忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 今しがた掛けられた言葉が、信じられない。
「えぇと………」
 自分の身体に回された腕をきゅっと掴んで、視線を上へ動かせば、レイ=ゼンの顔が見えた。
「………レイ=ゼン、熱でもあるのですか?」
「お前…っ」
「だっ、だってっ、いつもとなんか違うのです! おかしいのです! レイ=ゼンはあたしが失敗したらいっつも怒るのですよ! それなのに………!」
 あわあわわ、とあからさまに慌ててみせ、しかもどうとっても褒めているようには聞こえない言葉を遠慮なしに吐くイル=ベルに、レイ=ゼンはムッとしたように眉を寄せる。
「そんなに怒られたいのなら、今からでもそうしてやるが?」
「そ、それは嫌なのですよっ」
 思わず馬鹿正直にそう叫んだ後、しまった、と思う。だってこれは、明らかに相手を不機嫌にさせるであろう言葉だ。少なくとも、イル=ベルはそう思った。
 ―――だから、レイ=ゼンがそれに笑い出した時には、やっぱり驚いてしまった。
 思えば、それだって久し振り、な気がする。記憶にある彼は、いつも怒っているか呆れているかだったから。笑っている顔なんて、本当に久し振りだ。そのことを思い出した。だからとりあえず、なんでだろうとかそんなことは考えずに、イル=ベルも笑うことにした。嬉しくて。

 それからどれだけ経っただろう。
 わからないけれど、急にレイ=ゼンが立ち上がったときには驚いた。急に身体が傾いて慌てれば、けれどレイ=ゼンはそれも見越したかのようにひょいとイル=ベルを持ち上げて、立たせた。そのままイル=ベルの表面に回ると、真面目な顔をした。
「魔力のことは、な、気にするな」
 その言葉に、イル=ベルは俯く。
 気にするなと言われても、気になってしまう。だって自分の所為で、世界が急激に変わってしまうのだ。それはどれだけの影響を与えるだろう。良いことならば良い。けれど悪いことであったら? そちらの方が、可能性が高いだろう。なにしろ人間は、当たり前であることの方が“正しい”と思うきらいがあるから。だとしたら、今まで無かった“魔力”という存在が、“正しくないもの”として見られるだろうから。
 浮かない表情のままのイル=ベルに、レイ=ゼンは苦笑した。
「――――って言っても、無理か」
 でもな、と続けた。
「ルクシュアルに魔力を与えるってのは、前々からあった話なんだ」
「え…? でも…そんな話、聞いたことないのです」
 きょとん、としたイル=ベルに、まだお前には話していなかったけどな、と付け足した。
「決定事項ってわけじゃなかったからな。―――時期の問題があってな。最初に組み込んでおけば良かったんだけど…。流石にもう500年経ってるから、創り直すわけにもいかないだろう?」
 創り直す―――それは今生きるもの全てを一度“壊す”ということだ。流石にそうまでして、魔力導入に興味があったわけではない。魔力があろうとなかろうと、その世界が“ルクシュアル”であり、自分たちの世界であるという事実に変わりはない。と、レイ=ゼンが説明すると、イル=ベルの顔はどこか複雑そうに歪んだ。
「………レイ=ゼンたちが真剣に考えていたこと、あたしが全部ダメにしちゃったのですね」
「ん、まあ、そうだな。でも、あのままぐだぐだどうするか考えてても仕方がなかった気もするし、だから、もう良い」
 それに、とレイ=ゼンが続けた。さっきも言ったけどな、と。
「魔力があってもなくても、“ここ”は俺たちの世界だ。もし仮に、魔力の存在でこの世界が歪んでいったとしても、それは変わらない。――――仕事が増えるのは勘弁して欲しいところだが、な」
 その全てがレイ=ゼンの心からの言葉なのだろう。それは、わかる。けれどそれは、イル=ベルを慰めるという意味合いの方が強い気がして、やはり申し訳ないという気持ちが生まれる。
 レイ=ゼンは怒ると怖い。とてもとても、怖い。―――でも優しい人だ。
 ぽんと頭を撫でると、彼は踵を返して歩き出した。追いかけていいものかどうかの判断がつかずに、ただおろおろとしていると、レイ=ゼンが振り返って、イル=ベルを見た。どうした、と目が言っている。先程の笑いは引っ込んで、もういつもの仏頂面に戻っていたが、それでもこちらを心配していることはわかった。
「早くしろ」
 その言葉にイル=ベルがこっくりと頷くのを確認すると、レイ=ゼンはすたすたと歩いていく。その後ろを、イル=ベルはついていく。そのまま普段は絶対に入るなと言われているレイ=ゼンの仕事部屋の中に入っても、彼が咎めることはなかった。
 代わりに、ムトリ=ルーが「あれ? イル=ベル?」という声で出迎えてくれた。そんなに珍しいだろうか。…珍しいのか。
 レイ=ゼンの部屋は相変わらずだった。相変わらず、書類が部屋の大半を占領している。その間から、ひょいとムトリ=ルーが姿を現した。そのままイル=ベルの顔をじっと凝視すると、次の瞬間にはにこりと笑った。
「うん。大丈夫そうだね」
 なにがだろう。そう思ったのはイル=ベルだけではなかったらしい。なにがだよ、と眉を寄せたレイ=ゼンに、ムトリ=ルーがくすくす笑いながら、
「あれ、知らないの? キミが怒鳴った後、彼女、いっつも泣いてるんだよ? だから、今日はどうやら大丈夫そうだね、って意味」
「……………」
 眉を寄せたまま、無言で自分の机に向かうレイ=ゼンに、ヒッとイル=ベルは小さく悲鳴を上げた。なにか、とんでもなく機嫌が悪そうだ。所在無く立ち尽くすイル=ベルに、ムトリ=ルーが近付いた。大丈夫だよ、と小声で呟く。それからすぐに声は、奥にいるレイ=ゼンにも聞こえるくらいの大きさに戻って、
「ま、あんまり気負わないようにね。どうしたってレイ=ゼンは―――もちろんボクもだけど―――、キミを追い出すことはしないから。ついでにいうと彼はボクも追い出すこともできないし、ボクとキミは彼を追い出すことは出来ない。キミもボクを追い出すことも出来ないよね。違う?」
 確かにそうだ。というか、自分が何故彼らを追い出さなくてはならないのか。そんな権利も無ければ、理由も無い。逆ならば在り得るだろうけど。
 戸惑うイル=ベルに、まあそんな規約があるわけではないんだけどね、とムトリ=ルーはいつものようにくすくす笑う。
「ルクシュアルの“上”に存在する者は、ボクらだけだから。他の誰でもなく、ボクらだけ。一人でも欠けたら、意味がないんだ。たとえボクらが消えてなくなったとしても、世界は何事もなく回り続けるけれど、ね」
 何を言いたいのだろう。よく、わからない。
 要するにね、と続ける。
「レイ=ゼンは“三人”で居たいんだよ」
 誰でも良いというわけではなく。ただ、三人で。レイ=ゼンと、イル=ベルと、ムトリ=ルーと。その三人で。それでこそ意味がある。―――そうでなければ、意味なんてない。
「ふざけんな」
 奥から、本当に不機嫌そうな声が掛かる。
「つかいい加減、お前ら出てけよ。―――いや、お前は残れ、ムトリ=ルー。仕事が残ってる」
「あれ、ボクもう自分の分は終わらせといたはずだけど?」
「今回は、な。でも今までどれだけ俺に押し付けてきたと思ってるんだ。その分も働け」
「ええ? 嫌だよ。昔は昔、今は今。終わってしまったものは終わってしまったものとして、ね。よく言うだろう?」
「言うか」
「そんなこと言わずにさあ。ボクはキミを心の底から想ってこうしているんだし」
「気色悪いこと言うな! 第一、“想って”るんなら、なんで仕事をしない?」
「キミ知らないの? 他のヤツらからさ、“仕事中毒者”って呼ばれてるんだよ、キミ。で、そんなキミの大好きな仕事をボクが奪ってしまうのは申し訳ないだろう?」
「好きでやるかこんな書類処理! 大体、そんな不名誉な渾名を付けられたのも、そもそもお前が仕事をしなかった所為だろうが!」
 初めは静かに怒りを見せていたレイ=ゼンも、次第に声を荒げ、怒鳴りつける。いつもどおりだ。対するムトリ=ルーは最初から最後まで、全くその調子は変わっていないが。それも、いつもどおり。―――しかしいつもならば、その後ろでびくびくと怯えているイル=ベルは、今日はどこか穏やかな表情でそれを見守っている。
 だって、レイ=ゼンは否定しなかった。
 “三人”でいることを。その“三人”にイル=ベルが入っていることも。怒鳴ったけれど、否定はしなかった。よく見ると、怒鳴る顔には怒りとはまた別の朱が差している。だから、つまり、そういうことなんだろう。ムトリ=ルーもそれをわかっていてやったに違いない。
「ふっ…ふふっ……」
 思わず笑えば、前で怒鳴っていた二人が、揃ってイル=ベルを見る。
「…なんだよ」
「はい。大好きです、二人ともっ!」
 にっこりと笑ってそう言えば、何の脈絡もないその言葉に「はあ?」と眉を寄せるレイ=ゼンと、こちらが何を想ってそう告げたか分かっているのかいないのかは不明だが、苦笑してみせたムトリ=ルー。
 ああ、やっぱり幸せなんだと思う。“ここ”に、三人でいられて。自分はいつもどじを踏んでばかりで、二人に迷惑を掛けてしまうけれど、それでも。
 ここにいたいなあ、と思う。ここじゃなくちゃ駄目なんだ、って。
 そう思える場所があるということは、それを自分だけじゃなく周りも認めてくれることは、なんと幸せなんだろう。
「あ、それじゃああたし、“家”に戻ってますね」
 そう言って、踵を返し、“仕事部屋”を出ようとすれば、後ろから静止の声が掛かった。
 なんだろう、とその疑問の答えはすぐに得られた。視界の端に、崩れる白い山。あれ、と思った次の瞬間には、ばさばさばさーっ、と紙にしてはいやに重量感のある音が周囲に響き渡った。「あ~あ」というムトリ=ルーの同情的な、けれどどことなく愉快そうな声が聞こえる。数秒後にそれらの“原因”を確りと認識したイル=ベルは、次に来るであろう衝撃のために、耳を両手で押さえた。
 いつものように鋭い罵声が飛んできたのが、耳を塞いだ状態でもはっきりとわかった。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]