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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ ある赤頭巾と狼のお話 ]

 うう、と狼は呻いた。なんで自分がこんなことを、と何度も繰り返した言葉をまた反芻する。
 自分の全身を眺め回した。動物服。上と下の繋がった、まさしく動物の服。狼、ということらしいが、どうしても犬に見える。まあ狼も犬も似たようなものか、と思う。実物ならまだしも、こういう服であるならば、尚更に関係がない気がする。というか狼だろうが犬だろうがそれ以外の動物だろうが、こんな格好をすること自体が恥ずかしいのだ。
 さっさと着替えてしまいたい、と切実に思う。しかし残念なことに、狼は今着ているこの服以外の服を持たされてはいなかった。つまりこれを着ないことにはどうしようもないのであった。
 とりあえず、どっか。どっか探そう。服が貸してもらえるような、どっか。
 きゅう、とお腹が鳴った。あー、と朝方のことを思い出す。そういえば、この格好が気になりすぎて、ご飯を食べられなかったんだった。
「お腹空いたなあ…」
 ぽつりと呟く。こんなことなら、赤頭巾と別れるべきではなかったかもしれない。この格好を見られるのが嫌で、思わず離れてしまったけれど、あの人ならば帰り道だってわかるし、ちょっと我慢していれば、服だって貸してもらえたかもしれなかったのに。あと食べ物も。
 ぐるぐると、後悔ばかりが頭を回っている。ちっぽけな羞恥心なんて捨ててしまえば良かったのに。いや、自分としてはちっぽけではなく、結構大きかったりしたのだけど。それはそれ、である。
 戻ろうか、と考えた。あの花畑まで。しかし後ろを振り向いて、狼は早々に諦めた。どこをどう歩いてきたのか、全く思い出せない。おそらく考え事をしながら歩いていた所為だろう。現在地すら不明だ。
 つまり、
「…遭難した?」
 さあっと顔が青ざめる。ああ、でも落ち着け。ここは森だ。ここを抜けたらどうにかなるはずだ。…しかしそれだって、まずどちらに歩けば良いのかわからないことには、どうしようもないわけで。つまり、つまるところ、これは完璧に、見事なまでに、迷った。と。
 狼はその場で頭を抱え込んだ。しばらくそうしてブツブツと言っていたが、やがて腹を括ったのか、立ち上がると、歩き始めた。闇雲に。こうなれば、自分の運を信じるのみである。というより、それぐらいしか信じるものがなかった、と言うべきか。
「せめて何か食べれそうな実がついてる木に出会えますように…っ」
 そんな祈りを呟きながら辺りを見渡しながら歩いていると、遠目に小さな小屋が見えた。
 どうやら自分の運とやらもまだまだ捨てたもんじゃないらしい。いや、なんというか、こういう状況に陥っていること自体がそもそも幸運とは言い難いのだけれど。それでも。不幸中の幸いとはこのことだろう。
 ともすれば踊り出しそうな心をなんとか抑え込み、その小屋を目指した。
 でも、と。
 歩き始めてから、数分。
 ――もし人が住んでいなかったら意味がないんじゃなかろうか。
 そんなことがふと頭に過ぎった。振り払いように顔を左右に振りながら、ひたすら歩く。それでも不安は消えなくて。だから家に近付いたところで窓から中で動く人の様子が見えた時、狼は心底安堵した。
 小屋の扉を、とんとん、と控えめ気味に叩く。はあい、と明るく穏やかな声が中から聞こえた。ぎい、と音を立てて、木の扉が開く。あら、と中にいた女性が微笑んだ。
「貴女が先に着いたのね。良かったわ」
 自分の方が、“先に”? そもそも、ここに寄ったのは単なる偶然のはずなのだが。一体何が良かったというのだろう。狼はわけがわからずに内心首を傾げたが、しかしそれを考えるよりも、今は空腹感の方が勝っていた。
「あの、不躾で申し訳ないのですが――」
 お願いが、と続ける前に、女性がくいっと狼を引っ張った。弱い力だが、有無を言わせない何かがあった。
「こんなところで立ち話するよりも、中で紅茶でも飲みながらゆっくりとお話したいわ。ちょうどお湯も沸いたところなのよ」
「え、あ、あのう…?」
 戸惑う狼のことなどなんのその、である。さあどうぞ、とあまりにも自然に椅子を勧められたので、どうもありがとうございます、と思わずそのまま座ってしまった。事情は一向にわからない。疑問符が飛び交うばかりである。
「それにしても楽しみだわ。これからね、わたくしの………孫、が来るのよ。ふふっ」
 狼は、はあ、と呆けた声で返した。孫がいるような歳には、とてもじゃないが見えないが。それに、と女性の顔立ちをちろりと見る。どこかで見たことがある気がするのだが…?
 気のせいかな、と思いながら、前に出された紅茶に口をつけた。
「…美味しい」
 お腹が空いている、ということを除いても、まさしくその一言であった。どうしたらこんなに美味しいお茶が淹れられるのだろうか、と感心しながら自分の家の茶と比べる。……比べる対象が悪いのかもしれなかった。なにせこの紅茶、どことなく高級感が漂っているのである。これとあれを比べろといわれても、という感じだ。何が違うって、元が違う。その上淹れる人がそれを極めているようであるのだから、ますます。
 かなり必死な形相になっていたらしい。女性がきょとんとした顔をした。
「あら、可愛い狼さんは、喉が渇いていらっしゃったの?」
 というか、お腹も空いている。現在進行形で。
 しかし流石にそこまで言うのは憚られて、口ごもる。う~~~、と唸っていると、ばあんっ、と扉が開いた。猟銃を背負った男が、入り口に立っている。
 その顔を見、狼は、げっ、と顔を引き攣らせた。
 相手はにこりと笑うと、
「やあフィラ、それにアーシャさん! 優雅なティー・パーティーの途中だった? 僕もぜひ混ぜて欲しいなあ―――と、これじゃ駄目なんだっけ? 仕方ないな。えーと、アーシャさん、手を上げてねー。上げないと撃たなくちゃいけないかもしれないから」
 言うことやること無茶苦茶である。何がどう仕方ないというのか。
 隣の女性が、はあ、とため息を吐いた。
「出てくるタイミングが違いますわよ」
 決してそういう問題でもない気がする。タイミングが違えば、自分は撃たれても致し方ないというのか。そこまで怪しいのだろうか、自分は。そこまで考え、自分の格好を思い出す。…たしかに怪しいかもしれなかった。でも撃たれるほどじゃないはずだ。むしろ怪しさでいうなら、家に侵入してくるなり自分に銃口を向けてきたこの男の方がよっぽどか、怪しい。もう本当に、存在自体が。
 というか、それ以前の問題として、
「名前を明かさないで下さいよ!」
 こっちは必死になって呼ばないようにと気をつけていたのに(ちょっと怪しいところは多々あったけれど)、それをこの人ときたら、一発で全てを台無しにしてくれた。なんということだ。
「あー、ごめんごめん」
 かなり適当な謝罪だ。しかも、銃口はそのまま。こうなれば実力行使で、と剣に手を伸ばそうとして、不意に気付く。今日は剣を所持していなかった。格好が格好だけに、やろうとしてもできなかった、という方が正しいのだけれど。それに仮に持てたとしても、と肉球がついた手を見る。これで剣の柄を握れるか…?
 こっちは丸腰、あっちは猟銃を所持。しかも、既に銃口はこちらに向いている。
 まさに絶体絶命のピンチ、である。
 しかも……情けないことに、お腹が空いて、いまいち力が出ない。ついでにやる気も。どうしたものかな~、とそう考える頭もどこか緩んでいる。
「…ねえフィラ、僕いつまでこうしてれば良いのかな?」
「そうですわね…もうそろそろよろしいんじゃありませんか?」
 彼も来ましたもの、という言葉に、猟師は首を後ろに巡らせ、そこにいた人物を認め、またにこりと笑う。
「やあ、エインくん♪」
「しれっと名前を出すな。っていうか何やってんだよ、この馬鹿親父!?」
「えー。僕、君のお父さんじゃないよ? たまたま通りかかった猟師さんだよ?」
「…………」
 どうしてくれようか、と考える前に赤頭巾の身体は動いていた。実に自然に。バスケットをその辺に置くと、そのまま猟師の首元を引っ掴むと、低い声で唸った。
「何やってんのかって訊いてんだよ。どういう状況だよ、これ」
「狼さんに銃向けてます。危険なので~」
「あいつは何もやってないだろ。むしろあんたの方が危険だ!」
 先程狼が心の中で思ったことを、赤頭巾が口で猟師にぶつけた。こんな状況だというのに、隣の女性はのほほんと紅茶を飲んでいる。
「え~、何言ってるのエインくん。知らないの? 腹ペコの狼さんは一番危険なんだよ?」
 そうして、ねえ、とその狼に同意を求めようとするのだから始末に終えない。答えあぐねていると、ああでも、と猟師は言葉を続けた。
「確かにこれは過激すぎたかもね。よし、もう少し平和的な解決法を考えよう。要するに、狼さんがお腹いっぱいになれば良いわけだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! あ、あたし別にお腹、」
 きゅるるる…と、ちょうど良いタイミングで、もしくは非常に悪いタイミングで、狼のお腹が空腹を訴えた。

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