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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 荘厳として聳(そび)えるドアを前に緊張を覚える。しばらく自身を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。よし、と思ったところで、入れ、と中から声が聞こえた。ぎくりと肩が震える。見透かされていた。まったくもって敵わない。
「失礼します」
 そんな感情をなんとか押し込めて、平静さを装って部屋に入る。部屋の奥に備え付けられた煌びやかな玉座に、彼はいた。常に彼の傍らに控える黒色の姿が、今はない。どこかに身を潜めているだけで近くにいるのか、それともここにはいないのか、それすらわからない。
「わざわざ悪いね、エイン君」
 にへらと笑うその顔を軽く睨む。悪いなんて思ってないくせに、心にもないことを口にする。そういうところは、いつもどおりだ。
「ちょっとお願いがあって呼んだんだけど」
 いいかな、と続けた。許可を求めるような口調の割りに、目は笑っていない。拒否権なんて、最初から存在しないのだ。今の彼は口調こそいつもの彼であったが、その存在感はまさしく“王”のものであった。
「…なんでしょうか」
 強張った空気を、きっと相手は気付いている。けれど、深く訊かれることはないはずだ。彼にとってそれは取るに足らないことだから。
 “お願い”ならば聞くまでもなく、理解していた。アルフェイクに「父が呼んでいる」と告げられた時から――あるいはそれよりもずっと前から、いつか来るだろうと考えていた。
 なのに。
「君にアーシャの監視の任せる」
 わかっていたこと、だったはずなのに。
 それならば何故、こうも衝撃が身体中を巡るのか。
「君は現時点でこの城の誰よりも彼女に近い。あれは君を一番に信頼しているからな」
 だから適任だろう。彼女の側で、彼女を疑うには。
 そういう話が来ることは、当たり前のように念頭に置いていた。そういうつもりで、接していたつもりだった。
「………何故」
 声が震える。口の中が、やけに乾く。
「“何故”?」
「…疑う必要は、無いかと。彼女は何も知らない。今更敵に寝返る意味も持たない。それに、」
「何故君の中に“疑わない”という選択肢があるのかが、私にはわからない」
 温度の無い言葉が、エインレールの言葉を消した。
「彼女は悪であるとは言っていない。けれど善であるかはわからない。彼女が善だとしても、この国にとって善であるかはわからない。だから全てを疑う。そこに例外は無い。―――わかりきっていることだろう、エインレール?」
 そうだ。
 わかっている。わかっていた。わかりきっていたことだった。そのはずであった。それは当然のことだ。そう考え、全てを疑うのが、普通なのだ。そうでなくてはいけない。王子ならば。王を支える一人であるのならば。
 しかしそれなら何故こうも痛むのか。自問というよりは、それは苦しみからの叫びのようであった。
 彼女の笑顔が浮かぶ。自分に向けられた笑顔。屈託のない笑顔。自分に対する疑いなど、ひとかけらもなかった。
 あれを疑う?…自分が?
 ハッと鋭く息を吐く。目の前が真っ暗になる――そうでなければ、足元が崩れていくような、そんな錯覚を持つ。立つという動作すら辛くなっている。倒れる前に、片膝をついて、頭(こうべ)を垂れた。雑念を――そう、これは雑念だ――振り払う。
「謹んでその任、承ります」
 王子――あるいは王に仕える一人の臣下は、震えた唇で、応えた。
「そうか。嬉しいよ」
 にこりと笑う顔を、見上げる。強い光が宿っている瞳は、ゆらゆらと揺れている。強さと弱さを持つ目だ。不安定な目。ともすれば相対する同色の瞳に呑まれるかもしれない。しかしエインレールはその目をそこから逸らさなかった。逸らさず、真っ直ぐに見ている。
「陛下、ひとつ進言をしたい件があるのですが」
 その言葉に、意外だと言わんばかりに、王は片眉を上げる。
「いいだろう。なんだ?」
「ツベルに派兵しておいた方がよろしいかと」
 ほう、と呟き、先を促す。
「彼女の一番大切なものは、あの地の者たちでしょうから」
「…護れ、と?」
 揶揄するようなその言葉に、いえ、と首を振る。
「いざという時のために人質にとれるよう、先立って手配しておくべきかと思いまして」
 その瞳は既に揺らいでいない。ただの一点の曇りもない。それだけ見れば、王を想う一臣下としての言葉だけのように思えた。
「表向きの理由はどうする? 意味もなくそうすれば、彼女にも周りにも懐疑を抱かせることになる」
「あの地では今、魔獣が暴走状態にあるそうで、怪我人も出ています。それを理由にすれば問題は無いと考えます。嘘ではない分、真実味も出るでしょう。王が民を護るのは、不自然なことではない。彼女にもそれを進言する旨、既に伝えてありますから、急なこととも取られないでしょう」
 王はその言葉をゆっくり咀嚼するように、目を閉じた。やがて解を得たのか、銀朱を覗かせる。
「わかった。その件、進めておこう」
「ありがとうございます」
 まるで形ばかりの礼を述べる。王はそんな彼を見下げ目を細めながら、退出の許可を出した。


 一人になった部屋で、クレイスラティは深く椅子に凭れた。目を閉じたその顔からは、何かの感情を読み取ることはできない。
「不器用ですね」
 唐突に聞こえた声に、静かに目を開く。くっと、口元を歪めた。
「そうだね。我が息子ながら、なんとも」
 どことなく苦々しいものを感じ取れるその表情に、おや、とアーフェストが気付いた瞬間、彼はいつものようにくすくすと笑い始める。
「でもウソツキな部分なんて、僕にそっくりじゃないか」
「エイン様の方がよっぽど可愛げがありますけれど」
「あははははっ」
 何がおかしいのか、笑いを強める。しかし不意に、瞳が真剣みを帯びた。
「…わかってるよ」
 わかっているんだ。
 それでも背負わせる。たとえそれでどれだけ恨まれようとも、突き進む。それが自分がここに座す理由であるのだから。
「クレイスラティ様」
 アーフェストが、いつものように闇の奥から声を掛ける。
「貴方がどの道に進もうとも、私は貴方に従います。これまでそうしてきたように、これから先も何があろうとも、それは絶対です」
 その言葉に、刹那、瞳が揺れた。それが先程のエインレールと重なる。色が同じであるから、余計にそう見えるのか。しかしそれ以外は大した動揺を見せることもなく、やがて落ち着きを取り戻す。
 ありがとう、と口を動かそうとして、止めた。そんなこと、言わなくてもわかっている。それ以前に、謝罪すら口にできない自分が、感謝だけを述べるというのは、あまりに滑稽な気がして―――今更か、と自嘲した。
「お疲れですか?」
 いつぞやと同じ質問に、そうだね、と視線を遠くに飛ばしながら、答える。
「お疲れ、かもしれないよ」
「そうですか」
「あれ、休ませてくれないんだ?」
 僕が疲れたら、どんな手を使ってでも休ませるんじゃなかったっけ。そう揶揄すれば、いつもとなんら変わらぬ笑みを貼り付けた顔で、
「今は忙しいですから」
 働いてください、ときっぱり言い切られる。
 やれやれと肩を竦めたクレイスラティは、自分の腕で顔を覆った。
「も~っ、ほんと、なんでこんなに忙しいかな。僕、王様だよ? ちっさい頃はさぁ、王様って玉座にでんっと居座ってれば、それで仕事終了だと思ってたんだよ? 詐欺だよね。ほんと詐欺だよね」
 わざとらしく仰ぐ主に、臣下は一切目を向けない。やがて飽きたのか、ぶうぶうと不満を垂れながらも、職務に戻るべく立ち上がる。
「わかりましたよ。仕事しますよ、仕事。―――真実、僕には仕事くらいしか残されていないし」
 やさぐれたように言う中に、一瞬だけ本音を混ぜる。長く共にいる従者がそれに気付かないことはなかったが、その言葉にあえて何かを返すでもなく、これまでそうしてきたように、傍らに存在することを選択した。
「で、君はいったい何をしにきたのかな?」
「仕事の報告に」
 したら、すぐに戻ります。
「…なるほどね。そういうことね。すぐにいなくなっちゃうのね、あーくん。僕、悲しいよ」
「頼まれていた件ですが―――」
「あ、始めちゃうんだ。いつになく手厳しいね」
 袖で目元を覆い、おいおいと泣くふりをしていれば、構わず報告を続けていたアーフェストの声が、中途半端なところで途切れた。なんだ、と思い目だけついとそちらに向けた。こんなでも、一応聞いているのだ、内容は。
「私は、貴方が望んでいないことはしない主義ですから」
 だから、のらない。
 それだけ言って再び報告に戻った彼の言葉を一言一句聞き逃さず、けれど放心状態であったクレイスラティは、彼の気配が完全に無くなった頃に、髪をくしゃりと掻き揚げ、苦笑した。
「まったく…容赦ないなぁ」

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