が瞳に映った。漆黒の髪に、銀朱の瞳。でも………おかしい。髪の色や銀朱の瞳がおかしいというわけではない。確かに銀朱の瞳は珍しいけれど、それよりももっと珍しい(自分の家族以外に見たことがないという珍しさだ)緋色の髪に茜色の目をしているアーシャが言えた義理ではない。顔がおかしい服装がおかしい、というわけでもなくて―――つまり、いる場所が、おかしい。だって――――、
「そこって屋根なんじゃ…」
「屋根だけど、あの暴走馬車避けるにはここぐらいしかないだろ」
 ああ、確かにそうかもしれない。ぽんと手を打つ。なんで気付かなかったんだろう。…まあ気付いたとしても、到底自分一人でよじ登れる高さではない―――否、普通の人の感覚からしたら、そっちの方が正しい気がする。この高さを登れたこの人が特別なだけなのだろう。そんなことを考えていると、
「納得してる場合かっ! ほら、手ぇ貸せ」
「え?」
「登らなきゃ死ぬだろアレは!」
「あ、はい。……ああっ、そうだ、あたしこのままじゃ危険でっ!」
 余裕かましてる場合じゃなかった! だからこの人は焦っていたのか。…当の本人よりもそうではない彼の方が焦っているなんて、なんだか変だ。そうは思ったが、しかし、それも今考えることではない。
「だーからっ、手! 手を出せって!」
 その声に、今度は素直に従った。左手でぎゅっと剣を抱え落とさないように気を付けながら、右手を差し出し、ちゃんと掴んでもらったのを確認すると、壁に足をかけた。要は木登りの要領で登れば良い。…木よりも随分とつるっつるだが。
 あと少し、というところで、男が「やべっ」と小さく呟き、手を引っ張る力が増した。
 アーシャと男が屋根に倒れこむのと、馬車が通り過ぎるのはほぼ同時だった。あとちょっと登るのが遅ければ、もう直視できないような悲惨な状態になっていたかもしれないと、そんな想像をしてしまい、アーシャは顔をさあっと青ざめさせた。
 今更だが、やっぱり馬車は全くスピードを緩めていなかった。ここまでくると、気付いていたのにそのまま気にせず突き進んだ、と言われた方が納得できる。喉元通り過ぎればなんとやら、とはまさにこのことで、先程までは恐怖で埋め尽くされていたはずなのに、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
「なんなの、あの馬車!」
「さあな。…………まあ、大体見当はつくけど」
 え、とアーシャは男の方を向く。小声だから聞こえなかった。言い直さないところを見ると、それほど重要なことではなかったのだろうか? 問おうとし、しかし礼を言っていないことに気付いて、軽く頭を下げた。
「とにかく、助かりました。ありがとう。貴方がいなければ今頃あの馬車の所為でぺしゃんこになってただろうし…」
「ぺしゃんこ、なんて可愛いもんじゃなさそうだけどな」
「それは言わないでください………想像するだけでゾッとしますから。むしろ想像しないように必死なんですから」
 嫌な想像を、頭を振ることで振り払う。その様子に、男が「悪い」と素直に謝る。
「貴方が謝らなくても…。悪いのはあの馬車ですし」
「でもアレの元凶は…………」
「げんきょう?」
「いっ、いや、なんでもないんだ! とりあえず、そう大した怪我じゃないみたいで…良かったな」
「ええ、ホントに」
 なんだか誤魔化された気もしたが…なんにせよ、彼が恩人であることは変わらない。深くは追及せずに、大きく頷き、
「またこんなことがないとも限らないから、屋根伝いに歩くことにします」
 苦笑した。
「ああ、そうした方が良いだろうな。…ところであんた、城になんか用か?」
「え?」
「え、って…だって、この道通って行けるのは城だけだぞ」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「………知らなかったのか?」
 その呆れた声に、うっと言葉を詰まらせるが、事実なので何の反論も出来ない。まあ、城に用があるのは事実なのだが…。
「なら、案内しようか? 城まで。…どうせ俺も、あそこが目的地なんだ」
 アーシャは迷ったように視線を彷徨わせたが、結局その言葉に甘えることにした。道がわからず歩くのも危険だったし、もしまた似たようなことがあったら(まさか二度もそんなことがあるとは思わない…というか思いたくないが、それでも念のため)、一人で対処できる自信がない。その点彼はここらに慣れている様子だったし、城までの道も熟知しているようだ。どうやら好意で申し出てくれているようだし…それを意地を張って断るほど馬鹿ではない。

 そんなこんなで無事に城に着き(むしろそれが普通で、馬車に轢かれそうになるという奇特な体験をしたことが異常なのだ)、そこで彼とは別れた。―――それだけのことだ。
 そういえば、とその後で名前も何も聞いていないことに気付いたが、まあいいだろう、と思い直す。親切な人だったが、どうせもう会うことはないからだ。…それにしても、あの人はこの城にどんな用事があったのだろう? 剣を腰に吊るしていたし、やはり王宮に仕える剣士だったりするのだろうか。それとも傭兵? その姿は彼に馴染んでいたので、まさかただの飾りというわけではないだろう―――いや、それだってどうでも良いことだ。
 今の自分に関係があるのは―――。
 城を見上げる。…なんだか緊張してきた。
(上手く断らないと……なるべく失礼にあたらないように)
 それであわよくば報奨金を、なんてそんなことも考えていたのだが、いざこの大きく美しい城を前にすると、そんな邪な思いを抱くなんて出来なかった。
 深呼吸を何度か繰り返し、自分を落ち着かせ―――けれど一向に落ち着きはしなかったのだが―――、アーシャは城に足を踏み入れた。

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