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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 月が見え難い夜であった。
 しかしそれはあくまで見え難いのレベルであって、完全に見えないわけではなく、それが照らすものが影を織り成すには十分であった。
「サイッコーな気分だッ!」
 影が揺らめく。哄笑が響き渡る。けれど、それだけだ。ソレはたしかに、その気分に合わせて動いたのだろう。ただ、闇がそのほとんどを隠した。
 まるで恐れるものなどないといった風に闇の中に立っているソレの姿は、よくは見えない。ただ、狂気を孕んだ瞳がギラギラと光っているだけである。
 しばらくゲラゲラと笑うが、ザッ、という重々しい足音が響いた瞬間に、それはピタリと止んだ。ソレよりも幾分か月の光を受けるその場所に、深々とフードを被ったもう一つの影が現れたためだ。闇色のローブの裾をはためかせた影は、フードからかろうじて口元のあたりが光に照らされ見える程度で、それ以外は完全に外界と遮断されている。その口元にしたって、全く感情の読めない結びである。
 対面するわけではなく、寄り添うわけでもなく、近いわけでもなく、かといって遠くでもなく。微妙な位置関係に立つその二つの間には、半ば一方的な敵意が在った。
「ハッ、相変わらずだな、テメェ。化け物には化け物の使い道があるってか? よかったなァ、その力があってよォ?」
 蔑みの視線をぶつけるが、影が意に介した様子はない。その態度が気に食わなかったのか、ソレは大きく舌打ちをした。
「オイ、テメェいい加減にしとけよ…今回の件は俺に全部任されてンだ。それだけあの方から信頼されてるっつーこった!」
 先走った馬鹿の代わりってのが気に食わねェが、と小さく毒づいた言葉も全て、影は黙殺する。それがさらに相手の苛立ちを煽るということに気がついているのかすらも怪しいところだ。眼中にない、とはまさにこのことだろうが、幸か不幸か、それを指摘する者はこの場に存在しなかった。
 しばらく無言の応酬が続いたが、やはりそれを破ったのは、それまで喋っていた影の方であった。もう一つは、未だ沈黙を貫いている。
「俺がテメェよりあの方に気に入られるようになったからって、力出し渋るんじゃねェぞ」
 それに対する返答は、言葉はもとより、態度でも示されることはない。やがて痺れを切らしたソレが苛立ちを多大に含ませた声色で「口もきけねェのかよ。マジでつまんねェ野郎だな」と、独り言にしては大きな声で言い放つ。
 最初と同じ、けれどその時よりもより強くなった剣呑さの中、ようやく影が重々しく口を開く。
「元より手は抜いていない。あの方の命の下ならば、それはこれ以降も変わらない。―――話はそれだけか? そうであるなら、早々にここから離れ身を隠すことを推奨する。留まり続けるのは、愚行だ」
 ひどく落ち着いた低音が響く。威圧感は欠片もない。だというのに、相手を圧倒させる重さを持っている。
 突然の反撃にもう一つの影は怯んだが、すぐに斬り返した。
「言われなくてもわかってンだよ!…フンッ、イチイチ鼻に付く野郎だな」
「なら、いい」
 後半部分は完全に黙殺し、影はそれだけを言って再び黙る。
「…そう、一つ言い忘れていた」
 しかし意外にも二度目に訪れかけた沈黙を跳ね返したのは、その影の方だった。
「我はこれより、お前とは完全に別行動を取る。今後は連絡もしない。計画実行のために助力は惜しまないが、期待はするな」
「なにッ!? 勝手な行動は認めねェぞ!」
「否。我が主直々の命だ。我が唯一従うべきはそれのみ。お前の認許は必要ない」
 キッパリと言い切る影の言葉には、その言葉が示す理由以上の感情は一切ない。そうと容易にわかるほどに、淡々とした口調だ。ギリ…ッ、と歯軋りをした影は、けれど自分にそれを覆すだけの権限も無いということは正しく理解しているようで、それまで以上の舌打ちをする。
「調子乗ンじゃねェぞ…テメェはタダの駒でしかねェんだからなッ!」
 それまで以上にギラついた瞳が影を射抜いた。そこでようやく影に、初めての変動があった。それまでどこをとも知れず一点を見つめていた視線が、影を見返す。その微妙な動作で、月の光がそれまで見えなかった金色の瞳を少し映した。
 だがそれだけだ。
 それ以上には、何もない。そこには、何の感情も浮かんではいなかった。
 その極めて微かな動作を、大して相手の動向を気に留めていなかった相手の影が気づくことはない。そうして最初から最後まで苛立ちを隠さないまま踵を返したその背は、やがて完全に闇夜に紛れたが、しかしそれでも影は動かず、ただ闇を見つめ続ける。
「駒…」
 ぽつりと、普段より無口な性質であろう影が、珍しくも一人、小さく口を動かす。
「あの方にとっては、全てが等しく駒だ。我も、お前も、そして―――」
 言葉は闇に飲み込まれる。
 一瞬、びゅうと強い風が吹き、影のローブを揺らしたかと思った時には、その姿は既にそこになかった。


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