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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 事の発端が何かと訊ねられれば、セィラン・リアンドは躊躇うことなく「アレだ」とその情景を事細かに脳裏に描くことができるだろう。

 いつも通り昼食を兼ねた休憩を終え、執務室に戻った彼は、そのまま自分の机に着席する。机は、書類に判子を押すだけのスペースだけを残し、他はほぼ全て日付ごとに束ねられた書類に埋まっていた。物に溢れかえってはいるが、綺麗に整えられているためか、汚い、とは感じさせない。それは同じ部屋に机を並べる他の二つにも同様のことが言えた。
 全ては中央に位置する場所をとる、現宰相であるモウル・リアンドの“教育”の成果だ。彼はそういったことには口煩い。そこにはそれなりの理由があるのだが、幼い頃はそれがわからずによく反抗したものだ、とセィランは自分が幼い時のことを振り返った。思えばその頃から、父は次の宰相として、自分を推してくれていたのだろう。自分のどこにそれを見い出したのかは未だに教えてもらってはいないが、多分にその可能性は考えられた。
 特に、自分の仕事場がここへ移された時には。
 本来であるならば、この場所にセィランの机は無いはずだった。それが三年前に、お前は今日から私の部屋で仕事の手伝いをしろ、とモウルが言ったため、今のこの場所が、セィランが頭と手を働かせる場所となったのだった。―――たしかその辺りから、更に周囲の貴族たちのおべっかがあからさまになったように思う。それから同年の貴族たちからの陰口も。理由は推して知るべし、だ。後者はもはやどうとも思わないが、前者についていうならば、もう少しどうにかならなかったものかと、思わないでもない。なにせ本人にすらも知らせずの行動だ。対処のしようがない。
 しかし、今はそんなことに思いを馳せている時ではなかった。軽く頭を振る。こと仕事においての厳しさについてならば、今も昔も変わってはいないのだ。こんなところで自らの思考に埋もれ、ボーっとしていては、何を言われるかわかったものではない。
 気取られぬように息を吐くと、手馴れた動作で書類を持ち上げ、その中身に目を通す。その間にも左手では既に処理済の書類を提出する場所別にわけていく。最初は戸惑ったものだが、慣れればなんてことはなかった。
 書類に不備を見つけ、これは再提出だな、と結論付けると、おかしな箇所を記した紙を添え、左手で退かす。それと同時に右手で次の書類を掴むと、そちらに視線を動かした。――と、その端に、セィランの向かいに座る男の姿が映る。未だ休憩中なのか、椅子に深く凭れかかり、あろうことか机に足を掛けている。注意しようかと思ったが、無駄か、と思い直した。言って聞くようなら、最初からそんなことはしない。あれでよくまあここに居られるものだ、と考える。いくら優秀だといっても、あれはないだろう。あれは。
 と、思っていたらいつの間にか手が止まっていたらしい。我に返り、再び動かそうとした時に、向かいから声が掛かった。
「セィラン手ぇ止まってんぞー」
 見てたのか、と眉を寄せた。こいつはどこに目が付いているのだろうか。確かに顔は天井に向いているはずなのに、一体どうやって。
 彼はそんなセィランの疑問にも気付いたらしかった。
「音が止まったから」
「………そう」
 返して、軽く米神を揉んだ。無駄に疲れた。何故一言二言でこうも疲れるのだろうか。まあ、あの鬱陶しいパーティーほどではないが。
「ほんじゃまあ、俺も仕事しますかねー」
「いちいち口に出さなくても…」
「ああ、無理むり。俺黙るの、苦手だもん」
 にこっと笑う彼の顔には、一切の邪気はない。…だからこそ、いろいろと問題なのだが。
「あ、そう」
 肯定が貰えるとも思っていなかったセィランは、彼の言葉に素っ気無く返すと、再び自分の仕事に専念することにした。相手をしていてはきりがないことはわかりきっている。書類は有限だ。しかし、無限ではないかと思えるほどには、ある。無駄口に付き合っている暇があったら手と頭を動かせ、だ。
「…そうだ、セィラン」
 しかし、それは思いがけないところからの声によって、止めざるを得なくなった。
「なんですか、父上」
 驚きが隠しきれずに、声の調子に表れる。こんなところが、まだまだ未熟だと父に言われるところなのだろうと、自分のことを冷静に分析しつつ、返答を待つ。
「お前、来月のパーティー、私と一緒に出席する手筈だっただろう」
 その言葉に、少々拍子抜けする。特別変わったことではなかったからだ。頭の中に入っている予定を浮かべ、答える。
「各国の重役も多く集まる、アレですか」
 なるほど行っておいて損はないか、と思い渋々ながら参加を決定したパーティーだ。しかしそれだけならば、職務の後にでも言えば良かったことだ。しかも、ただの確認。それを何故、今? 怪訝な顔つきのセィランなど気にも留めずに、しかし確りとその答えを、続けた言葉に込めた。
「ああ。その時は女性も同伴だという話、忘れていないだろうな」
「………はい?」
 女性?
 暫く頭を傾げ、もう一度、「はい?」と声を出した。
「ばっかだな、セィラン。訊き返すまでもなく明らかだろー。それってつまり―――」
「君は黙っていてくれないか、ヨーゼア。話がややこしくなる」
 きっぱりと告げられた拒絶に、ヨーゼア・セフは肩を竦めた。暫く二人の顔の間に視線を彷徨わせ、しかし自分に直接関係のないことだと判断したのか、宣言どおり、仕事を再開した。
「…申し訳ありません。忘れて、いました」
 そういえば、朧げながら、そんな話を聞いた気がしないでもない。しかしひどく曖昧なものであった。その様子を見たモウルは目を細め、少しだけ不機嫌そうな色を見せた。
「招待券は、ペアになっていてな」
 もちろん使わないのなら、それでも構わない。強制ではない。しかし―――。
 そこで止まった言葉の続きを想像し、面倒なことになったな、と片手で頭を抱える。本当に、面倒なことになった。どうしたものかと考える。それと同時に、理解もした。道理で、この前のパーティー…つまり、自ら“シンデレラ”と名乗る女性と会ったあのパーティーで、あそこまでしつこく「うちの娘は…」と紹介されたわけだ。
「相手がいないのなら、こっちで“それなり”の人物を決めて、」
 その言葉の途中までを耳に入れた時点で、冗談じゃないっ、と叫びたくなった。そういった重要な席でパートナーとして女性を連れ添うことの意味を知らないはずがない。まず思い浮かんだのは、父が選んだその女性とやらを隣に並ばせて歩いた後の政治的な影響―――ではなく、一人の女性の反応だった。嫉妬………などはしないだろう。確実に。彼女は自分のことは「変わった貴族」くらいにしか考えていないはずだ。それはあのパーティーの後何度か会って話をしたことで嫌というほどにわかっている。
 だからこそ、そんなことでイメージを固められては非常に厄介だった。
 と、そこまで考え、首を捻る。
 厄介? 何故?
「―――で、良いか? セィラン」
 その声に、引き戻された。
「え、あ……」
 話の内容はわからない。が、流れからして、なんとなく掴める。
「い、いえ…その、自分で、捜します」
 思うように言葉が紡げない。今までにないことだった。何かとても恥ずかしいことをしている気分に陥る。しどろもどろに答えていると、ヨーゼアが顔を上げた。
 にこっと笑って、
「だ~いじょうぶ! 安心しろって。もしふられたら、俺が女装してついてってやるからさ」
「そんな気遣いは要らない!―――って、ちょっと待てヨーゼア。なんだその、“ふられたら”って…?」
「え? 何? セィラン自信満々なの? ふられないって思ってるの? 相思相愛って?」
「そ、そうじゃない!」
 慌てて否定した。というか、そもそも、どういうことだ? “ふられる”? “相思相愛”? ということは前提条件として、セィランが“誰か”のことが好きで、その“誰か”に告白をするということがあるのだが………。
 というか、そう口にするということは、ヨーゼアは「セィランはこの人物が好きなのだろう」と考えているわけで。
 だめだ。いつになく混乱している。普段はこんなことないのに。
 思わず頭を抱え込んだ。どうかしてる。本当に。
「だ、誰、を…?」
「へ?」
「わ、私が、誰を、好き、だって……?」
 ぐるぐるした頭で、そんなことを口走った。後で思う。この発言はないだろう、と。
 ヨーゼアが瞠目した。何を言ってるんだ、と言わんばかりの目で、セィランを見る。
「だから、噂高い“シンデレラ”さんっしょ?」
「なっ…?!」
 なんで、と叫んだ。が、そこでふと考える。なんで、の後に、自分は何を続けようとしたのだろう。「なんで、彼女が出てくるのか?」、それとも「なんで、知ってるんだ?」――――違う。後者は明らかにおかしい。肯定してるじゃないか、思いっきり。何故そこで迷うんだ、自分。
「“なんで”………続きは? ていうか、もしかして、いやもしかしなくても? そういうこと?」
「そ、そういう…って」
「ああ、コレは間違いなく、そうだろう。お前の母も大概鈍い人間だったが、まさか遺伝してるとはな」
「ち、父上…?」
 どういう意味ですか、それは。そう訊ねようと口を開いたが、震えていて上手く声を発せられない。そうこうしている間に、ヨーゼアが興味深げに、
「へえ! そうだったんですか?」
「ああ。愛を囁いてもボケ返してくるような女だった」
 その言葉にヨーゼアは、これまで共に仕事をしてきた中では見たことないくらい顔を真っ赤にさせ混乱している様子の同僚を見て、
「でもそれなら、だいぶマシになったんじゃないですかね?」
 ほら、とりあえずなんとなくは察しているようだし。と言外にそんな意味を含ませる。
「私の血も流れているからな」
 そうでなければあれの第二号となるところだった、とどこか遠い目でそんなことを零した。
 この時セィランが正常であったならば、また話は別だっただろうが、生憎と彼は火照る顔と混乱する思考を落ち着かせるのに必死で、二人の間で交わされた会話などは、右へ左へと流れていくばかりだった。

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