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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「ひあっ?!」
 自分の後ろから急に声が聞こえ、アーシャは驚いて悲鳴を上げた。それに顔を赤くしつつ、後ろを振り向けば、確かに先程までは誰も居なかった場所に、満面笑顔の男が立っていた。ひょろりとした男で、顔の造形は良いのだが、如何せん存在感が薄い。というか、わざと薄くしているんじゃないかという気がする。年齢も想像しにくい。若そうで、けれど歳を取っていそうな、不思議な感じを覚える。
「あ。あーくんだ」
「………アーフェスト、か。またお前は急に……」
「申し訳ありません、エインレール様。私は“そういう者”なので」
 にこにこと笑いながらそう言う彼をまじまじと見つめる。一体どこから出てきたのだろうか。“そういう者”とは…?
 じっと見ている視線に気付いたのだろう。けれど、それを不快に思っている様子も無く、笑顔を崩さぬままにアーフェストはアーシャの方に顔を向けた。
「はじめまして。私はアーフェストと申します。以後お見知りおきを」
「あたし…はアーシャです。は、はじめまし…て?」
 “その感じ”がどこか初めてではない気がして、首を傾げる。ああどういえば一人称が『私』に必死に直していたのに、『あたし』になって―――いやでもそれは、なんかもうこのままでいいやって感じになってるし、たぶん訂正されないってことは良いんだろうと思っているし。
 だからソレではなくて、なにか、この“薄い”感じが……――――。
「あ」
 ぽんと手を打ったアーシャに、他の者が皆一様に怪訝そうな顔をした。自分の行動を恥じ、けれどアーフェストを見上げ、
「あの、先程から近くにいらっしゃいましたよね。その…あたしが部屋を出たとき、から…ですか?」
 何も感じないはずに、何かを感じ取ったような気がして、けれど何もなくて………。そんな感覚を覚えていたことを思い出し、けれどいつから自分についていたのかはさすがにわからなかったため、最後の方で言葉を濁した。そもそも、あれに気付いたのは本当に偶然だったのだ。もしあそこに他の人がいたとしたら、その人物の“気配”に掻き消され、アーシャは気付けなかっただろう。
 アーフェストは少しビックリしたように軽く目を見開いたが、すぐにくすくすと笑い出した。
「気付いていらっしゃったとは。私もまだまだですね。“やな感じ”、にさせてしまい申し訳ありませんでした」
「いっ? い、いえ、あれはそういうつもりで言ったのではなくてですね! ほら、なにやら不穏な空気と申しますか…とにかくそんなものがあった所為で!」
 余計なことまで憶えられてしまっている。慌てるアーシャを宥めるように、「別に良いんですよ」と優しく声を掛けてから、今度は国王に向き直る。
「それで…彼女があの部屋から出るところは、確り私が見ました。魔法もちゃんと発動していたようですし」
「魔法…」
 その言葉を、アーシャは反射的に反復した。憧憬が含まれたソレではない。最初の方でならそうなったかもしれないが、色々とそれで嫌な目にあったあとだ。喜べるはずもない。今度は一体なんだというのか。
「“閉錠”したのですか?」
 国王とアーフェストの言葉で全てを察したらしいグリスが、口を挟んだ。
「そう。だから僕が“開錠”をしない限り、あそこは開かない。…はずだったんだけど」
 どうしてか開いちゃったみたいだね、と苦笑する国王に、エインレールが呆れたようにハッと息を吐いた。
「また失敗したのか」
「また、って…酷いなあ。してないって、失敗」
「どうだかな…」
「いえ、エインレール様。陛下は失敗などしておりませんでしたよ」
「はあ? でも…じゃあなんでだ?」
 父親の言葉は信じられなくとも、アーフェストの言葉なら信じられるらしい。エインレールは生まれた疑問に首を傾げた。
 発動していたのなら、術者以外にはそれを開けられないはずだ。…いや、優秀な魔法使いならあるいは何人かいれば術を強制的に解除することは可能かもしれないが、そこにいたのはその手解きも受けていない、まして魔法の存在すらまともに知らない平民なのだ。解けるわけがない。“閉錠”の魔法は難易度の最も高いランクに入れられ、このツォルヴェイン―――いや、世界でも扱える人数は限られる。
 考えられる可能性は――――
「魔力が落ちた、のか?」
 それなら、術が脆くなっていて、誰か外部にいた第三者が手を加えた、ということも考えられる。その第三者が誰かという疑問が湧くが、―――しかし国王はすぐにそれを否定した。傍に控えていたアーフェストも同様に否定する。
「それなら私が気付きます。魔法は使えませんが、魔力を察知する能力はありますからね」
「そうか…」
 考えに考えた結果の答えが正解でなかったことに、エインレールは落胆した。そうでないとなると、一体なんであるというのだろう。再び首を傾げる。
「思うのですが」
 アーフェストが口を開く。それから、完全に置いていかれた様子のアーシャに視線を走らせた。
「彼女自身が、問題ではないかと」
「え…も、問題…?」
 あたしが? と自身に指を向けたアーシャに、
「ああ、問題という言い方は悪かったですね。失礼しました」
「あ、いえ、そんな………でも、あたし何もしていませんよ」
 そもそもあの部屋にそんな魔法が掛かっていたこと自体知らなかったのだから。
「ええ。ですが、貴女はとても強い魔力をお持ちのようですし。術式は扉に掛けられておりましたから、それと反発し消え去ったのではないかと。術者が遠くに居たというのも、理由の一つでしょうが」
 現に先程の魔法は効き目があったようですからね。とのアーフェストの言葉も、訳がわからなくて、頭に入ってこない。
「魔力? 術式?」
 一体何のことだろう。疑問に思って首を傾げたのは、しかしアーシャだけだったようで、他の面々は、まさか、と言わんばかりの顔でアーシャを見た。何のことかは全くわからないが、非常に居心地が悪いことだけは確かだ。何か悪いことをしてしまったような気分になり、アーシャはひたすら身体を縮こまらせた。
「でも、あれは最高位の魔法だよ? 言っちゃ悪いけど…魔法に関して何の教育も受けていない者に解くのは不可能だ」
「ですから、解いたのではなくて、反発して消えただけです。おそらく一時的にでしょう。彼女が離れたらまた術は作動し始めました。…陛下も一度自分の魔法が切れたから不安になってここに足を運んだのでは?」
「それは……しかし、だとしても、アレと反発するなんてこと」
「普通なら不可能でしょうね」
 国王の言葉を引き継ぎ、アーフェストは笑った。しかし、目は真剣そのものなので、冗談を言っているようには見えない。
「つまり、何が言いたいんだい?」
 遠回しな言葉に辟易した様子で、国王はアーフェストを見やった。
「言わずともわかるでしょう」
「………ほんっとに君は」
 馬鹿にされているのか、それとも高く見られているのか、本当に微妙なところである。いつもの調子で言われた一見すると嫌味の無い言葉の真意を測りかね、言葉は中途半端なところで終わる。だがしかし、言われた言葉の意味は確り理解していた。
「つまり君は、この娘が世界屈指の魔法使いに匹敵…あるいはそれを超越する程の魔力を持っている、と?」
「そういうことです」
「…………?」
 自分のことを言われているらしいことはわかるのだが、やはりよくわからない様子でいるアーシャを見、これは理解力が無いのか、それとも単に普通に生きていれば会う機会など全くないようなレベルの者を急に引き合いに出されて混乱しているのか、どちらだろうかと首を傾げる。理解力、はおそらくに人並みにあるのだろうから、おそらくは後者か。暗に磨けば自分よりも上だと言われた相手に、国王は苦笑した。
「人は見かけによらないとはいうが…」
「………あのう?」
 その言葉はさすがに馬鹿にされているとわかったのだろう。半眼になって第三王子を睨む平民。普段なら見られないような光景である。あるいは彼女がそれなりの地位を築けば、これが普通となる日がくるのかもしれないが。…しかしならなくても、これがなくなることはないように思われるのは、何故だろう。
「つまり、それなりに勉強すれば世界有数の魔法使いになれるということです」
「はあ。そうですか」
 気の無い返事をする彼女に、エインレールはあのなぁっ、とまるで旧友に対する口調で話し掛ける。
「世界有数だぞ? 何人かしかいないんだぞ?!」
「へえ。すごいですねえ」
「…お前のことなんだが」
「………うん。いえでもですね、それ個人的にはあんまり嬉しくないです。魔法使えても、ツベルの実の栽培にはあまり利用できそうもないですし」
「ツベルの実って……お前の中心はそこなのか…?」
「それ以外に何があるっていうんですか。あたしはツォルヴェインの民である前に、ツベルの民ですから!」
「ツベルはツォルヴェインの中にある地方の名前だ。ツォルヴェインの民の中にツベルの民が含まれるんだろうが! 比べる対象がおかしいだろうそれは!」
「そうですか?」
「そうだよ!」
 そのやり取りに、思わず微笑が漏れた。彼が、会って一日という相手にここまで心を開くのは珍しいと思ったのは自分だけではなかったのだろう。グリスとアーフェストも似たような顔をしていて、顔を見合わせ三人は笑う。婚約の話は半ば冗談―――逆から見ると、半ば本気であったということだ―――であったのだが………これなら、案外本当に上手くいってしまうかもしれない。
「とりあえず」
 アーシャが口を開いた。それが全員に視線を走らせた後だったため、顔を見合わせていた面々も彼女の言葉を待つ。
「早く家に帰りたいので、早いとこ説明お願いします」
 …やっぱり上手くはいかないかもしれない。

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