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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 しかし、そんなエインレールの心情などお構い無しに、
「やや、そういうわけにもいかないんだよね」
 クレイスラティが笑った。意地悪そうに。
「? なんでですか?」
「だって、君が誰かに言わないっていう保証はどこにもないじゃないか」
「え…でも、だって…あたし、言うつもりなんてありません。………あたしに掛かった魔法はまだ解けていないのですよね? それならわかるはずじゃないですか、あたしが嘘なんて吐いていない、と」
 疑われたことに対し、不満を感じたのだろう、ムッとしたようにアーシャは顔を顰めた。いくら国王でも、これは酷いではないか。確かに正しい判断かもしれない。けれど、自分にそんなつもりは一切無いし、第一―――こう言ってはなんだが―――元々の原因はそっちにある。
「ああ、確かに今の君に、言うつもりはないのかもしれないね。だけど、それがこれからもずっと変わらないかはわからない。仮に変わらなかったとしても、口を滑らせるなんてことがないとも限らない。だから――――監視、の意味合いも込めて、君にはここに居てもらわなくては」
「な………」
 こんなことなら持ってくるんじゃなかった、とさえ思う。放っておけば良かったと、そんなことを思う。…そうしたら、この剣は一生見つかることなく、あの森に埋まっていただろう。……だがそうなれば、国が隠していた秘密はいつか暴かれ、あるいは妙な推測が立てられ、国民の批判を浴びたかもしれない。――――それはわかっている。剣が見つかって、本当に良かったと思う。でも、それでも、同時に「持ってこなければ良かった」という感情がどうしても生まれる。
 そうすれば、今頃はいつもと同じようにツベルの実を採り、今年のそれらの質についてシャルリアたちと話し合い、母とは他愛の無い話をし、いつもと同じような生活が送れていたに違いない。それを壊したのは、そっちなのに。なのに、なんで自分が疑われなくてはいけないのか。それで嫌な思いをしなくてはいけないのか。黒い感情が湧き上がる。
「………………」
 そう思った時、相手が国王とか、そんなの、関係なくなっていた。
 ただ―――――腹が立った。ひどく、腹が立った。
 落ち着け、落ち着けと警鐘が鳴って――――しかしそれも、ひどく弱くて。激情を止めるには、あまりにも、弱くて。
 気付けば、言葉は溢れていた。最悪の形で。あるいは、最悪に一番近い形で。
「元はといえば貴方がたの不始末でしょう。それを都合の良い理由を並べ立て、国民を欺いて―――あたしの言葉が信じられないのは、ご自分のことが信じられないからじゃありません? ばれることが怖いのなら、最初から言わなければ良かったんです。国民のため? そんな大層なモノを後ろ盾にして、本心じゃただ自分の保身のためだったんでしょう? 自分の家族のためだったんでしょう? 要するに、自分のことがそれだけ大事なんですね。国民のことよりも。一国民である、あたしの生活よりも。あたしの…あたしの人生よりも。それとも、一人の国民の犠牲で、全ての者が救われるのだと、今度はそう嘯くおつもりですか? 一人の国民の犠牲なんて、どうでもよろしいと?」
 しんと、その場が静まり返る。彼女が憤っていることはわかったが、しかしまさか一国の王に喧嘩を売るようなことをするとは、とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。それは自殺行為だ。自分の近しい者たちさえ、巻き込むほどの。
 けれど、彼女の瞳には後悔の色は全く見えなかった。反省の色も、だ。
「…良いの? そんなこと言って。怒られるんじゃない? 君のお母様に」
「怒る? ええ、そうかもしれませんね。しかしそれは貴方を思ってのことではないでしょう。確かに貴方は国の王で、顔は知っています。王として敬意を払っても居るでしょう。けれど言葉を交わしたことがありますか? 娘よりもそんな人を選ぶような人じゃありませんから。あたしの母は――――国民を一人でも多く護らなくてはならない立場の人間じゃ…そのために一人を犠牲にするような立場の人じゃありませんから。幸運なことに」
 皮肉たっぷりの言葉。
 やれやれとクレイスラティは肩を竦めた。薄らと笑みを浮かべる。ただそれは、先程までのどこか親しみを覚えるソレではなくて、どこまでも冷たく哀しく、それでいて温かさを感じるソレだったけれど。
「確かにね、僕は君の言うとおり人間かもしれない。民が百人いるとしよう。そうした時に、一人を護るために九十九人の命を捨てろなんて、とてもじゃないが言えない。確かに僕の不注意でこれは起きた。けれどね、もう僕一人の問題じゃないんだよ。責任を周りに押し付けているつもりはないけれど、それが客観的に見ての事実だ。失くしたことが国民に知れたら、国中大騒ぎになる。そのうち、内乱だって起きるだろう。そうすれば、多くの人が傷付く。僕は自分と自分の家族を護ることで、国民を護っているんだ。だから、隠すよ。ただ隠すだけじゃない。ずっと、ずっと隠し通すんだ。誰にも知られぬように。…それが欺瞞と偽善に満ちていたとしても、ね。だから、たとえ一人の犠牲を払ったとしても、隠し続ける」
「っ、………なるほど、わかりました。大した統治者、ですね。尊敬しますよ、本当に。……あたしにはなれそうもない。なりたくもありません」
 バチバチッ、と両者の間で、花火が散るような、そんな錯覚。
 そのやり取りを半ば呆然と眺めていることしか出来なかった周りの者も、ここにきてようやく冷静になりつつあった。ただし、手は出さない。出せない、といった方が正しいかもしれないが。
「あたしは………あたしがなりたいのは…………」
 小さく小さく、呟いた言葉は、けれど、その続きは語られずに、消えた。
 ふっ、と先にそれを緩めたのは、クレイスラティの方だった。アーシャはそれに対し眉を顰めたが、何も言わない。何も変えない。一方的な威嚇には、それに対する確かな警戒が見え隠れしていた。
(…………。ちょっとヤバイ、かも。ていうか、あたしなんって命知らずなことしてるんだろ)
 こりゃ死刑確定か? 内心苦笑したが、しかしそれを表に出すことはない。硬い表情は、もしかすると緊張しているようにも見えるかもしれない。
 クレイスラティが、ゆっくりとそれまで座っていた椅子から立ち上がる。ゆったりとした足取りで、アーシャの方に一歩一歩近付いていく。
 びくり、と身体を震わせたアーシャだったが、ここで逃げることは叶わない。逃げたとしても、一体どこに安全な場所などあるだろう? それならば、どうせならここで悠然と構え、最後まで自分の考えを貫き通したい。いや、そうでなくてはいけない。逃ゲタイと訴える自分を叱咤するように、もう戻れないと教えるように、歩み寄るクレイスラティに対する視線を鋭くする。
 やがて彼女の目の前に立ったクレイスラティは、にこっと人好きのする笑顔を浮かべると、
「うん、気に入った! 合格!」
「っ?!―――――ふえ!?? えぇ?!」
 アーシャを抱き締めた。
「?!」
 一部始終を見ていた者は、それに絶句し、呆けた顔をする。
 いち早く我に返ったエインレールがつかつかと歩み寄り、びりっと、まるで物を退かすような動作で、父親をアーシャから引き剥がした。
「あっれ、エイン君ったら嫉妬?」
「しっ…?! ば、馬鹿言え! 大体なんなんだよあんたは! 久しぶりにちょっとはまともなこと言ったと思ったら結局これか!?」
「えー。僕はいつでもまともで真面目だよ☆」
「そうか、そんなに絞められたいか」
 ギリリリリ…と妙な音がして、アーシャはハッと我に返り、
「え、あの……え、しま、絞まって…あの、あの、これは…これはヤバイんじゃ?!」
「大丈夫だよ、いつものことだから」
「“いつも”?!」
 第一王子・アルフェイク(この人物の顔はさすがのアーシャでも知っている)のにこやかな顔を見、この国の行く末が本気で心配になってくるアーシャだった。
 遠くの地…というほど遠くでもない、汽車で四時間半掛けて着く距離にある自分の故郷にいる母を思い、心の中でそっと呟く。
(母さん。貴女が尊敬し、敬愛する人、あたしどうも理解出来そうにない…)

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