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がんっ、と鈍器で頭を殴られたような衝撃。
「ええ!? こ、これがツォンの剣?! ま、まぁ…確かに綺麗だし、高価そうだし……でもだけど、なんだって?」
「だから、国王様が第三王子の花嫁を捜すためにだね」
それがまず信じられない理由なんですが、と思ったがもちろん口には出さない。出したが最後、国王信奉者―――簡単に言うなら、国王ラヴの母、ルルアにこっぴどく叱られた挙句、食事を抜きにされ、更には仕事を増やされる危険性が非常に高かったからだ。
「で、でも……」
俄には信じがたい。アーシャは机の上に置かれている剣を見下ろし、唸る。
見つけた日から傷付けないようにと布(さすがに使い古したものではダメかと、新品のものを降ろしたのだが…それでも剣に比べるとどうしようもなくお粗末なものだった)で包んでおいたのだが………傷を付けなくて本当に良かった、と胸を撫で下ろす。そんなことをしていたら、国王……ではなく、まず実の母親に殺されかねない。無自覚だったとはいえ、結構な命の危機に立たされていたらしかった。
(でもまさか国宝だなんてね。確かに綺麗だけど、せいぜいどっかの貴族のか、そうじゃなければそれを相手にする行商人の売り物だと思ってたのに)
厄介な物を拾った、というのが正直な気持ちだ。なんでこんな収穫の忙しい時に厄介事が起こるのか。ただでさえ先月、この地の長であり、アーシャの曾祖母であったリニィ、通称“大婆様”が亡くなったばかりで、いろいろと慌しくなっている時期であるというのに…。更にここ数年、ツベルの実の収穫量が少なくなっていて、そのことについて皆と話し合っていく必要があると、アーシャ自身が提案している。それらの全てのほっぽっていくなどという無責任なことは、出来ればしたくない。
そこまで日頃の行いが悪いわけではない(と思う)のに、何故こうなるのだろう。半ば以上本気で神様を恨みつつ、はあ、とため息を吐けば、
「何辛気臭い顔してるの。名誉なことじゃない、これは。お城にも入れるし、国王様にも会えるし。さぁて、何を着ていきましょうかね」
「え、何を着る…って、普通の服で良いんじゃない?」
「アンタの普段着はいっつも飾り気のない作業服でしょう!」
そんなものを着て国王様に会いに行くつもり?! とすごい剣幕で睨まれれば、アーシャだって口を閉じずにはいられなかった。しかし、言っていることも尤もだ。流石に作業服であの豪華すぎるお城に入るなんて――――って、
「待って。あたしが行くの?」
「当たり前じゃないの」
「なんで?!」
「貴女が見つけたからでしょう」
「…母さん行けば良いじゃない。あたし、別に会わなくても良いもの。収穫の時期だし」
言って、後悔した。
なんだかものすっごく怖い目で、ルルアがアーシャを見ていた。どの件(くだり)で機嫌を損ねてしまったのだろうかと考えながら、弁明のために口を開く。
「え、えーと……べ、別に会いたくないってわけじゃないの。ただね、本当に忙しい時期だから」
「収穫なんて、来年も再来年も出来るわよ」
「いやでも」
「それじゃ母さんがやっとくから。これで良いでしょう? さあ、ぱっぱと用意して!」
「い、今から行くの? それに母さんがやるなら…あたし一人で行けってこと?」
勘弁して欲しい。騒がしいところはそんなに好きじゃない。そんなところに好きでもない用事で行かなくちゃいけないなんて。しかし、ルルアの顔を見る限り、今からすぐにでも出掛けなければ、本当に食事減、仕事増にされかねない。
「はあ………まあいいわ。とにかくこれを渡しに行けば、それで終わるんでしょ」
「何言ってるの」
「何、って…」
その通りのことだ。他に何があるというのか。眉を寄せる。……何かを忘れている気がしないでもない。どちらかといえば、そう…忘れておいた方が良いような、そんなこと。
しかし、ルルアはしっかり憶えていて、そしてアーシャにもしっかり思い出させてくれた。
「持っていった人は、第三王子の花嫁、になるのでしょう?」
「……………え?」
ぽかんっ、と口を開けた後、アーシャは叫んだ。
「やだ! 絶対やだ! なりたくない!」
そんなの褒賞でもなんでもないではないか。むしろ逆だ。少なくともアーシャにとってはそうだ。
(それだったらお金の方がずっと嬉しいって…)
そんな考えは、思いっきり表に出ていたらしい。じろっ、と睨まれる。
「う……に、睨まれたって。だって、は、花嫁…って、だって……そ、そうだ。シャルは? シャルにこれ持ってってもらいましょう? ね、それが良いわ」
友人であるシャルリアの顔を思い浮かべ、しきりに頷く。彼女なら………いやでも、彼女はなぁ………「知るか」の一言で斬って捨てられそうな、そんな感じがする。それに彼女は、人間の男(や、別に男性だけじゃなく、女性だって。とりあえず、人間一般)よりも、ツベルの実の成長を観察している方がずっと好きって本人も言っていたし。でも彼女なら自分の位とかそんなの関係なく、例え相手が国王だとしても、ばっさりあっさり嫌だと断ることが出来そうだ。否、間違いなく出来るだろう。いやいっそ言えなくても良い。誰か他に適材人物は――――
ぶつぶつ言うアーシャの希望を、ルルアは呆れた様子のまま打ち砕いた。
「貴女国王様のお言葉を聞いていなかったの? ダメねぇ。国王様はそれを最初に見つけた者、そうじゃなければその家族の誰かが持ってきなさいと仰っていたじゃない」
「へ? そうなの? じゃあ…か、母さんが持ってけば?」
もう一度先程の言葉を、今度はさっきよりももっと気持ちを込めて、けれど無理だろうなぁと思いつつ、一応口にしてみた。
「馬鹿!」
べしんっ、と頭を叩かれた。……これは、本当に食事抜きになるかもしれない。
「ほら、着替えてさっさと行きなさい!」
少し怒ったような顔をした母を前に、はぁい、と気の無い返事をして、ルルアが出した服―――たぶん、母が昔着ていたものだろう。物は古いが、しかしアーシャが持っているものよりよっぽど上等な物だ―――を受け取り、着替えるために二階に自室に向かう。
(ま、母さんには悪いけど、いや実は全然悪いなんて思ってないけど、とにかくこれを渡した時に断ろう。…だってそんなのアリエナイもの。あっちだってそう思ってるだろうし。―――母さんには後で怒られるかもしれないけれど、でもそんなのになるよりかはずっとマシ!)
絶対、断る。
そんな決意を胸にして、その日の昼に、アーシャは布に包まれた剣を持って、ツベルの地を出立した。