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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 こほん、とその場の空気を改めるためにか吐かれた咳払いを、アーシャはエインレールと対面して剣を構えた状態で、聞いた。
「あー、両者準備は………良さそうだな」
 基礎的な魔法の練習――軽い目の魔法を発動させる、準備運動のようなものだ――は、もう済ませた。とはいえ普段よりの反復練習は必要だ。それはその魔法の経験値を上げ、精練させるには不可欠である。
 普通ならばその後で、他の技術――例えば命中力だったり、集中力だったり――を鍛えるのが常であるが、アーシャの場合は例外に含まれる。
 …例外も何も、これまでこんな練習をしてきた人は、おそらくいない。いたとしても、成功した事例は無いだろう。
 剣と魔法の複合。
 その命題の下で、今アーシャはエインレールと向き合っているのだ。
 手には――先程まで、もっと温かなものを握っていた手には、今は冷たい感触を伝える剣の柄がしっかりと握られている。
 魔法を実際の場面でどう使うか、その方法が確立していない以上、それの直接的な練習法などない。いずれ見つけてみせる、とマティアは胸を張って言ったが、問題はその“いずれ”がいつであるか、である。
 ―――あるいは、間に合わないかもしれない。
 それは、十分に在り得ることである。だからこそ、ただ指を咥(くわ)えて待つのではいけないのだ。
 魔法に関しての知識は、マティアたち研究者の方がよっぽどか上。それならば、自分ができる方法は、これしかない。
 つまりは、実戦だ。
 …純粋に、彼と再び剣を交えたかったという願望も、あったりするのだが。
 しかし、全力を出すことはできないだろう。なにせ自分が今やろうとしていることは、剣のみを使った戦闘ではない。隙あれば魔法を使う、というものでもない。どうにかして戦闘中に時間を作って魔法を発動させるためのもの、だ。
 剣は相手の攻撃を防ぐための盾。そういう位置づけとして臨む。―――もちろん、最終的に目指しているのは、剣も魔法も、両方を攻撃の手として使用することであるが。
 それでも手加減は、しないのだろうな。アーシャは自分を見るエインレールの瞳を見返して、思う。あれは、そういう目ではない。
 それはアーシャにとって誇れることだ。ここで手加減をされるということはつまり、その程度の相手としか見られていないということだと、彼女自身は認識している。たとえその裏に、こちらに対するどんな気遣いが隠れていようとも、だ。
 たぶん、彼はそれをわかっている。わかっているからこそ、そうしているのかもしれない。しかし、そうではないのかもしれない。それは、彼にしか知り得ぬことだ。そしてアーシャにとっては、関係のないことである。
「じゃ、好きな時に始めろ」
 投げやり気味なマティアの言葉を耳に入れながら、改めて戦闘態勢に入る。
 すうう、と息を静かに吸った。おそらく普通であれば、それは“潜めた”と同義。それでも静寂によって支配されたこの場では、振動となって、自分の耳にも――もしかすると、相手の耳にも届いたか。
 なんにせよ、それが始まりの合図となった。
 前回同様、先に踏み込んだのは、エインレールだ。ただし前回とは違い、それは小手試しではない。
 下段から斜め上にかけて、鋭く速い、斬り込み。ただ、見切れぬ程ではない。
 正面から受けはせずに、後方へと跳び下がった。しかしそう簡単には逃がしてはもらえない。更に踏み込み追いかけてくる彼の剣の動きに、内心で舌打ちをした。無駄も隙も、見当たらない。このままでは、彼のペースに巻き込まれるだろう。いや、もう既にそこに織り込まれてしまっているのか。
 魔方陣を描こうにも、一瞬間でもそちらに集中する暇を与えてくれない。
 なるほど、これまで成功しなこなかったわけを、身を持って理解した。
『アーシャ。もし魔法が発動できたら、エイン様に対しての遠慮は無用だからな。思いっきりやれ』
 始まる前の、マティアの言葉を思い出す。確かにその時に思い切りぶっ飛ばす気でやらなければ、自分は反撃の機会を失うことになるだろう。
 持ち前の身軽さで、紙一重のところで剣を躱(かわ)しながら、相手の動向を窺う。やはり速い。それに鋭い。けれどしっかり緩急をつけて押してくる。―――だが、特別変則的というわけでも、ない。
 これは、剣を習ったものの戦い方だ。型に嵌(は)まっている、というわけではないが、しかし。
 ならばと剣を握って、ハッと我に返る。駄目だ、これは剣の練習ではなくて――― 一瞬の動揺が勝敗を別(わか)った。懐に入り込まれて首に剣を突きつけられたところで、止む無く降参。
「もう一回だ」
 放たれた言葉に、もちろんと頷きながら、考えを改めた。―――これは、剣だの魔法だのと拘っている場合じゃない。中途の段階を飛ばして、端から最終段階を目指していかねばならない。
 さてどうしたものか。
 そう長々と考えている暇が無いことは、元より承知だ。
 可能な限り避けられるものは避け、それ以外は剣で受け流す。
 彼が剣を振り切ったタイミングを見計らい距離を取ると、手早く術式を展開する。しかし直後、浮かび上がった術式が唐突に破られた。なんとか反応して避けたが、後が続かない。結局追い詰められて、二度目の降参。
 そんなことが何度も続く。生まれた焦りを、押し殺した。その感情は、現時点において自分にとって正とはならない。
 比較的大きな術式を組み立てなければならない中級以上の魔法は無論だが、それが最小で済む初級魔法も、発動まで至らない。あと少しなのに、と歯痒い想いを抱える。本当に。あと少しなのだ、完成するまで。その“あと少し”がどうしても作れない。
 ―――ヒュンッ
「くう…っ」
 鋭く放たれた一撃を、かろうじて避ける。はらり、と緋色の髪の毛が数本、舞う。
 どう攻める。
 何度も浮かべた言葉を、再び浮かべる。
 降参、はしている。けれど、とアーシャはエインレールの顔を鋭い目つきのまま、見た。負けたくない。諦めたくない。無理だ、なんてそんなこと、絶対言いたくない。本当の意味での“降参”なんて、してやるものか。
 すう、と頭の芯が冷えていく。それはけれど、心地の良い感覚だ。
 避けながらも反撃の機を窺い―――止めた。それじゃ、変わらない。変わらない結果が、負けという形で出ている。
 それなら。
 顔の横を通り過ぎた剣に目もくれず、たんっ、と踏み込む。攻撃を予期して素早く防御の態勢に入ったエインレールの存在は、無視した。眉を潜める彼の近くを、飛び抜ける。再度の攻撃も、同じように、避けて、避けて、避け続ける。攻撃のポーズは、一切取らずに。
 これまでにない動きに、息が上がる。けれど、まだだ。
 上から斜めに薙いだ剣を横に避け、すぐさま彼の後ろに跳ぶ。振った反動を利用した追撃を、同じくして跳んで避ける。今度は二段跳び。着地し、その剣が自分を射程範囲内に収めていないことを認識するとほぼ同時に、魔方陣を構築する。
 彼の顔に、初めて焦りが生まれた。それをアーシャが確認したのは、魔方陣が組み終わり、意識を“現実”に戻した、その一瞬だ。
「行けっ―――」
 光属性の初級魔法が、眩い光を放ちながら真っ直ぐにエインレールに向かって奔る。チッ、と舌打ちをしたエインレールは、自身の剣でそれを薙ぎ払う。ぱっくりと二つに引き裂かれたソレは、だが光を失うことはなかった。むしろ逆だ。魔法が消える、その最期を飾る灯火のように、一層強まった光が、辺り一面に広がった。
 至近距離からの視界への攻撃に、さすがのエインレールも目を細めた。閉じるまでしなかったのは、彼の意地であったのか。
 アーシャには、どちらでもよいことであったが。
 重要なのは、そこで得られた時間である。
 光が急速に力を失った時、彼女の姿はそこには無かった。それはエインレールも、予測していたことだろう。素早く気配を探り当て、その方向に剣を構える。
 そして、
「………げ」
 思わず漏らした呻きと同時に、光の槍が視界を埋め尽くした。
 バアアアアンッ、と大きな爆発音と共に、先程よりもより強烈に、光が迸った。
「あ…」
 アーシャは目を見開き、半開きになった口元を引き攣らせた。しまった。やり過ぎた。確実にあれは、直撃している。いくらエインレールの反射神経が人より優れていようと、あそこまで接近を許した後に避けることなど、不可能だろう。
「え、エイン!? 大丈夫です――」
 か、と続けようとした言葉は、そこで止まった。否、止めざるを得なかったのだ。
 ひんやりとした冷気が、直接触れていないはずなのに、首元に伝わってくる。
 はあっ、と吐き出された少々辛そうな息が、近くから聞こえた。続いて聞こえてきたのは、少しばかり恨めしそうな声だ。
「お前…ほんとに手加減なしでぶっ放したな」
 それは望むところだけれど、と小声で言いながらも、やはりどこか不満げに聞こえたのは、果たしてアーシャの被害妄想だったのか。
「とにかく―――俺の勝ち、だな?」
「………………」
 驚いて思わず顔ごとそちらを向けば、「ば、馬鹿かっ」と焦りを多分に含ませた罵声。
「剣突きつけられた状態で、下手に動くなよ!」
「え、…あ」
 忘れていた、と言えば確実に投げかけられる言葉に棘が増えることを予測し、黙り込んだ。離れていった剣は、そのまま鞘に納められる。その姿を一瞥した後、彼の表情を窺う。
 若干、疲れたような顔。眉間にしわが寄っている。無理もない。光を間近に見たのだから。…いや、本来なら、その程度で済むはずがないのに。
 彼の全身を視界に収める。大怪我をした様子はない。負っているのは、小さな傷だけだ。しかもそれはアーシャが二つ三つ付けた、剣の切っ先が掠った跡で、決して魔法によるものではないことが窺い知れる。
「ど、どうして…」
 動揺を隠すことはできなかった。
 そんなアーシャの様子に、逆にエインレールは驚いた表情を見せた。
「マティアから何も聞かされてないのか?」
 問いながら、視線は既に彼が名を挙げた人物の方へ向いている。彼女の方はといえば、こちらもやはり目を丸くさせて驚いている様子だ。
「てっきりエイン様から告げられているかと。…それに、そのことについては、私が軽々しく広めていいものではないでしょう」
「…なるほどな」
 肩を竦めたエインレールは、再びその顔を未だに呆然としているアーシャに向けた。
「つまり、…あー、こういうこと、だ」
「…どういう、ことです?」
 だから、とエインレールは少々ばつが悪そうに米神に手を当てると、
「魔法、効かない体質なんだよ」
「―――はっ?!」
 思いがけない告白に、アーシャは思わず声を張り上げた。なんだそれは。そんな特殊すぎる能力、ありえるのか。…ただ、実際目にした手前、否定することはできなかった。
「効かないって…」
 反則だろう。そんなの。
「あー、まあ、正確に言えば、傷を負わない、って言うべきか。…だから眩暈はしっかりするし、衝撃も来るし、な」
 まるで言い訳のようにそう口にして、米神にあった手を額に持ってくる。どうやらまだ眩暈がする、というのは嘘ではないらしいが。
 じゃあ、と事情を聴いて更に真っ白になった頭が、言葉を紡ぐ。魔法を覚えても、それ自体で彼を倒すことはできないということか…?
 全く効果がないというわけでもないようだし、そもそも魔法に頼りきりになるつもりもないが、しかし。
「こんなとこで公開しといてなんだけど、一応これ、秘密、ってことになってるんだ。だから…」
「…………」
「………あー…と、アーシャ?」
「…………」
「その、…黙ってて悪かった」
「いえ…別に、気にしてませんから」
 このことは他の方には黙っていればいいんですよね、とアーシャは満面の笑みを浮かべて言った。
 そういうことになるな、と肯定を示しながら、エインレールの口元は若干引き攣っている。
 それを遠目に、あーあ、と呆れ気味に眺めているのが、マティアである。
「ところで」
 アーシャが笑顔のまま、訊ねる。
「このこと、ウェスタンさんは知っていらっしゃるんですか…?」
「あ? あ、あぁ、エイン様の剣もこの体質に対応するために、少し細工する必要があったからな」
 そこで言葉を切ったエインレールは、自分が余計なことを言ったと気付いたようだった。
(黙っていたことに対しては、あたしは部外者だから仕方ない。けど、)
 にやにやと笑う齢六十を越す老人の顔を思い出し、顔がむうっと顰められる。
「なんか、騙されたみたいでむかつきます…」
 ぼそっと呟かれた言葉が、誰かに届いたのかは定かではないが。
 後の反復練習の間、いつもよりも乱暴な光が飛び交っていたことを、ここに明記しておこう。
 その隣で、ツォルヴェインの第三王子が冷や汗を流していたことも。

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