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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 いつもと同じ、講義風景だ。
 まるで世間話でもするかのように、可愛らしい丸テーブルを間に挟んで座り、ユリティアがにこにこ顔で話す。その斜め後ろには彼女の侍女であるソフィーネが佇み―――いつものように凛とした立ち振る舞いだが、アーシャの見間違えでなければ、彼女の視線は常に一点にあり、表情は至福に溢れている。同じようにアーシャの後ろにはキントゥが控えているはずだが、この方向からでは確認が不可能だ。
 今日はツォルヴェインに近しい国についての講義だ。今はちょうど、隣国リティアスの説明。自分が嫁ぐ国のことだというのに、ユリティアの顔は普段と違わない笑顔のままで、彼女自身が自分の結婚についてどう考えているのかは窺い知れない。…とはいえ、普段から何を考えているやらよくわからない節はあるが。
「リティアスは、女系継承が基本の王国です。女尊の嫌いが周りの国よりも高く、逆に男性を卑下するような傾向がありますが、現在ではその傾向も若干薄れてきています」
「へえ。…あれ、でも今のリティアスの王様って、男性じゃなかった?」
 ユリティアがアーシャの発言ににこりと笑みを見せる。人差し指を一本、可愛らしく立てて見せて、
「そうなんです! 私のお義父様となる人ですね」
 あ、王様に嫁ぐわけじゃないんだ。とアーシャは今更ながらにそんなことを思う。ということは、王子に嫁ぐ、ということか。
「厳密に言うと、今のリティアス国王様は、第一継承権を持っているわけではないのですよ」
「王様なのに?」
「はい、王様なのに、です」
 変な話だ。そもそも、男性が国王として君臨しているところから、先の話と矛盾している。
「リティアス前国王様も、それからその前の国王様も、そうです。彼らも、第一継承権は持っていません。どちらも、持っているのは第二継承権です。今のリティアスでは、ソレが王位を継承する権利となっています」
「その人たちも、男性?」
「はい。数世代前から、リティアスの王族には、女児が産まれておりませんから、致し方なく。先程の男性の立場が徐々に強く――つまり、女性と対等になりつつある、というのは、これが理由ですね。生まれた当時から国王が男性であるという民が、大半ですから。根底に女尊の念が埋め込まれていたとしても、薄れてしまうのは仕方がないことかと」
「そもそも今のリティアスは、直系の数自体が少ないですから。女の子が産まれないのは、単に確率の問題じゃないかとも思われますわ」
 途中で口を挟んだソフィーネが、何がおかしいのか、言い終わった後に、くすくすと笑う。視線の先にはキントゥがいて、納得。どうやらソフィーネが口を挟んだことが気に食わなかったらしくて、睨みつけたらしい。それがソフィーネにはおかしかったのだろう。
「直系の数が少ないって………ええと、王様の子供が少ない、ってこと?」
「簡単に言えば、そういうことですね。…といっても、今の私たちから見て、という前提が入ります」
 なるほど。たしかに今のツォルヴェイン直系は多い。そこからの視点では、たしかに“少ない”ことになるのだろう。
「でも、意図的に産まれてくる子供の数を抑えている、というのは間違っていません」
 そこで初めの継承権の話に繋がるのですよ、と言われ、そういえば第二継承権がどうのこうのと話していたかと思い出す。
「初めて男性が国王として君臨したその時に、かの王自身が、定められたのです。『私が持つのはあくまで第二継承権であり、第一継承権は、前国王である実姉に在り』と」
「…なんでまたそんなことを」
 傍から聞けば、ますますおかしな話である。そもそも、その女王は、いったい何だというのか。
 眉を寄せたアーシャの表情からそれらを読み取ったユリティアが、え~と、と悩んだような声を出した。
「かの女王様は、御身をお隠しになられ、今もどこで何をしているのか、どういった理由でそうなされたのか、詳しいことはわかっていないんです。けれどリティアス王家が忠実にそれを護り、第一継承権を彼女に授け続けているということは、彼らはその理由を存じているのでしょうね。失踪された時、お腹には子が宿っていたという話もありますし…」
 ユリティアの表情は、痛切そうな色を滲み出している。これは単に彼女の性格ゆえの表情だろう。完全な他人事でも、彼女は感情移入してしまうのだ。
「ちなみにその方って、ご存命だったらおいくつくらいなの?」
 アーシャが首をこてんと傾げると、同じようにユリティアがきょとんとした顔で小首を傾げた。続けて、ソフィーネに視線を送るが、彼女も詳しくは知らないと言う。キントゥは訊く前から首をぶんぶんと横に振っていた。
「要するに、御伽噺、みたいな感覚?」
「実際にあったことではあるのですけれど、そんな印象も少し…。でも…」
 勉強不足でした、としょげるユリティアに、慌てて「そこまで詳しく知りたかったわけじゃないから別にいいよ!」とフォローする。そうしないと、浮き上がってきそうもなかった。
「そ、それで! それがどうして、意図的に直系を減らす、なんて話に繋がるの?」
 慌てて話題を変えれば、ぱっと復活したユリティアが、それはですね、とまた元のにこにこ顔に戻って説明し始める。
「王位継承争いを単純化するためだと思われます」
「数が多いと、その分争いは複雑になりますから…誰がどうとか、なんだのかんだの。ましてあの国は第一継承権を存在すら怪しい人物に渡してしまっているわけでございましょう? もしその“女王の後継者”だと名乗る人物が現れれば、いっそう荒れますもの。そういうのをなるべく避けたいんじゃないのかしら。―――アタシから言わせれば、そんなこと考えるくらいならとっととその女王様とやらから権利を剥奪しちゃえばいいのに、って感じですけど。そっちの方がよっぽどか単純になりますわ。律儀に御伽噺を信じ続けるなんて馬鹿みたい」
「ソフィーネ! 滅多なこと言わないでください!」
 キントゥが目を吊り上げて戒める。あら、とソフィーネが口元に手を当てる。その姿からも妖艶さが漂うが、そんなところも可愛いわぁ~、という語尾にハートマークがつくのではないかと思われるほどの浮かれた言葉が全てを台無しにしている。
 きゃあきゃあと騒ぐ二人(主に片方だけ)を横目に、アーシャが控えめ気味に挙手する。
「え、と。質問なんだけど、ソフィーネの言うように、もし今その後継者っていう人が出てきたら、本当にその人が王様になっちゃうの?」
「そうですよ。ただし王の取り決めで、女性に限ると」
 そういう問題じゃない。アーシャは知らず知らず、眉を寄せた。
「でもそんな急に現れた人が王様になんてなったら、絶対混乱するよ。下手すれば、国が機能しなくなる。その女王様の子孫が良い人なんて保証、どこにもないわけだし…」
「大丈夫ですよ」
 ユリティアは一点の曇りもない、まるで花が咲くような笑顔のまま、胸の前で手を組んだ。そんな動作が彼女の清らかさを余計に強調させ、見る者を魅了する。
 が。
「だってそんな風に言い伝えられるくらい素敵な女王様の、子孫様ですよ? 絶対に良い人に決まってます!」
 その瞬間、後ろの騒ぎ声も止まった。しーん、と静まりかえる室内。
「……………」
「……………」
「まあ姫様、そんなお馬鹿なところも大変可愛らしいですわ!」
 予想だにしなかった発言に絶句する二人とは打って変わって、ソフィーネが目をハートにさせているが、その内容も発言自体を褒めるものではない。いや、もしかすると彼女にとって、それは褒め言葉だったのかもしれないが。
「え、や、あの…いいの? そんな理由で?」
「? いけません…でしたか?」
 心底不思議そうな顔のユリティアに、アーシャが「いや…いけないっていうか…その…」と、しどろもどろに答える。
「あああ、っと、そ、そうだ。あたしユリティアの旦那様になる人のこと訊きたいな! どんな人なの?」
「さあ、会ったことがありませんもの。でもきっと良い人です」
 しまった、とその瞬間に悟る。突っ込んで訊ける内容じゃない。いくらユリティアが全然全く気にしている素振りを見せないとしても、だ。
 幾分か沈んだアーシャの表情を見てか、それともそれとは関係ないのか、ソフィーネが「大丈夫ですよ」と優しく言う。
「もし姫様を蔑ろにし、あまつさえ乱暴に扱うような殿方でしたら、アタシがぶっ飛ばしますもの。フフッ」
「それもあんまり安心できる内容じゃないよね!?」
 そうでなくてもアタシから姫様を奪うなんてそんな邪魔者は…と暗い笑みでぶつぶつと呟き続けているソフィーネに、アーシャはサァッと顔を青ざめる。やばい。こっちも変なスイッチが入った。
「で、でもそうだよね。ユリティアの言うとおり。き、きっと良い人、だよ。ねえ、キントゥ」
「え? あ、そ、そうです! そうに決まってますよ! ユリティア様幸せになってくださいませね!」
 ちろりちろりとソフィーネの顔色を窺いながら、あたかもユリティアに話すかのように語りかける。
「はい! でも今も十分幸せですよ」
「姫様、そうなのでしたら、行く必要は無いと思いませんか? 姫様が行かなくても、クリスティー様がおりますもの」
「ちょっと、ソフィーネ!」
 いくらなんでもそれをここで、と先程よりも随分と怒った顔でキントゥが声を荒げる。
「つまり…誰でもいいってこと?」
 これ以上ことを荒立ててはいけないと思いながらも、ぽつりと出てしまった言葉に、けれどこの場においては不自然なほどに笑顔を浮かべたユリティアが、そんなことはないですよ、と柔らかい声で答える。
「ツォルヴェインの王族でなければいけません。ツォルヴェインとリティアスは代々、親交のために妻・夫を贈ります。ツォルヴェインは妻を娶り、リティアスは入り婿をとるというのが本来ですが、今回はあちらに王女様がいらっしゃらないので――」
「そうじゃなくて!」
 そういうことじゃ、なくて。
「ねえアーシャさん」
 ユリティアの笑みがより優しいものになる。けれどいつもの優しさと、少しだけ、違う。
「私、王族なんです。ユリティア・ヴェイン・シャインという名の。初めてなんです。王族として、みんなの役立てる“お仕事”」
 本人は心底嬉しいと言わんばかりの表情だというのに、切なさに胸が締め付けられる感覚。だから、と続く声。
「大丈夫ですよ」
 そこに一片も暗いものを見せないところが、彼女の強さだろう。
「それに」
「それに?」
 まだ何かあるのか、とアーシャは身構えた。
「向こうはお花も綺麗といいますし、お料理も美味しいとか。特に果物類が有名だそうですね。こちらにはない種もあるらしく…果物は好きなので、とても楽しみなのです!」
「…………へ?」
 目をぽうっとさせながら、うっとりとした様子で頬に手を当てる。…そういうところを見ると、本当のところ何を考えて発言しているのか、よくわからなくなる。
 だけど、そういう表情をしている方が彼女らしいと感じるし、なにより、見ている側としては、嬉しい。思わず笑みが漏れる。
「そうですわね! 最高なものを出させますわ!」
「あ、貴女にそんな権限は無いでしょう!?」
「あら、そんなのアタシには関係ありませんもの」
「ありますよ! いったい何をしでかすつもりですか!」
 もはやお決まりのようにキントゥが突っ掛かる。それをソフィーネが心底喜んでいるということに、いい加減気付かないものか。いや、気付いているがそれでも言わずにはいられないのかもしれない。
「それよりアーシャ様、良かったですわね」
「はい?」
 急に向いた矛先に、読めない発言。その双方に対して首を傾げたアーシャは、
「もしもあちらに王女がおりましたら、婿に行くのはエインレール様でしたのよ」
「………え?」
 その瞬間にぴしりと固まった。
「なんですか唐突に! そんなことを言われても、アーシャ様が困るだけです」
「あらいやだ。困らせたくて言ったのよ」
「最低ですよその発言は!」
 きゃんきゃんと吼えるその姿は、実際女性としては高めの身長のソフィーネを前にしてやると、本当に小型犬が大型犬に立ち向かっているように見え、微笑ましい。
 のだが、
(………なんだろ)
 もやもやする。
 アーシャは一人、胸に手を置いた。何故だか、気持ち悪い。
 これがキントゥが自分のことを様付けしているから、という理由でないことはわかる。それはもうだいぶ前に諦めた。
「それは大変でした! もしそんなことになっていたら、アーシャさんは私のお姉様になっていなかったのですよね。それはとても嫌です」
「いや、今もなってないし、そうでなくともならないから!」
 遅れてソフィーネの発言を理解したユリティアの、悲鳴のようなソレを否定する際に、綺麗さっぱり消し飛んでしまったが。

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