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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「な…に?」
 嫌な予感が当たったようだ。
 アーシャは混乱した頭で、それだけを理解して、どうしようかと逡巡した。悲鳴が聞こえた方に行けば、確実に厄介事に巻き込まれるだろう。
 だがしかし、そこに誰かがいることは事実だ。
 一人武器も持たずここにいる方がよっぽどか危険だろうと判断し、一先ず誰かと合流しようと階段を駆け下りる。元はその“誰か”に見つからないように静かに歩いていたのだが、それが全て水の泡だ。悪態を吐きたい気持ちに駆られたが、そんなことをしても意味はない。
 先程は全く無かった人の気配が入り乱れ、どの方向に何人いるのか、落ち着かなければいまいち特定できない。しかも重いドレスが移動の邪魔。着れば自分の命を逆に危険に晒すことになるというのに、なんだって偉い人というのは好き好んでこんなものを着るのか、全く理解できない。特に今この状況においては。
 ドレスの汚れを気にしている場合でもなさそうだ。そう判断したアーシャは、自分の貧乏性を根性でねじ伏せた。裾から手を離す。…しかし離したら離したで、またひらひらとする裾が邪魔で仕方なかったが。
 あーもうっ、と思いながら走ると、青い顔をしたメイドに会った。人と会えたことに安堵し、けれどやはりその表情から状況が芳しくないことが窺い知れた。
「あっ! な、なんでこんなところにっ?」
「そんなことより…顔色が悪いけれど、大丈夫? 何があったの?」
 とりあえず落ち着かせようと、肩を確りと掴んで、顔を覗き込む。
 が、
「ほう。こんなところにおられましたか、ユリティア・ヴェイン・シャイン様」
 彼女を落ち着かせる前に、自分が動揺した。
 召使いの後ろに、誰か―――身なりの良い格好をした男が立っていた。格好が格好だけに、中に入れてしまったのだろうか。それにしても、いささか無用心すぎる。どんな警備体制をしてるんだここは、と罵りたい気分になったが、それもこの状況では叶わない。
 というか、なんだか自分、誰かと勘違いされていないか? 聞き間違い?
 …まあ、どっちだって良い。違うと言っても、信じてもらえそうにない。
「貴方は?」
 肯定も否定もせずに聞き返す。
「私のことなど、聞かなくてもよろしいでしょう。どうせここで命を失くす身なのですから」
「…勝手に殺さないでいただけません?」
 その物言いにかちんときて、反射的に言い返してしまう。そして言い返してから後悔するのだ。何やってんだ。相手を煽って。武器の一つも持ってないのに。
「ほう。聞いていたよりも気がお強いようで…」
(聞くも何も、別人ですから…)
 と、それは言わない。言ってもやっぱり意味が無さそうだし。話を察するに、どうやら自分は、この国の王女と間違えられているようだ(男が告げた名前の後ろ、『ヴェイン』の姓は王族にしか与えられないものだ)。無理もないけど。こんな格好だし。特徴的な髪の色は、生憎と隠れてしまっているし。というか、隠すために被ったままにしていたのだが。…どうやらそれが仇になったらしい。もし取っていれば間違われる可能性はかなり低かっただろうと考えると、なんだか本当にこの頃の自分は運に見放されているんじゃないかと思ってしまう。実際、見放されているのかもしれなかった。
 とにかく。
 勘違いで殺されるのはご免だ。
 どっかに武器無いかなあ、と思いつつ視線を巡らす。それをどう捉えたのか、男はアーシャのその行動を嘲るような表情をした。
「護ってくれる人はいませんよ。別のところで私の仲間の相手をしておりますから」
 ………どんだけ侵入者を許してるんだろう?
 やっぱりこれはいろいろ問題があるのでは、と自国の警備の緩さに呆れつつ、メイドの耳元で囁く。
「ねえ、なんでも良いの。武器になるものない?」
「え?」
「何をこそこそと話しているのです」
 遮るように、男が言う。さすがに見逃してはくれないようだ。しかし、伝えることは伝えた。メイドがそっと折り畳み式の果物ナイフを手渡してくれる。見えないところでそれを受け取る。
 こんなものでもないよりはマシか、と苦笑した。彼女はがくがくと震えているから、たぶん自分が持っていた方が有意義。先程仲間は来ない、と言っていたが、それだって、今は、というわけで、少しの間持ちこたえれば誰かかしらは来るだろう。…と、信じる。
 感覚を尖らせる。自分たち以外の気配は、近くには無い。自分たちに味方はいないが、それは相手も同じということか。―――これが正しいかどうかは、自分のソレを信じるしかないのだが。もしも悪い意味で外れていたら、最悪だ。
 内心で舌打ちし、相手を見据えた。
(本当はもう少し確りした物が良かったんだけど……こんなことなら家から持ってくれば良かった)
 下手に目立つ―――どこをどう見ても村娘という者が剣を帯びていたら目立つだろう―――といけないと、そう思ったのが仇になったらしい。まあすぐに帰ってくるし、と高を括っていたのも、あるいはいけなかったのだろう。まさかこんなことに巻き込まれるとは思っていなかったし。
(ま、やれるとこまでやりますか)
 ふう、と息を吐く。
 そして、
「え………?」
 驚きに目を見張った。
 正面に立つ男の後方から人の気配。まだ遠いが、それでももう既に見える位置にいる。敵か味方かで言ったら、絶対味方だと言い切れる。
 アーシャの驚きようから、それが演技でないと悟ったのだろうか? 男が振り向き、チッと舌打ちをした。そこに先程の部屋で見た男と、それから第三王子だといわれた男が見えた。アーシャは前者が誰かは知らなかったが、男にはそれが相当腕の立つと有名な者であるとわかったのだろう。
「くそっ、もう突破されたのか……いや、しかし」
 言うなり、男が持っていた剣を抜き、アーシャたちの方へ向けた。一本かと思っていたが、どうやら二本所持していたようだ。腰に帯びているものの他に、もう一つやけに豪華な造りをしている―――あれは、見覚えがある。自分が見つけた【ツォンの剣】にひどく似ている。
 成程ね、と彼らがここに入れた理由をなんとなく悟った。あるいはそれは完全に方便というわけではなく、もしかしたら本物と偽って見せる時に何かを企んでいたのかもしれないとアーシャは思ったが、結果的にそちらは防がれたようだったのでよしとする。
 二本の異なった形状の剣を持つ男の姿に、メイドがヒッと悲鳴を上げ、しかしアーシャを護るためなのか、彼女の前に立った。
 男が走る。
 アーシャと男の距離。男と味方の距離。それは明らかに前者の方が短かった。確実に、間に合わない。
「お前を殺せばっ!」
 狂気だ。少なくとも、正気ではない。アーシャは思った。
 けれど、それに怯え屈するほど、弱いわけではない。殺気を向けられるのは辺りに出る魔獣によって慣れている。その時と比べると、“個人”として狙われているため、気分は悪かったが、それも人違いだと考えると滑稽極まりなく、こんな状況だというのに苦笑が灯る。
「下がってて」
 自分を護るように立つメイドの肩を左手で掴み、乱暴に横に退けさせる。その心は純粋に嬉しかったし、すごいものだと思ったが、だからこそこんなところで死なせたくはなかった。
 そのまま右手で果物ナイフを開き、相手の左手目掛けて投げる。相手の動きの邪魔を少しでも出来ればそれで良い。そう思いながら投げたソレは、見事狙い通りに剣の柄に当たり、その反動で手から剣が飛ぶ。どうせならその時点で少し怯んで動きを鈍らせてくれると良かったのだが、どうやら男にもはやそういった考えは存在していないようで、叫びながら近付いてくる。
 さて、どうしたものかな。
 手元の武器は投げてしまった。まあどっちにしろ二本を相手に出来るような上等な物ではなかったから、その判断を後悔するつもりはない。下手に受けても、止められていた自信は無い。
 幸運なのは、とりあえず味方である彼らがここに到達するまでの間だけ耐え切れば、後はどうにかなりそうな予感がするということ。それだって、きっと一分も掛からない。一瞬だろう。その一瞬でこちらが死ななければ良い。
 ………それだけのことだ。
 魔獣の動きよりも随分と鈍い。元々がそうであることもあるが、相手の油断も関係しているのだろう。
(これなら避けれる)
 これまた幸運なことに、靴も履き替えさせられたとはいえ、かかとの高いものではなく―――とはいえ、元々履いていたものよりかは高いが―――、全体的に厚底なだけだった。
 左足を引き、体勢を心なし低くする。剣が突き出される一瞬前に足を出した。そのまま滑らすように手を相手の右腕の側面に沿え、自由な右足で相手の足元を払う。体勢を崩した相手の背中に体重を掛け、手を捻る。突然のことだったからだろうか、それだけで剣を落としてくれた。拘束はいつまでも持つものではないが、それでも数十秒は大丈夫なはずだ。足元にあった剣を蹴り、男から離す。
 少し安堵し、――――けれど舌打ちをして、地面を蹴り相手との距離を確保する。男の自由になっていた左手に、別の短刀が握られていた。何本隠し持ってるんだと悪態を吐きつつ、体勢を整えると共に床に転がった相手の剣を取る。本当はもっと細身の剣の方が好みなのだが、そんな贅沢なことを言っている場合ではないだろう。
 そこでもっと距離を取り、味方の到着を待っても良かったのだが、壁に凭れかかり怯えている彼女を人質にされては面倒だと、そのまま踏み込む。
 剣を薙ぎ、短刀を払いのける。そのまま威し付けるように踏み出し、相手はそれによって、後ろに下がる。それ以上は踏み入らなかった。何が出てくるか予測不可能だし、踏み込んだ理由はメイドから男を離すためであって、相手を倒すためではなかったからだ。
 放心している彼女に、声を掛けた。
「立てる?」
「え……あ、はい」
 さすがは王宮仕えといったところか。非常事態だというのに、なかなか気丈だった。声こそ震えているが、立ち上がった様は確りしている。
「後ろに」
「はい」
 今度は前に来ることなく、アーシャの発言に従い、下がる。このまま前にいたところで、自分は足手まといであると悟っているのだろう。彼女が頭の良い人でよかったと思いつつ、警戒は解かない。
「まさか頭でしか物事を考えられないようなお姫様が、そこまで剣を振るえるとは…」
 予想外ですよ、とこの期に及んで皮肉を言う男の真意は、アーシャにはわかっていた。要は挑発しているのだろう。そうすれば、隙が出来やすいから。が、生憎とアーシャはその『お姫様』とやらじゃないので、どうとも思わない。そもそも頭で考えられるお姫様なら、それが挑発だということぐらいすぐに見抜くだろうと呆れが生まれたが、男は目的さえ果たせればそんなことはどうでもいいのだろう。尤もその目的だって、アーシャを相手にしている時点で、もはや不可能に近くなっているのだが。
「お前、剣使えたのか…?」
 ようやく追いついたエインレールが信じられないという表情で、アーシャを見やった。思ったより時間が掛かったな、と思いながら質問に答える。
「使えますよ。まあ、この重いドレスが邪魔で上手く振るえないんですけど…そんなことより、この人どうしたら良いですか?」
「捕えます。どうぞお下がりください」
 暗にそれ以上前に出るなと言っているのか。やたら体格の良い男にそう言われ、アーシャは素直に従った。自分の力を過信するつもりはない。まして先程言ったように、どうにもドレスが重くて普段の動きが出来ないのだ。後ろに下がっていた方が得策だろう。狙われてるのは(相手の勘違いだけど)自分のようだし、とアーシャは剣を構えたままの体勢で、警戒しながら下がる。
「ふん。まあ良いでしょう。とりあえず、今日のところは引きましょう」
「…って、なんか思いっきり自分が有利みたいに言っているけど、さっき完璧にあたしに負けてたじゃない、貴方」
 呆れたように言ってやる。挑発の意味合いもあった。
 こんな男を野放しにしておくべきではない。先程のこの男の言葉は誇張されているに違いないが、それでもどうも自分と間違えられた姫様は、剣が達者でないように思える。それなら、不安要素は一つでも摘み取っておくべきだろう。何者か吐かせる必要もあるだろうし…。
「挑発ですか」
 くつくつと男が笑う。嫌な笑い方だと思った。
「そうよ。乗らないのね」
「貴女も乗りませんでしたね」
「馬鹿ではないから、ね」
 そもそも向けられた言葉が自分に対するものではないのだから、怒ろうにも怒れない。それが自分の友人に対するものであったならば、また話は違っていたかもしれないが。
「そう。そうですか。…ですが―――」
 と、未だに不敵に笑う男の言葉を遮り、

 ―――――バアァァァァァアンッ

 爆発音。しかも、大きい。
「…っ、一体―――っ!!」
 何が起こった、と言おうとし、迫ってきた刃を反射的に剣で止めた。魔獣討伐の手伝いをしていた時に培われたものだ。行っておいて良かったと本気で思った。
「くそっ」
 悪態が吐かれる。それが誰のものであるのかわからないまま、目の前で光が爆ぜた。

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