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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「誰? クリスティー?」
「ち、違います。その前の…えっと、ゆ、ユリ…?」
「ユリティア? ユリティア・ヴェイン・シャインと言ったの?」
 改めて名前を言われ、うぅん…、と眉を寄せる。目を閉じ、記憶を蘇らせるように、そうして―――

『ほう。こんなところにおられましたか、ユリティア・ヴェイン・シャイン様』

 …思い出した。
「そのです。確かに言いました」
 目を開け、自分の言葉を肯定するように頷きながら、はっきりとした口調でそう告げる。
「間違いない?」
「ありません」
 断言できる。自信を持った目で言われ、国王も、うーん…、と唸ってから、隣に立つ息子に目を向けた。
「そうなのかなあ?」
「知るか。…まあもしそうなら、本人が狙われなくて良かったと言うべきだな。あいつ、とろいし。―――ああ、代わりに狙われた本人の前で言うことじゃないか」
 悪い、と本当に申し訳無さそうに軽く頭を下げたエインレールに、別に良いです、とアーシャは笑って答えた。本心からの言葉だ。本当に、もし姫様が狙われているのだとしたら、自分が代わりに狙われたことは幸運だったのだと思う。女性で剣を扱える人はいないというわけではないが、少ないことは確かなのだ。対処できる自分のところへあの男が来たのは、この国にとっては運が良かっただろう。
 自分は平民だし、死んでも国としては大丈夫だし。と卑屈なことまで考えてしまうのは、国王との会話の所為だということにしておく。
「ところで…その、ユリティア様? でしたっけ? あの、どういう立場の方なのでしょうか?」
「ああ…知らない、のか」
 まあ俺の顔も知らなかったしな、とエインレールは納得したように言った。確かにその通りなのだが、なにやら馬鹿にされている感じがして、アーシャはムッと顔を顰めた。それに気にすることなく、エインレールは、
「ユリティアってのは、俺の妹。で、さっきの部屋でお前に挨拶したチビの姉。今は確か…15だったか」
「なるほど」
 かなり偉い人だ。いや、王位継承権は低いだろうが、そんなことは平民の自分には関係なく、王族というだけで自分よりも数段…否、数百段格上なのだと、それだけを頭に叩き込んだ。彼が『チビ』と称した彼女だって、また然り。
 そこでふと気付いたのだが、それを言うならこの目の前の男も、それから先程命懸け(比喩ではない)の喧嘩まがいをした男だって、かなり上の人たちなのだ。後者に至っては、その王族のトップたる人物なのだ。それを考えると、今更そんなことを気にするのがどうにも馬鹿らしくなってくるのだが、それは思考から無理やり切り離しておく。
「それで…どうして狙―――」
 狙われたんですか、と続けようとして、ハッと我に返った。
 どうして訊いてるんだろう、自分。どうせすぐ帰るのに。それなら訊いちゃいけないだろうし、仮に帰らないとしても訊いたら駄目だろう。極秘というやつだ。こんなどこの骨とも知れない者―――いや、ちゃんと出身もハッキリしてるが…所謂言葉の綾というやつだ―――に簡単に話して良いことではない。
 危なかった、とホッと胸を撫で下ろして、
「ああ、たぶんこの時期にってことは、ユリティアの婚約関係だろうと踏んでるんだけど」
「なんで喋っちゃうんですかっ!?」
 国王に掴みかかろうとして―――相手が国王だと思い、止めた。なんとか、止めた。
「え、だって訊きたいでしょ?」
「訊きたいですけど訊きたくないっていうか……訊いたらますます帰れないような気がして………出来れば何も知らないということで帰りたいんですけどむしろ平民如きがここにいたらいけないと思うしいけないですよねいけないですから帰ります!」
 言うなり回れ右して走り出したアーシャの後ろで「えいっ」とまた声がして――――なんだか良くない既視感を覚えつつ止まることも出来なかったのでそのまま突き進み、

 がんっ!

「いっ!……たあ………な、なんっ…ですかこれ?」
 何かに、ぶつかった。
 なんだろう、と思ったが、目の前には何もない。確かに何かにぶつかったはずなのに。
 クエスチョンマークを飛ばすアーシャの疑問に、おそらくこれをやったであろう国王が機嫌良さそうに答えた。
「妨害魔法♪」
「………さいですか」
 とてつもなくしょーもない。まるで子供の悪戯のようなそれに、アーシャは少し遠い目をした。自分はこんな物に引っ掛かったのかと、そんな不甲斐なさも相まって、なんだか涙が出てきた。
 そもそも本当にこの人、国王なんだろうか。ひょっとして自分、騙されているんじゃなかろうか。いやでもさっきのメイドは彼の顔を見て滅茶苦茶緊張していたし、その時はなにやらまともな人に見えたし……―――――でもなあ。
 未だに痛む鼻を押さえながら、涙目で国王を疑わしげに見るアーシャに、何を考えているのか察したのだろう、エインレールが「本物だ。残念なことに」と言った。ああやっぱりそうなのか、と複雑な気持ちを覚える。残念なことに、という部分はあえて突っ込まない。
「大丈夫ですか?」
 グリスの言葉に、こっくりと頷く。
「そっか、うん。それは良かった。ってことで協力お願い」
「聞いてましたかあたしの話!? それに“ってことで”の意味が全く理解不能なんですが?!」
 がらがらと音を立てて崩れていく立派な国王像は、とりあえずもう無視の方向に持っていく。
「いやでもねぇ……ちょうど良いし」
「ちょうど良いって…」
 散々な言われ様だ。一体何にちょうど良いのかと考え、おそらく身代わりか何かだろうという結論に至るまで然程時間は掛からなかった。
(確かにちょうど良いかもしれないけど…容貌はさておき、女だし、武器使えるし……でも、だからって)
 ハッキリ言ってしまえば、自分は全くの無関係、なのだ。あるいは関係者だとしても、被害者の位置にいる人間だと思う。ただでさえ(主に精神的な)負担を十二分にしたというのに………。
「そうだな。ユリティアを囮にするのは危険すぎるし…」
 それは自分なら囮にしても良いということだろうか。アーシャはエインレールの顔を睨み付けた。命の恩人(馬車の時の、あれ)とはいえ、その言い方は酷いと思う。泣いたって誰にも責められないと思う。
 はあ、と小さくため息を吐いたアーシャをよそに話し込み始めた二人を、とにかく、とグリスが諫め、にこりと笑顔を見せた。
「アーシャ様もお疲れのようですし、どこか休めるところに場所を移しましょう」
 自分を気遣ってくれるその姿に、もしかしたら王族よりもその家臣の方が国民のことを想っていたりするのではなかろうかと、ばつが悪そうに顔を顰めた王子とそれでもにこにこ顔を崩そうとしない王を視界の端に入れながら、真剣にそんなことを考えた。


 通された部屋の椅子に座って、ふう、とアーシャは息を吐いた。周りはやはり豪華なものに埋め尽くされており、座っている椅子もやけに装飾が華美で、普段なら落ち着けないのだが。どうもここ数時間で既に耐性が出来かけているらしい。自分の意外にも高かった順応性に驚いた。
 見た目はさておきその椅子の座り心地は抜群で、アーシャも気に入った。その様子を見ていた国王が、ふと首を傾げる。
「あれ、でもどうしてアーシャさんはあそこに居たのかな? 確かに部屋に通したはずなのに」
「…王族の方の“通した”というのは、拉致まがいのアレのことを指すんでしょうか?」
「いや、それは違う。断じて違うからな。そこの馬鹿が異常なだけだから」
 馬鹿…、と息子に馬鹿呼ばわりされた父親は、その言葉にかなり傷付いたようで、復唱してから寂しそうな顔をした。
「僕別に馬鹿なわけじゃ……――――って、そうじゃなくて。とにかく、その部屋。どうして出れたの?」
 その言葉に、アーシャは眉を寄せた。どうしても何も、鍵も掛かっていなかったし、普通にドアから出たのだが。もしかして、本当は鍵を掛けるつもりだったんだろうか。それを誰かが掛け忘れてくれたおかげで、出られるようになったのだろうか?
 はてと首を傾げ、その疑問をそのまま口にした。
「あれって出られない造りになってるんですか?」
「まあ、そう」
 悪びれなく頷く国王に、がっくりと項垂れる。
「…つまり、監禁されかけたわけですね、あたし」
「あー…まあ言い方を悪くするとね!」
「良くしたらどうなるっていうですか…」
 んー、と国王は悩むような顔をして、
「護るため、かな」
「護る?」
 どうしたらそういうことになるのだろう。反論しようとしたが、相手の顔がそれまでよりも真剣だったために、気後れしてしまう。たとえどれだけふざけた発言をしていたとしても、やはり彼は王なのだ。威厳のある、この国を護る王。その雰囲気に呑まれそうになり、そうならないように気を確り持とうと、負けないように王の顔を見返した。
「どういうことでしょう?」
「本物の剣を持ってたからな。何があるかわからない。そのためだったんだろう。…それがどうしてああいう行動に繋がったのかはわからないが」
 エインレールが答えた。
「本当は兵士も何人か連れて行く予定だったんだよ。だけどなんかメイドさんたち、いやに張り切って暴走して……まあでも、あの部屋に通したから大丈夫だろうと思ってたんだけど……」
「あの部屋…って、あれ普通の部屋でしたよ」
 じゃあ部屋を間違えたのかな、と首を傾げた国王の言葉に、
「いえ、ちゃんと“あの部屋”でしたよ」
アーシャの後ろから聞こえた声が答えた。

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