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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 どこか憮然としているエインレールに、若干の同情をしつつ、国王は良いのかと最終確認のようにアーシャに訊ねた。
「何がですか?」
「聞いたら戻れないし、戻さないよ。家に帰りたいんだったよね?」
「終わったら意地でも帰ります。…というか、聞かないという選択肢は、もうあたしには無さそうですし」
 苦笑するアーシャに、グリスははてと首を傾げた。
「しかし何故協力する気に?」
 仕方なく、だとしたら、もう少し反発的な態度を取るだろう。しかし、今のアーシャにはそれがない。
「だってここで帰るって、つまり王女様を見捨てるってことでしょう? しかもその王女様には何の落ち度も無さそうですし……あたし一人居たところで、事が解決に向かうってわけじゃないですけど、このまま困ってる人見捨てて帰ったら、母に門前払いされちゃいますから」
 そうなったら本末転倒です、と言うアーシャの言葉に、誰も何も言わなかったが、深く感謝した。おそらくそれは建前でしかないのだろう。彼女の母は本気でそれを実行するかもしれないが、本当にそれが嫌でそう言っているのではないことぐらい、顔を見ればわかる。
 要は、彼女は人が良いということだ。
「まあ、身代わりくらいは出来ますから。…姿見は違っても、どうやら勘違いしてくれましたし」
 そう言って笑うアーシャは、彼女の言うとおりユリティアとは似ていない。まず髪と瞳の色が違うからだ。しかしそれさえ隠しておけば、背格好は似ている。
「それでその…ユリティア様が狙われているのは、婚約が絡んでいるんですよね」
「ああ、そうそう。リティアスに嫁ぐことになっていてね」
「リティアスですか」
 あそことは昔から友好関係にあるのだが…。確かに少し前から何かと衝突することが多くなっていたが、それでも不穏な空気が流れていたわけではない。
「知ってるのか?」
「…馬鹿にしてますか?」
 アーシャは、隣国すらを知らないと思われたことにショックを感じたようだった。悪い悪い、と謝るエインレールに対し、ふうと息を一つ吐き、
「ツベルの地は、ツォルヴェインとリティアスの国境近くにあるんですよ。なのに知らないと思いますか?」
「ああ、だから知ってるのか」
「やっぱり馬鹿にしてますよね!?」
 悪い悪い、と先程と同じことを口にするエインレールに、ぶつぶつと文句を言いつつ、これ以上言っても仕方がないと思ったのか、話を続ける。
「えぇっと…それじゃあ、ツォルヴェインかリティアスで、この婚約を厄介だと感じている派閥か何かが?」
「それもあるかもしれないけれど、第三のどっかかもね。こちらの仲を引き裂きたいと思っている国はあるだろうし。そこの刺客かもしれないよ」
「それにしては、この時期に襲ってきた意図が見えません。こちらに警戒を生んだだけでしょう。あちらの国内でユリティア様が狙われれば、両国の仲に決定的な亀裂が入るかもしれませんが………」
 場所を問わずにただ殺害が目的だとしても、リティアスに向かう途中にでも機会があったはずだ。
 何故、『今』なのか。
 一同が、黙り込む。皆がそれぞれに考え込むような顔をし、けれど結論が出ないと早々に匙を投げたのは国王だった。
「止め止め! 何にしたって情報が少なすぎる。今考えたって全部推測の域を出ないんだから。もしかしたら相手が打つ手を間違えただけかもしれないしね。それでこっちの調子を崩されるのは勘弁。狙われてるってことはわかったんだ。それで良しとしよう。―――おかげでこっちには、優秀な手駒が一つ増えたしね」
「………なんだかなあ」
 その言い方が比喩であることはわかっているのだが、何故かその言葉そのままに、自分が物として見られているような錯覚を覚え、アーシャははあっとため息を吐いた。
「一番危険度が高いのは、やっぱりユリティアがリティアスに向かう途中、それからむこうの城内でのことだね。下手に護衛を増員させても、向こうの気に触れるし、かといって少なくてもいけない」
「そのために、彼女を?」
 その後ろに、囮にするのか、と隠れているのは明白だった。
「でも、それは最終的にリティアスにバレた時に困らないか?」
「そうだね。だからそれは最終手段。それまでに相手を特定するのが理想だけど…。入れ替わりをしないとしても、ユリティアの付き人として傍に居てもらうから、その為に、」
 にこりと、国王は笑った。そうしてアーシャを見る。なにやら嫌な予感がした。もしかしてあたしは選択を間違ってしまっただろうかと、アーシャが少し後悔して、
「それなりの教育を受けてもらうから」
 それは現実となった。
 自慢ではないが、物覚えは悪くない方だ。けれど、それと勉強が好きというのとでは、また話が違う。しかもその内容はおそらく王族側近としてのソレだろう。興味がないことを憶えるのは、苦痛以外のなにものでもない。
 ああ嫌だ、とやる前からふつふつと募るその思いを見透かしてなのか、国王がぽんと肩に手を置いた。
「大丈夫、無駄にはならないから。ほら、『お姫様』になる時の勉強を今してると思えば…」
「なりませんから、無駄です」
「そっか、残念だなあ。うーん…ドレスは何色が良いかな……あ、でも本当に無駄にはならないよ。魔法も勉強できるし。あと剣もね」
「………なにか途中で変な言葉が混じっていた気がするんですが?」
 引き攣り顔のアーシャは、けれど諦めたように頭を軽く振ると、
「とりあえず、家に帰って良いですか?」
「協力するんじゃなかったのか?」
 エインレールの言葉に、協力はしますけど、と言い、
「でもあたしの剣、向こうにありますから」
「それじゃないと駄目なの? こっちで合った剣を用意することも可能だと思うよ」
 普通なら、そっちの方が良い。いくらアーシャの腕が良く、その師の腕も相当なものだとしても、所詮は国のはずれでのことだ。おそらく剣はそれほど良い物ではないだろう。
 それを理解した上で、アーシャはその申し入れを断った。
「駄目ってわけじゃないですけど。でもきっと…………アレは相当役に立つ代物だと思いますよ」
 自信満々にそう告げたアーシャを前に、彼女の言う“アレ”とやらがどういうものなのか全く想像出来ない彼らは、顔を見合わせ怪訝そうな顔をした。

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岩月クロ
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