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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 そこにアーシャの意思は全くといっていいほど無かった。
 まずなにやらやけに広くてやけに良い香りのする風呂に入れられ、見るからに豪華で高価すぎるドレスを着せられ、次に髪をその持ち主であるはずのアーシャがどうなっているのかわからないほどに複雑に結われ、―――――そうして満足気な彼女らはそのまま去っていった。まるで嵐のようだった。
 なんだったんだ、と思いつつ、鏡で自分を見る。このドレスはなんとか一人で脱げそうだが……しかしこの髪は無理そう。ほどこうとして、逆にどこかで引っ掛かりそうな……。まず、その複雑な髪に掛かっているヴェールを外すのも…いや、それは簡単、なはず…だけど取ると、髪と瞳が見えてしまう。この色はどちらも希少なものだから、あまり晒さない方が良いだろう。とりあえず城内にいる時はつけておいて、無事に外に出られたら脱ぎ捨てて逃げよう。
 そもそも元々自分が着ていた服はどこに? 確かにこれよりずっと質素で―――とはいってもアーシャの家ではかなり良いものなのだけれど―――、だけれど、あれがなくては帰れない。むしろあれが良い。こんな高価な服、自分には到底似合わない。着ている、というより、服に着せられている感が否めないのだ。そうでなくとも、目立ち過ぎる。こんな格好をして下町を歩きでもしたら、たちまち何かかしらの標的になりかねない。幸い武術の心得はあるから、伸すことは可能だが、この服でそれが出来るかもまた怪しかった。どうにかして見つけなくてはと、自分の家のどの部屋よりも広い部屋を探してみたが、どこにも元の服はなかった。
 うう、と落胆しながら、改めて部屋を見渡す。一人部屋…のようだった。生活感―――否、正確には、生活に必要であろう物が揃っている、といった方が正しいだろう。しかし調度品が全てにおいていやに高級感を醸し出しているところは、流石お城、というべきなのか。
 一番目に入るのは、巨大なベッドだ。淡いピンクのひらひらなレースがあしらってある、ふかふかでふわふわなベッド。……あんなとこで眠れる人の気がしれない。逆に落ち着かなくて眠気が吹き飛びそうだ。それにしたって、本当にここはどこだというのか。呆気にとられていて何も出来なかったけれど、あれって確実に拉致じゃないのか? 例え大切に丁寧に扱われたといっても、拉致であることに変わりはないのだ。
 大体なんなんだ、ここは。まるで誰かが住むような…――――と、そこまで考え、ん? とアーシャは首を捻った。
(誰か、って……………ああああたしですか?!)
 いやいや、待て。こんな高級なところに住めるのは、この城でもきっと王族とかその辺の人間に違いないのだ。自分なんて場違いもいいところで、縁なんて一生無さそうな、そんなところで。だからこれはきっと誰か別の………。
 頭の中で必死に否定するが、この状況の全てがそれを物語っているような気がしないでもない。いや、でもきっと気のせいだ。と往生際悪く自身にそう信じ込ませた。
「でも、どうしてこんなことに……」
 全くわけがわからない。
 とりあえず、どうしよう。ここから出ちゃって良いんだろうか。でも勝手に動くのも気が引ける。――――いや、そんなことを言っている場合ではない。気が引けるには引けるが、それがどうした。あっちは加害者でこっちは被害者だ(たぶん)。この監禁部屋(にしてはやけに質が良い)から脱出することは、つまりは自分の身の安全に繋がる…はずだ。
 いろいろ不安要素はあるが、それらは一先ず無視しておいて、よし、と気合を入れると、部屋のドアノブに触れる。その瞬間、ぴりっ、と静電気が起き、反射的に手を離した。
「………っ、たぁ…」
 思わず小さく悲鳴を上げ、無意味に手を上下に振る。それからもう一度、少しばかり恐る恐るといった調子で、とんとんと触ってみる。…よし、もう大丈夫。それを確認して、今度は勢いよくドアノブを回すと、拍子抜けするほど簡単に開いてくれた。
 外側から鍵が掛かっていたらどうしよう、と思ったが、幸運にもそんなことはなかった。なんだか、これじゃ監禁じゃないみたいだ―――いやいや、これは立派な監禁だ。そうでないとなんで自分が脱走なんて真似してるのか、説明がつかないし…。
 邪念を振り払い、アーシャはゆっくりと、ドアを開けた。きょろきょろ、と左右を見、誰もいないことを確認すると、部屋から出た。…ドレスが重い。思っていたよりかはずっと軽いが、それでも重い。少なくとも、普通の服よりもよっぽどか。
 動き難い。アーシャは顔を顰めた。お姫様というものに少しの憧れは抱いていたが、やっぱり自分は平民で良かったと、この時ばかりは思わずにいられなかった。だってこんな重い物を身に纏い、それでも重さなんて感じさせないように振る舞うなんて………とてもじゃないが真似できない。
 さて、どうしよう。部屋を抜け出したことがばれれば、それなりの処罰が下るに違いない。それまでにどうにか離れなくては。とにかく、逃げる時のために、コレじゃない、もっと別の服を探さなくてはいけないし…。この際、メイドたちが着ている服でもよかった。あれもあれで問題だが、それでもこれよりかは絶対にマシ。戦うメイドなんて、良い響きじゃないか! とやけくそ気味に呟いて、重いドレスを引き摺りながら歩く。
「………………」
 ここで貧乏性が祟った。
 汚しちゃもったいない、という精神が働いたのだ。裾を軽く持ち上げる。これも疲れるが、しかし汚さないため、だ。頑張れ自分、とエールを送りつつ、歩く。今のところ誰にも会わない。
 変なの、とアーシャは小首を傾げた。
 勝手な固定概念かもしれないが、もっとこう…活気に溢れた、とは違うが…とにかく、もう少し人がいるところだと思っていた。少なくとも、自分の部屋の前には、誰かかしら見張っていると思っていたのに…――――まあ、居ないなら居ないで好都合、なのだが。
 誰かに見つかったら、という緊張感を抱きながら、周囲に警戒しつつ歩く。
 人の気配―――というか、動物の気配には敏感な方だ。ツベルの森では魔獣も出たので、幼少からそのような環境で育ったアーシャは自然とその感覚が人より―――少なくとも、普通に生活している人よりかは鋭くなっていた。剣の腕云々もまた然り。あの地でも、一番とは言わないが、かなり腕が立つ方だと自負している。
 だから、辺りに本当に人気が無いことがわかり、逆にそれが警戒心を強めさせていた。自負している、とはいえ、己の実力の限度もまた理解しているつもりだった。自分の探知能力は必ずしも万能ではない。人よりちょっと良いくらいのそれを驕って、油断するつもりなどなかった。
 注意深く、もう一度探りを入れる。
 ………誰もいない、はずだ。
 なのに、どこかで誰かに見られているような、そんな錯覚を覚える。否、これは錯覚か…?
「やな感じ」
 ぼそっと呟く。
 見られているという妙な感覚以外にも、なにやら良くない気配を感じる。自分の周りではない。けれど、この不穏な空気は………。
 都会って怖いところだわ、とアーシャは心の中で呟いた。自分にはやはりツベルの地のような田舎が似合っている。こんなところ、気分が悪くなるだけだ。とっとと抜け出してしまおう。
 改めて心に決め、心なし歩調を速める。しばらくそのまま突き進んでいくと、その右手に螺旋状の階段が出現した。そこでふと、ここは一体何階なのかという極普通の疑問にぶち当たった。
 少し考え、頭を振る。まあいい。階段をとりあえず降りよう。窓から外を覗いて確かめれば、おおよその目安は立てられるだろう。

 ―――――悲鳴が聞こえたのは、その時だった。

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