忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 驚いたのは、もちろんレイ=ゼンだ。
「は…え? ちょ、おい…」
「ふええーっ! ごめんなさいーっ!!」
 泣き叫んだ彼女は、いつもでは考えられないほどのスピードで走っていく。速い。とんでもなく速い。その姿に、レイ=ゼンは一抹の不安を覚えた。“あの”イル=ベルがそんなに速く走ったら、一体どんな結末が待っているかなんて、わかりきっているのである。
 彼女の失敗のことはこの際さておいて、とりあえず“そう”なる前に止めるべきだ。と考えたレイ=ゼンが口を開き――――
「あ…」
 思わずそう言ったのは、どちらだっただろうか。
 ともかく、次の瞬間、イル=ベルは綺麗に転んだ。


「お前、なぁ……あんな風に急に走り出したりするから……」
 まあ、彼女の場合、急に走り出さなくても、こける時にはこけるけど。
 と、それは口には出さず、転んだまま動かない彼女の元に駆け寄る。大丈夫か、とまず声を掛けたが、反応がない。次に、ほら、と手を差し出してみたが、やっぱり反応がない。すん、と鼻を鳴らす音は聞こえるから、生きてはいるし、おそらく意識も確りしているのだろうけれど。
「イル=ベル」
 名前を呼ぶと、びくり、と身体が震える。
 自分はそこまで怖がられるようなことをしただろうかと首を捻り、気が強いとはいえない彼女相手に、ムトリ=ルーのような殺しても死なないようなやつと同じぐらいの声で怒鳴りつけたことが原因かもしれないと考えた。さっきまでその彼と話していたこともあってか、思わずいつも以上に怒気を含ませてしまったことを、今更ながら後悔した。
「あー……」
 どうしたものか。頭を抱える。
 大体、彼女を慰めるのはムトリ=ルーの仕事なのだ。彼はあれでいて、イル=ベル相手にはなにかと優しい。…その割には、彼女が撒いているものが水ではないと知りつつ、本人には何も言わず、面白そうにこちらに報告してきたけれど。
「とりあえず、転んだままでいるのは止めろ」
 無反応。
 はあ、とため息を吐けば、だって…、と蚊の鳴くような声が、微かに聞こえた。
「……合わせる顔が、ないです………」
「…………はあ?」
 だからって、転んだ状態のままでいるやつが、一体どこにいる。…いやここにいるのか。
 どうやら彼女は、自分が思う以上に、ダメージを受けているらしい。相当ショックだったのか、失敗したのが。そういやかなり張り切っていたな、と自分が仕事を任せた時の彼女の様子を思い浮かべ、なんとなく理解した。
「……気にしてないから」
「嘘です」
 即答か。
 そこだけやけに自信満々な彼女に、思わずイラッとしたが、なんとか抑える。ここで怒鳴ったら本末転倒だ。大体さっき、気にしていないと言ったばかりだし。
 このままこうしていても埒が明かない―――こういう時のイル=ベルは異常なほどに頑固なのだ―――ので、強硬手段を取ることにした。転んだイル=ベルの腰を引っ掴み、持ち上げた。うひゃあっ、と悲鳴が聞こえた気がしたが、無視。こうされるまで起きない方が悪いのだ。そのまま彼女を抱き込む形で、腰を下ろす。こうすれば流石に逃げられないだろう。
「怪我…は、ないな」
 先程、かなりの勢いで地面と衝突したので、正直心配だった。どうやら地面が柔らかいところであったのが、不幸中の幸いであったようだ。
 イル=ベルもとりあえずは落ち着いたようだった。少なくとも、暴れたりはしていない。その代わりに、まるでこの世の終わりを見たかのような絶望的な顔をしているが。ソレとさっきの暴走と、どちらの方がまだマシなのかは、ちょっと判断がつかない。
「……………ごめんなさいです」
 先程から、何度も何度も繰り返された言葉。しかし続けられたのは、とんでもないものだった。
「かっ、かくなるうえはっ切腹をば!」
「…どうしてそうなる」
「ムトリ=ルーが教えてくれたのです。なにやら、どこかの世界にある星のとある国では、自分の潔白を証明するためにお腹を切る習慣があったらしいです」
「どんな習慣だよ…」
 言いながら、レイ=ゼンは自分の部屋がある方向を睨みつけた。彼女に余計なことを教えた張本人がまだそこにいるかはわからないが、それでもそうせずにはいられなかった。
「大体お前、潔白も何も、実際にこうしてもう起こしてるわけだし、問題。しかも常習犯」
「う……で、でも」
「…“でも”?」
 促せば、イル=ベルはまた沈んだ表情で、俯いた。
「あたし、失敗してばかりなのです…」
「…まあ、フォローのしようがないくらいにはな。ことごとく失敗して仕事増やすし、そのお陰で休む暇は無いし、俺は結構迷惑してる」
 流石にそれを否定することは出来ない。
 自分から言ったというのに、言われた彼女は泣きそうな顔をしている。やはり自分で言うのと他人から直接言われるのとでは、違うのだろう。それを横目で見ながら、レイ=ゼンは「でもな、」と口を開いた。
「別にだからって、お前が要らないとか、追い出そうとか、そんなことは考えないぞ」
 まあちょっとくらい静かにしていてくれないかなぁと思うときは多々あるけど。そう続けながら、レイ=ゼンは苦笑に近い表情を浮かべた。心底驚いたような顔をしているイル=ベルを見ながら。わかんないのか、と。まあお前とろいし思考回路もちょっと遅いし無理もないか、と。慰めたいのかそうじゃないのか、いまいちよくわからない、ちぐはぐな感じで。
 つまり、なあ。
「お前はここに居ろ、ってことだ」
 居ても良い、じゃなくて。
「――――イル=ベルの居場所は、“ここ”なんだからな」
 だから当然だろう? レイ=ゼンはそう言って微笑った。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]