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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 しばらくそのアリエナイ光景のために放心し、半ば現実逃避気味に心の中で家族や友人一同に語りかけていたアーシャは、王の首を絞める手がそこから離れてから数秒後に、現実世界に帰ってきた。
「あああの…そ、それ…それでっですねえっ!」
「うん? 何かな?」
 先程とは打って変わって、いやに好意的な笑みを見せるクレイスラティに、毒気を抜かれながらも、流されちゃ駄目だと首を軽く振り、キッとクレイスラティを見据える。当初の目的を果たさなくては。
 つまり、
「ツォンの剣は返しました。報酬は要りません。もちろん、余計なことを考えたりもしません。ので、帰ります」
「そっか。それじゃあ式はいつにしよう?」
 はあ?
 と、その場に居た全員が、ぴたっとその動きを止め、にこにこと笑うクレイスラティを見た。
「あー…と……何の式、だ?」
 なんだか嫌な予感がひしひしとする。気のせいだろう。むしろ気のせいであって欲しいと願いつつ、エインレールは顔を引き攣らせながら訊ねた。
「え? だからけっこ…」
「失礼しましたっ」
 クレイスラティの言葉を遮り、退室しようとドアに手を掛ける。後ろの方で「えいっ」となんとも可愛らしい言葉が聞こえた。が、その声はもう成人した男性のもので、だから可愛いというより気味が悪い。そして良い予感がしない。ガチャン、と何やら錠が下ろされたような音がして、―――――それはとても残念なことに、気のせいではなかったらしく、どれだけ力を入れてもドアが開かない。
「えっ、あれっ?」
 う~~~…、と唸りながらドアに全体重を乗せるアーシャの努力を、クレイスラティはからからと笑った。
「無理むり。開かないよそれ」
 殴り倒してやろうかこの王様。とアーシャが、ともすれば国家反逆罪に問われるかもしれない程の暴言を、心の中で呪詛のように呟き、
「んん? 今何思った?」
「はい。一発殴ってやりたいな、と。―――――あ」
 掛けられた魔法はまだ健在だったらしい。しまった、と自分の失言にさあっと顔を青ざめて、だけど訊いたのは本人じゃないかと開き直る。というか、そうでもしなければ自分を保っていられそうもなかった。
 こうなればなるようになれ、だ。と半ば以上やけくそによって構成された決意を固めると、クレイスラティに向き直った。
「えー。殴られるのは嫌だな」
「あたしも嫌です。なので今すぐこの扉を開けてください」
「ん~? どうしても嫌?」
「嫌です。とても嫌です。帰りたいです」
 きっぱり、言う。こんなところで「そんなことないです…」と謙虚さをアピールするつもりは毛頭ない。とりあえず帰れれば良いのだ。帰れればきっとどうにかなる。…気がする。本当にどうにかなるかは別として、それが今のアーシャの行動源だった。人間、窮地に追いやられれば何かに縋りたくもなるのである。
「でも実力行使♪」
「あたしに訊いた意味は?!」
「無い!」
 がっくり、とアーシャは項垂れた。なんでこんな人が国王なんだろう、と涙が出そうになる。そういえばさっき「合格」とかなんとかワケのわからないことを言っていたが、何がどうなってそこに繋がるのかわからない。だって自分で自分の行動を思い返してみても、どう頑張って好意的に取ろうとしても、決して王に忠誠を誓うような人間には見えないだろう。思いっきり貶してたし。喧嘩売ってたし。
 そもそもこの会話からいって………まるで、そう。近所のおじさんと話しているような気さくさ。良いか悪いかでいったら、これもまたとてつもなく悪い方に入るだろうに。
(な、なんで………)
 あるいは、国王に従順とした態度を見せていた方が、気に入られずに済んだのかもしれないとさえ思ったが、それはそれでどうも問題が有りそうだ。というか、どっちにしたって自分に逃げ道が無いような気がするのは気のせいか。
 やっぱり持ってくるんじゃなかった…というか拾うんじゃなかった! とまたそれを後悔し始めたアーシャに向けてか、それともこの場にいるまた別の人物に向けてなのか、クレイスラティの非情な声―――少なくとも、彼女にはそうとしか考えられなかった―――がその部屋に響いた。
「というわけだから、よろしく」
 アーシャは項垂れていたから気付かなかったが、国王は本当に面白そうな笑顔を周囲に浮かべていたのだった。


 クレイスラティは国宝である剣を持ち、去り際に思い出したように、「魔法は解いておくね」と言って部屋を出て行く。
 残されたのは、どうにも異様な無言だ。
 ぶつぶつと、項垂れる少女がなにやら呪詛のような言葉を吐いているが、エインレールには―――否、その場にいる全員にも―――それを責める気にはなれなかった。というか、最初から責める気なんてなかった。クレイスラティ――王が言ったことも、自分もまたその王族だからなのか、理解できる。けれど同時に、巻き込まれた彼女の意見だって、解るのだ。自分もどちらかといえば、巻き込まれた側だから。むしろ同調し、同情したいぐらいなのだ。
 その彼女に、クリスティーが近付いた。
「あの…大丈夫?」
「ふぇ?」
 顔を上げた彼女の茜色の瞳には、何が原因かは(多すぎて)わからないが、涙が溜まっていた。
「あ、えと…私はツォルヴェインの第四王女、クリスティー・ヴェイン・シャインです。えーっと…よ、よろしくお願いします、です」
 かなり怪しい敬語は、相手の動揺がうつったからだろうか。
「あ…はい。あたし…じゃなくて、私…は、アーシャです。あの…でも、出来ればその…よろしくせずに家に帰らせていただけると…嬉しいんですが………」
 ずうぅぅぅうん、と傍目からもわかるほどに落ち込んでいる様子の彼女を見て、いつもはきはきとしていて元気なクリスティーも、さすがに掛ける言葉が見つからなかったようだ。どうしたらいいの、と兄たちに助けを請うような視線を送る。
 と、タイミングを狙ったように、どっとドアから人―――服装からしてメイドのようだ―――が乱入してくる。一人二人ではない。おそらく二桁にはのぼるであろう人数。彼女たちを見慣れているはずのエインレールたちも、さすがにこの人数がいっぺんに来ることなどこれまでに無いことで、ぎょっと目を見張り、再び固まる。彼らでさえそうなのだから、もちろんアーシャはもっと驚く。今まで見たことのないような者がなにやら―――そう、見間違いでなければ、自分の方に群がってきている気がする。この城では下位の者だが、それでもアーシャよりは数倍良い家柄だし、数倍良い身なりをしている。
「アーシャ様でいらっしゃいますね?」
 そんな者たちにいきなり名前を、しかも様付けで呼ばれ、すっかり動転したアーシャは「え、ええっ?」と返事ともそうでないとも取れる言葉を返した。わざとではない。素だ。
 しかしメイドたちは、彼女が『アーシャ』であることがわかれば、それで良かったらしい。彼女らは満足気に顔を見合わせると、アーシャの手を持ち腕を持ち、そのまま連行し始めた。その触れ方は至極丁寧なものなのだが、アーシャの意思は完全無視のようだ。その姿はかの国王を彷彿とさせ、もしかして偉い人ってこういう類の人間が多いのか、とアーシャが現実逃避の中でそんな結論に達した時には、そこは先程とは全く別の場所だった。

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岩月クロ
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