忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




「ったく、なんだってあいつはこう……やるんじゃないかとは前々から思っていたが、だからって本当にお約束のようにやることはないだろうに。いや前々から思っていたのにあいつを入れた俺が悪かったのか? 確かにそうかもしれないが、だからってあいつが悪くないってことには………いや、悪気があったわけじゃないことはわかってるんだけど、な……」
 ぶつぶつといいながら、散らばった書類を種類ごとに纏めていく。ある意味整理が出来て良かったじゃないか、となんとか良いようにと考える努力はしてみたのだが、やはり無理だった。
 コレを引き起こした本人は、おそらく今は“家”にいるはず。というのは、泣きそうな顔で「片付けます」と言うあいつ―――イル=ベルを、「いいから帰って大人しくしていろ」とレイ=ゼンがここから追い出したからだ。彼女に任せていたのでは、片付くものも片付かない。あまつ二次災害やら三次災害やらを起こすに決まっている。本人には悪いが、そういうことだ。
 “おそらく”やら“はず”やらが付いているのは、イル=ベルが確実に“家”にいるという確認が取れていないからである。彼女が“家”に帰るのを拒んだからではない。別に前のように暴走して走り去ったわけでもない。ただ、ここから“家”までがいかに短い距離だとしても、彼女がその途中で何かに巻き込まれている可能性が捨てきれないから、確実に家にいる、と断言することが出来ないだけだ。
 で、安全性を確保するためにも、ここはレイ=ゼン一人に任せて、ムトリ=ルーが彼女を送るのが常。
 ―――だったのだが。
 どういうわけか、その彼は今、レイ=ゼンと共に書類を片付けている。
 自分を見ているその視線に気付いたのだろう、ムトリ=ルーが「ん?」と顔を上げた。
「……ついていかなくて良かったのか?」
「ついていって欲しかったの?」
「………。……質問を質問で返すな」
「それは失敬。で、その沈黙はなんだろうね」
「煩い」
 顔を背け、また書類を拾うことに没頭しているように見せかける。
 もし。あくまで、仮定の話だ。
 もし彼の質問にもし答えるとするならば、レイ=ゼンの答えは『わからない』、だろう。別に彼と一緒にいたいというわけでは断じてない。あってたまるか。―――ただ、イル=ベルを一人にするのはどうかと思っただけだ。先程慣れないことをした時にも思ったことだが、そもそも彼女をいつも慰めるのはムトリ=ルーなのだ。いくら腹の底で何を考えているかわからない(訂正。それが自分にとって悪いことだというのはわかる)“享楽主義者”でも、彼女を慰めることに関してだけ言えば、おそらく誰よりも達者だ。そうでなくても、彼女はすぐにどじを踏む。一人で歩かせればどうなることかわかったもんじゃない。
 それでも質問の答えが『わからない』なのは、――――正直、自分でもよくわからない。
「そんなに気になるなら、自分で追いかければ良いのに」
「…俺は今、書類を拾ってる。明日提出のやつもあるんだからな。あいつを送り届ける時間すら惜しい。―――流石に“家”までの距離くらいなら何も起こらないだろ。心配する方がおかしい」
 先程、心の中で思ったこととは、全く正反対の言葉が口から飛び出す。それは、自分をそうだと信じ込ませる意味合いもあった。
「ふうん」
 ムトリ=ルーは意味有り気に呟き、
「別にボク、キミがイル=ベルのことを“心配”してるなんて言った憶えは無いんだけどねぇ。気になる、という表現は使ったけどさー」
「…………そうだったか?」
 しらばっくれる気は無かった。それは本当だ。
「心配、なんだ?」
 どこかからかうような響きを持つ言葉に、レイ=ゼンは少し考え、今更誤魔化そうとしても無理かと潔く「ああ」と認めた。
「というか、誰だってするだろう、アレは。ムトリ=ルー、お前にだってわかるだろ? 簡単に想像がつくはずだ。イル=ベルを一人にすると何かとんでもないことやらかすことくらい」
 そう言って同意を求めようと、顔をムトリ=ルーに向ければ、何故だか呆れたような彼の顔。
「なんだよ」
「いや別になんでも?」
 にっこりと笑って言われると、なんとなく追求するのが恐ろしくなって(だって相手はムトリ=ルーだ。何を考えていることやら)、そうか、とだけ返してまた作業に戻る。
 目の前の作業に集中しながらも、頭の隅ではずっと、あいつは無事に“家”に着いたんだろうかと、そんなことばかり考えていた。なんとなく、嫌な予感がする。気のせいだろう、と思いつつ、その不安を完全に払拭できないのもまた、事実であった。

 イル=ベルが蔦に絡まった状態で半泣きになっているのが発見されたのは、彼女が書類の山を倒して数時間後、レイ=ゼンとムトリ=ルーが“家”に帰る途中のことである。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]