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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「わあ…」
 イル=ベルは興奮で蒸気した頬に手を当て、目を輝かせた。
 去年よりも早くに注文しておいたソレは、やはり綺麗で、いつ見ても声を上げずにはいられない。
 きらきらしている。固形のようで、そうではないようで、そんな風に、曖昧。
 これがルクシュアルの“下”に降ることになるのだ。降り積もるこれらは、きっととても綺麗だろう。…尤も、気候の関係で、そんな風に積もるところは極限られた地域だが。
 しかし今年は、それだけではない。そのきらきらの隣には、一本の苗木が置いてある。もちろん、普通のものではない。全体的にきらきらと光る木だ。特に先端部分が光り輝いている。
 イル=ベルはそれを丁寧に持ち上げた。本当はもっと見ていたかったのだけれど、そんな風にぼうっとしていて万が一これをレイ=ゼンが見つけるようなことがあれば、全てが台無しなのだ。もしムトリ=ルーが一緒なら、きっと上手いこと言い包めてしまえるのだろうけれど、少なくとも自分一人はそういうことは出来ない。
「落とさないように…落とさないように……」
 そんなことを口にしながら、一先ずそれを隠すことに成功する。といっても、自室に置いておいただけだが。レイ=ゼンがこの部屋に入ってくるようなことは無いので、隠すだけならこれで十分なのだ。
 よし、と呟き、それから小首を傾げた。
「えぇと…次はどうすれば良いのでしたっけ…?」
 うんうんと悩んで、結局思い出せず、ムトリ=ルーに助けを求めることにした。


 ――――の、だが。
 まさか途中で彼に会うとは思わなかった。いつもなら、仕事に熱中しているのに。
「えぇと……お、お仕事、終わったのですか?」
 少し声がどもってしまったが、レイ=ゼンは眉を顰めるだけで、特に追求はしてこない。
「まあ、少し片付きはしたけどな。流石に疲れたんで、休憩」
「そ、そうですか。それが良いです。レイ=ゼンはいつも頑張るから、休まなくちゃ駄目なのです」
 かくかくと人形のような動きで頷きながら、なんとか言葉を返す。その動きに、ますますレイ=ゼンは訝しげに眉を寄せたのだが、イル=ベルにそれが気付ける程の余裕はない。
 だって、予想外の出来事だ。どうしよう。ばれたら元も子も無いのに。
 心の中で、ムトリ=ルーに助けを求める。彼が来てくれれば、たぶんきっと、こんなの難なく乗り越えられるはずだ。けれど、そんなタイミング良く現れるわけがない。だって彼は、今頃別の用事で別のところにいるはずなのだから。
「そ、それではあたしはこれで」
「…何か用事でもあるのか?」
「えっ? い、いえ、あ…はい。あの、ムトリ=ルーに」
 しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「あいつに?」
「あ、う……はい、です。その、お手伝いを」
「手伝い?」
 レイ=ゼンの眉が一層寄せられた。ムトリ=ルーが彼女に手伝いを求めるのは今に限ったことではないが、そのどの場合においても、どこかかしらに自分の“愉しみ”のための何かがあった。幸か不幸か、イル=ベル自身はそのことに気付いていない。
「………何を頼まれたんだ?」
 どこか探るようにそう問われ、イル=ベルは四方八方に目を泳がせる。睨み付けるように目を細めるレイ=ゼンの顔つきは、なまじっか顔が整っている分だけ、迫力があった。ただでさえ、彼の目はどこか鋭く尖っているのだ。もちろんずっと一緒にいたイル=ベル――と、ムトリ=ルー――は彼が笑う時に一緒になって笑う彼の瞳を知っているのだが、それとこれとは別問題、だ。怖いものは怖い。
 しかし、怖いからといって、馬鹿正直に答えるわけにもいかなかった。今回ばかりは、特に。
 頭をフル回転させて、頼まれごと、を考える。が、如何せん良い案が思いつかない。当然だ。執務は全てレイ=ゼンが一人で取り仕切っている。自分たちに回される仕事なんて、ほとんどと言っていいほどないのだ。現にムトリ=ルーがイル=ベルに頼むことの大半は、本来の与えられた仕事の手伝いではなく、彼の趣味の範疇に納まる“何か”に関することだった。だからレイ=ゼンよりかは彼の趣味について知っている。が、それだって全く知らない彼と比べてであって、秘密主義者であるムトリ=ルーの趣味がどういう内容であるかなんて、正直なところ皆目見当もつかない。―――尤も、知っていたところで、それを理由にするなんて出来そうもなかったが。
「答えろ、イル=ベル。あいつに何を頼まれた?」
 高圧的な声と険しい顔に、イル=ベルは萎縮し、首を竦めた。
「あ、あたし、その…」
「物置部屋の整理を手伝ってくれるように頼んだんだ」
 その声は、横から聞こえた。表情を変えずにそのままそちらを見たレイ=ゼンにつられるようにして、イル=ベルもまたそちらを向く。階段の途中に、ムトリ=ルーが立っていた。いつものように、くすくすと笑いながら。
「整理? そんなもの、どうしてイル=ベルに手伝わせるんだ」
 その声には、いつも問題を起こすイル=ベルに手伝わせたところで面倒が増えるだけだろう、という言葉も込められている気がした。本当に、自分の被害妄想が生んだ産物かもしれないが。そうであったら良いと思うが、実際そうかもしれないということを否定できない。イル=ベルは何も言えずに、ムトリ=ルーを見た。彼は特別こちらを“見ている”ようではない。だからといって、レイ=ゼンを“見ている”わけでもなさそうだった。ただ、“視界に入れている”、その表現が正しいように思えた。
「レイ=ゼンは仕事ばっかりしているから、休ませてあげなくちゃと思ってね。だから、イル=ベルに頼んだんだよ。彼女も快く引き受けてくれたし……何かいけなかったかい?」
 くすくすと、ムトリ=ルーは笑う。言葉こそ労わっているようではあるが、表情や仕草からはソレは感じ取れない。
「いけない…ってわけじゃない、が」
 レイ=ゼンは言葉を淀ませた。彼にしては珍しい。その双眸が一瞬だけイル=ベルに向けられ、そしてすぐに逸らされた。
「とにかく、部屋の整理なら俺が手伝う。それで良いだろう?」
「仕事は?」
「一段落ついた。問題ない」
 嘘だ。だってさっき彼は、疲れたから休憩にした、と言ったのだ。仕事が一段落している、というのは仕事を中途半端なところで終わらせない彼のことだから本当のことなのかもしれないが、それにしたって、せっかくの休みをなんでわざわざ潰そうとするのか。しかも、自分から。それともそこまで自分に仕事をさせたくないのだろうか。―――確かに、自分が失敗した所為で彼の仕事が二倍にも三倍にも増えていることは数え切れないほどあるのだが。
 とにかく、彼は休むべきなのだ。
 だからか、その提案をムトリ=ルーが「良いよ」とあっさり受諾した時には、思わず声を上げてしまった。そんなイル=ベルを宥めるようにムトリ=ルーの目が一瞬こちらを向いた。納得がいかない気持ちを抱えながらも、仕方がなしにイル=ベルは押し黙る。
 レイ=ゼンが階段――物置部屋は一階にあるのだ――に足を掛けた。ムトリ=ルーの近くまで来たところで、イル=ベルを振り返る。何かを言おうとしたのだろうか、口が開き、けれど結局何の言葉が出ることもなく、閉じられた。そのまま階段を降りて、物置部屋に続く扉に入っていってしまう。
 何が原因かもわからないが、無性に涙が込み上げてきて、それを寸でのところで抑えていたら、ムトリ=ルーが手招きをしているのが見えた。近寄ると、いいかい、と子供に諭すかのように優しい声音で告げられる。
「キミはこれから、部屋に戻る。それで、苗を持って裏庭に行く。そこに苗を植えて、あとはその側を離れずにずっとそこにいること」
 どこかからかっているような、それでいて深く労わってもらっているような、そんな声。
「出来るかい?」
 こくこくと、何度も頷いた。ムトリ=ルーがそんなイル=ベルに対してか、いつものようにくすくすと笑う。
 それじゃあね、と去っていくムトリ=ルーに対し、ぽつりと呟いた。
「やっぱりムトリ=ルーは優しいのです」
 だって知っている。彼が今物置部屋に向かうのは、あの人が頑張り過ぎないように、倒れないように、見守るためだということを。
 だって知っている。彼が去る前に自分に“何をすればいいか”を示してくれたのは、自分が泣かないようにするためだということを。
「…キミが思うほど、ボクは優しくないんだけどね」
 苦笑気味に、自嘲気味に、そうして笑うムトリ=ルーは、彼らしくなくて、けれどとても彼らしかった。
 優しいですよ、とっても。とイル=ベルがぽつりと呟いた声は、けれどもう扉の向こうにいるムトリ=ルーには届かなかった。
 ムトリ=ルーがその場を去った後も、イル=ベルはそこで暫く二人が出て行った扉を眺めた。それからどこか緩慢な動作で自室に向かった。

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